「男なんてみーんなおんなじ。女のことそういう目でしか見てない。最低」

 それから日葵は俺の何が気に入ったのか、何故か俺の部屋に入り浸るようになった。最初のきっかけが俺が酒の勢いで部屋に連れ込んだのが始まりだから、日葵が俺の部屋に来ることに対して否やとは言いづらい。

 それでも男の一人暮らしの部屋に女の子が一人で来るのはいかがなものかと遠回しにやんわりと注意したのだが、日葵に呆れたように「女の子を連れ込んだ人とは思えない言いようね」なんて言われてしまった。


 日葵は近くの高校に通う高校三年生だった。とはいえ学校自体にはあんまり行っていないらしい。出席日数を確保するためだけに必要最低限だけ行って、後はサボっているとかなんとか。

 ……仲の良い友達が学校にいる、ということもどうやら無さそうだった。いや、もしかしたらいるのかもしれないけど、少なくとも俺との会話でそういった友達の話が出たことはなかった。


 たいして俺は近くの大学に通う大学二年生。これでも真面目に講義に顔を出して単位を取り落とすことなく取得している勤勉な学生だ。酒だって俺が自分から飲んだわけじゃなくて、いつの間にかすり替えられていてその後も無理やり飲まされたのだ。

 大学デビューしようと思ってノリのよさそうなサークルに入ったっていうのに、とんだ失敗だった。元々そういう性格じゃない俺にはノリが合わなかったし、それでも我慢して所属し続けたらこれだ。二度と行かないし、大学の方にも報告しといてやった。あそこのサークル、二十歳になっていない人間に酒を無理やり飲ませてくるやつがいます、ってな。


 一番最初のそういうチャンス――そもそも本当にチャンスだったのかは置いておいて――を逃したからか、長時間日葵と同じ部屋にいてもそういった関係には全く発展していない。

 日葵はただ俺の部屋にいるだけだし、俺も必要以上に日葵に話しかけたりしない。……だって何話したらいいかわかんないし。日葵みたいな可愛い女の子に「童貞キモイ」とか思われたら暫く立ち直れない自信がある。モテない男の子の心は豆腐でできてるの!


 ただまあ、時々する会話の節々から日葵が俺とは全く違った環境で生きていることは何となく感じられた。

 日葵が日々生きているのが辛いんだろうなというのがそこから感じられてしまうから、俺は殊更日葵に対して強く出ようとは思えなかった。


 家に父親がいないこと。母親が男を連れ込むこと。母親から虐待に近い扱いを受けていること。母親が連れ込んでる男に誘われて、全身に鳥肌が立ったこと。一生懸命勉強して入った高校でも居場所がなくて、満足に通えていないこと。

 何で生きているのかよくわからないのに、生きるためにはお金がいるからお金を稼いでいること。それなのに、通帳に入るお金が母親に勝手に使われて、普通のバイトをする意欲が全くなくなってしまったこと。


 だからあそこにいたんだと。お金を稼ぐために。

 それで今もいるんだと。お金を稼ぐために。


「男なんてみーんなおんなじ。女のことそういう目でしか見てない。最低」

「おーい、目の前にその男がいるんですけど」

「でも、そんな男に縋って生きてる私も……最低よ」


 首の絆創膏は、首を絞められた跡を隠すためにペタペタと貼っているらしい。そんなものを貼っていたら何かあったなんて丸わかりだと思うけど、まあそんなところまで考えが回らないんだろう。

 俺に何かができる……なんてことは思わないけど。何とかしてあげたいなと思ったのも本当で。


「はぁ……まあ、なんていうの? 日葵がいたいなら、好きなだけここにいればいいよ。俺は別に迷惑だとか思わないから」

「……」

「お金がどうとかって言われると困るけど……この部屋にいる間は好きにしたらいいよ」

「……ありがと」


 俺の部屋で膝を抱えながら座る日葵がわずかに頷いたのが見えて、それ以上俺は何も言わなかった。






 奇妙な共同生活が始まってから暫く経った。

 相変わらず俺たちは恋人でもないし、友人? というにも微妙な間柄だ。


 そもそも共同生活と言っても別に常に一緒に住んでいるわけでもない。日葵は俺の部屋にいたりいなかったりするし、いる曜日とかも決まってるわけじゃない。日葵が俺の部屋に来たいと思った日、その日が俺と日葵の共同生活の日だ。

 ただ、日葵が俺の部屋に来る頻度はどんどん多くなっていて、今では週の大半は俺の部屋にいたりするんだけど。自分の家で過ごしている時間の方が少ないはずだ。


 日葵の親は何も言わないんだろうか? ……言わないんだろうな。娘が家に帰ってこないことを心配するような人間なら、そもそも今日葵はこんな生活してないだろうし。

 俺も別に日葵の親に何か言うつもりはない。そもそも連絡先とか知らないし日葵から聞く気にもなれないし。


 日葵が家に来る頻度が多くなるにつれて俺の部屋には日葵のものが少しずつ増えていったりしていて、歯ブラシだったり着替えだったり日葵のコップだったり、少しずつ買い足していった生活用品が置かれるようになった。

 俺はというと、日葵が来るたびに床で寝るのも嫌なので来客用という名の俺用の布団を買い足したくらいだ。


「ナツは、彼女とかいないの?」

「なんだいきなり」


 今日も今日とて布団を敷いて、俺が布団で、日葵がベッドでゴロゴロとしているのどかな夜のことだった。

 もうほとんど自分の部屋のように過ごしている日葵は、ここに来るようになってから買ってきたシャツと短パンに身を包んで化粧も落としてしまっている。


 ちなみに「ナツ」っていうのは俺のことだ。本名は別にあるんだけど、みんな呼びやすいからってこう呼んでくる。


「いや、あたしが来ても全然気にしたそぶりないから」

「彼女いるのにこの状況だったらやばいだろ」

「……それもそっか」


 俺の顔をじろじろ見ながら一人納得したように頷く日葵。何に納得したかは知らないけど、さっさと寝てくれ。俺は明日早いんだ。


「ナツモテなさそうだもんね」

「うるせぇ!」


 日葵の余計な一言に思わず言い返す。そんな俺の様子を見てけらけらと笑う日葵。

 ……前よりもよく笑うようになった。出会った頃は仏頂面が多くて常に体調の悪そうだった顔色も、最近はわりとそうでもない。


 元々可愛らしい顔立ちをしている女の子だ。頬に赤みが差せば、より一層魅力的に映るようになる。


「さっさと寝ろ! 俺は明日早いんだ!」

「きゃー! おこったー!」


 ……だから、そんな薄着で無防備でいられると困るんだよ。日葵は俺のことを何故だか信用してるのかもしれないけど……俺だって、前に日葵が「最低」と口にしていた「男」なんだ。

 俺の見ず知らずの男が日葵の体を好き勝手しているのに。どうして俺だけが我慢しなきゃいけないんだ。俺だって日葵にのしかかって、最近消えかかっている首の痕を塗り直すように首を絞めて、それで――なんて。


 日葵に背を向けて布団をかぶる。布団で俺の体を日葵から隠すように、俺の心の奥底の欲望も日葵の目に映らないようにして。

 本当の俺は醜く歪んだ欲望を持っているのに、それを「日葵の前では安心できる存在でいよう」なんて偽物の俺で覆い被せて、塗り固めて。


 そんな俺を日葵がどんな顔で見ているかなんて、全く知らなかったんだ。

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