「別に。最近は結構来てる方だけど」(日葵)

 学校が嫌いだったわけじゃない。ただ、なんとなく居場所が無いように感じて、ここにいちゃいけないように思っていた。

 周りの子たちはみんなお母さんとお父さんがいて、姉弟がいるような子もいて、家族から愛されていて。


 授業参観とか運動会とか、そういう日に親が学校まで来てくれている子たちが羨ましかった。あたしはただそれを指を咥えて見ていることしかできなかったから。

 お父さんなんていないし、お母さんにそんなこと言ったって聞いてもらえるはずがない。聞いてもらえないどころか「うるさい!」って言われてぶたれてもおかしくなかった。あの人はそういう人なんだ。


 だからまあ、あたしは授業参観とか運動会に親が来たことなんて無いし、そういう行事の時に周りからどんな目で見られているかなんていうのもなんとなくわかっていた。

 のが当たり前だ。あたしにとっては。だからそのことについて特段あたしが何か言うことはなかった。


 いつの間にか無くしていた公開授業のお知らせのプリント。捨てた覚えもなかったけど、さりとて誰かに渡すようなものでもない。まあ、興味が無くて知らないうちにどこかに落としたか何かして無くしたんだろう。

 そう思ってあまり気にしていなかった。だって公開授業なんて気にしても仕方ないし。うちの親が来ることなんてまず無いし、そもそも高校生にもなって親が子供の授業を見に来るなんてほとんどない。流石に一昨年も去年も見に来てる人なんて全然いなかった。


 記憶の片隅からも無くなった。だからこの話は無かったことになったはずだったのに。

 ――あのばか。なにしてんのよ。






 雲一つない快晴から、夏に比べて柔らかくなった日差しが教室の中に降り注ぐ。整然と並べられていた机と椅子は今は思い思いの形にくっつけられていて、そこかしこにグループごとの島が出来上がっている。

 島を形作っている机の上には、それぞれのお弁当や購買で買ってきたパンなんかが広げられていた。


 あたしは窓際の自分の席に座って、一人コンビニで買って持ってきていたサンドイッチと紅茶のペットボトルを取り出して食べていた。

 最近はそれなりに学校に来るようになったとはいえ、少し前まで半分くらい不登校だったのだ。その間に出来上がったグループにあたしの居場所なんて無いし、あたし自身そういうところに積極的に入って行こうなんていう気持ちは欠片もなかった。


 二個入りのサンドイッチの一つ目を食べ終える。ざわざわとうるさい教室の雰囲気は正直言って苦手だ。本当ならノイキャン付きのイヤホンでもして音楽を聴いたりしたいところだけど、学校でそんなことをしているのを先生に見つかったらイヤホンを没収されてめんどくさいことになってしまう。

 特に見たいものもないのに窓の外を眺める。三年生の教室は校舎の三階にあって、窓からは学校に併設されているグラウンドが覗ける。といっても昼休みだからグラウンドには誰もいない。


 もう一個のサンドイッチに手を伸ばす。大量生産の、美味しいとも不味いとも思わないどこにでもあるサンドイッチ。小さい頃から食べ慣れたこの味が、最近は少しだけ味気なく感じるようになってしまった。

 ……それもこれも、ナツのせいだ。あんな一人暮らしの大学生のくせして、料理の腕が何故かそれなりに上手なのだ。


 一人暮らしの男子大学生なんてスーパーで買った半額弁当食べて生きてるもんじゃないの? なんであんなに美味しい料理が作れるんだろう。なんか手馴れてるし。

 一人暮らしをしてたら身につくもんなの? それとも実家にいた時から料理作ってたとか? スキの多い変人のくせに、家事ができたり気配りができたり。そのくせ人の気持ちには鈍感だ。


 ……あたしは今まで人に胸を張れる生き方をしてきてないって自覚はある。今だってナツの家に勝手に転がり込んで、居座って、迷惑をかけている。

 ナツは……何も言わないけど。出て行けともいていいとも。でも布団を増やしたり、あたしが自分の荷物を置いても何も言わなかったり――それどころかデートに誘ってくれたり。


 ナツは一度もデートって言わなかったけど、あたしにとっては間違いなくデートだった。気合を入れてお化粧をして、自分が持ってる服の中でなるべく大人っぽく見えるものを選んで、それでナツと一緒に水族館に行って。

 周りも家族連れとかカップルばっかりで、たぶんあたしとナツもそう見えてたと思う。


 ナツはあたしと二つしか違わないはずなのに落ち着いてて、年のわりに大人っぽく見える。ちらりと視界の端に映るこの教室にいる男子とは全然違う。大きい声ではしゃいだり、教室の隅で集まってぼそぼそしゃべったり。……まああたしの偏見は入ってるけどさ。

 だからそんなナツと一緒にいても不自然じゃないような恰好を気合を入れて選んだつもりだった。ナツがどう思ってくれたかはわからないけど……。


 ナツはよく「女の人が何考えてるかよくわからない」なんて言うけど、あたしだって一緒だ。男の人が何考えてるかなんてよくわからない。だからナツが心の中で何を考えてるのかもよくわからない。ただ一つ言えるのは、あたしがお金を手に入れるために相手をしてきた男とは違うってことだけで。

 ――はぁ。あたし、本当に変だな。暇な時間があるとずっとナツのこと考えてる。お世話になってるんだから当たり前な気もするし、普通お世話になってるからってこんなに相手のこと考えるのもおかしい気もする。


 手に持っていたサンドイッチの最後のひと欠片を口に放り込む。数回咀嚼すると紅茶を口に含んで流し込んだ。


「よぉ、珍しいじゃん。学校にいるなんて」


 サンドイッチを食べ終わってぼーっと窓の外を眺めていると、いきなり声をかけられた。あたしの前の席にドカッと座って、何故か少しこっちに身を乗り出してくる。

 ツーブロックにした短い黒髪と、日に焼けた肌。人懐っこそうな雰囲気で、明るい陽キャって感じ。


「別に。最近は結構来てる方だけど」


 糸原健介いとはらけんすけ。このクラスで珍しくあたしにも声をかけてくる男子だった。


「あれ、そうだっけ? そういえば今週結構見かけた気がするな?」

「そうだけど? なに?」


 それなりに整った顔立ちと気安い態度が女子から人気らしい糸原。

 ――正直、話しかけてこないでほしいタイプの人間だと、私は思ってしまうわけだけど。

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