第5話 きこう

その時期から、三谷さんの奇行は次第にエスカレートしていった。




彼女は自分だけでなく、他の住民を捕まえ、件の【人影】の存在を訴えたりするようになった。




2階のベランダから外に向かっては、閑静な通りに響き渡る声で




『そんなとこで何をしてるの? なんなの? ねぇ、あなた!』




などと叫ぶこともあった。




ある時には、『【人影】がベランダのスライドガラスをすり抜けて部屋に入ってきた』と語り、




別の時には、『【人影】が壁をすり抜けて、お兄ちゃんの部屋に向かったけど、迷惑をかけていないか』と謝罪に来たりもした。




そしてとうとう、『【人影】が5人になって、電線に座っている』とまで言い出す始末だった。




春川は当初、彼女の奇行に【心配】の念を抱いたが、




日増しにそれは【憐憫れんびん】へと変化していったという。




ただ、三谷さんの中で何か異様な事が起きているのは確かで、目を背けたくなる違和感が春川の胸に沈んでいった。







春川にできることは、話を聞くことだけだった。




しかし、それ以上の手立ては思い浮かばず、悩む日々が続いた。




せめて自分に出来ること――




それは大家に報せ、できるだけ早く対応してもらうことだった。




早速、大家に連絡を取る。




三谷さんの現在の様子を詳細に説明すると、大家は状況をある程度把握していた。




すでに弁護士へ相談済みで、相応の施設への入所を進める方向で話を進めているとのことだった。




その言葉に、春川はひとまず安堵する。




事が動き出すまでの間、せめて出来る範囲で、三谷さんのサポートを続けようと心に誓った。

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