最後の予約

 山田は、自分の人生における唯一の不満は、どの飲食店に行っても窓際の席に座れないことだと確信していた。

 カフェ、レストラン、居酒屋、蕎麦屋――いつ、どんな時間帯に行っても、窓際の席は必ず「予約席」か「先客あり」だった。

「僕だけ、窓からの景色を見ることを許されていないんじゃないか」

 そんな妄想が膨らむほど、山田は窓際席に縁がなかった。

 ある日、山田は意を決して、高級レストランの「オーロラ」に予約を入れた。そこは、街で一番の夜景を窓際席から堪能できることで有名だった。

 予約当日。山田は完璧なスーツで店に入った。

「ヤマダ様ですね。お待ちしておりました」

 店員は慇懃な態度で、店の一番奥、最高の夜景が見える窓際の席へと山田を案内した。

 ついに、長年の夢が叶った。

 山田は高揚感を覚えながら席に着いた。窓の外には宝石を散りばめたような美しい夜景が広がっている。

 しかし、喜びも束の間、山田はすぐに違和感を覚えた。

 周囲のテーブルには誰もいない。店内は山田一人のための貸し切り状態だった。

「あの、他にお客様は?」

「本日、このフロアはヤマダ様のための貸し切りでございます」

 店員はそう言い、メニューを持ってきた。

「なぜ貸し切りに?予約も困難だと聞いていますが」

「はい。ですが、ヤマダ様は特別でございます。長年にわたり、どの店の窓際席も譲り続けてこられたご功績に、我々は敬意を表しております」

 店員は真顔で言った。

「当レストラン『オーロラ』は、この街全ての飲食店の窓際席予約の最終管理システムを担っております。お客様が過去、諦めた、譲った、あるいは心の中で「今日は諦めよう」と席を譲った全ての予約が、我々のシステムに蓄積されておりました」

「諦めた予約…?」

「その蓄積された予約ポイントが、ついに満点に達しました。その報酬として、人生で一度だけ、最高峰の窓際席にご招待申し上げた次第です」

 山田は、自分がどれほど多くの窓際席を譲ってきたのかを思い返した。小さなカフェで、カップルに譲った席。満員電車に乗るため、急いで退店し譲ったレストランの席。

 その全てが、この一晩の「最後の予約」のために積み立てられていたのだ。

 山田は感動し、心から感謝した。そして、目の前に並べられた豪華なディナーを前に、夜景を堪能しようと窓を見た。

 その瞬間、店員が、優しく、しかし有無を言わせぬ調子で言った。

「ヤマダ様。お食事中は、外の景色に気を取られず、お料理に集中していただくことになります」

「え?」

 店員はリモコンを取り出し、ボタンを押した。

 窓の外に広がるはずだった眩い夜景が、突然、真っ暗になった。窓の外側に、遮光率百パーセントの厚いシャッターが、音もなく降ろされたのだ。

「予約ポイントは、あくまで『窓際席に座る権利』に対して付与されます。その『景色を見る権利』は含まれておりません。最高の静寂の中で、どうぞお食事をお楽しみくださいませ」

 真っ暗になった窓の前で、山田は、人生で初めての窓際席のディナーを、ただ一人、堪能しなければならなかった。

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