35. 20X5/12/03 #カレンダーの日と、消えた12月
中堅文具メーカーの営業、タナカ(35歳)は、12月3日の水曜日、限界を迎えていた。
年末商戦の激務、忘年会の幹事、そして来年のカレンダー配布回り。
疲労困憊の彼は、昼休み、誰もいない資料室のソファで、泥のように眠り込んでしまった。
寝る直前、彼が見た3(THritter)のトレンドは「#カレンダーの日」。
『明治5年の今日、改暦で12月が消滅し、いきなり1月1日になった』という豆知識が頭に残っていた。
(あぁ……俺も12月をスキップしたい……。気づいたら正月になっててくれ……)
……ハッ!タナカが目を覚ますと、窓の外はすでに薄暗かった。「やばい!寝過ごした!午後の外回り!」
慌ててオフィスに戻ると、フロアの様子がおかしい。
静かだ。
誰もいない。
そして、壁にかかっているカレンダーが目に入った。
『2026年1月』
タナカは目をこすった。
何度見ても、壁のカレンダーは「2026年1月」になっている。
さらに、部長のデスクには、立派な「鏡餅(みかん付き)」が鎮座しているではないか。
(う、嘘だろ……?)
タナカの脳内で、寝る前の記憶がフラッシュバックする。
『明治5年の今日、12月が消滅した』『今日は#奇術の日(マジックの日)』
(まさか……起きたのか?現代の神隠しが?俺が寝ている間に、マジックのように12月が消滅して、正月になったのか!?)
タナカはパニックになった。
もしそうなら、俺は12月の営業ノルマを未達のまま年を越したことになる。
忘年会の予約もすっぽかしたことになる。これは、クビだ。
その時、奥の会議室から、部長と課長が出てきた。タナカは、土下座の勢いで駆け寄った。
「ぶ、部長ぉぉぉ!!明けましておめでとうございますッ!!」
部長と課長が、ポカンとして立ち止まった。「……は?」
「申し訳ありません!
私、12月の記憶がありません!営業ノルマも、忘年会も、何もかもスキップしてしまいました!
でも、今年も何卒よろしくお願いいたしますッ!」
タナカは床に額を擦り付けた。
終わった。
俺の2025年は、資料室のソファで終わったんだ。
しかし、部長の反応は意外なものだった。
部長は、手に持っていた「みかん」を放り投げながら、ニヤリと笑った。
「タナカ。お前……なかなかやるじゃないか」
「えっ?」
「今日は#奇術の日だからな。その『記憶喪失マジック』、忘年会の一発芸として採用してやるよ」
「……はい?」
タナカが顔を上げると、部長が指差した壁のカレンダーには、まだ「12月」のページが残っていた。
さっき見た「2026年1月」のカレンダーは、部長たちが「来年のカレンダーの検品作業」のために、
一時的に壁に並べて貼っていたサンプルだったのだ。
そして鏡餅は、和菓子メーカーからの「お歳暮(早割サンプル)」だった。
「あ……あれ……?」
「何寝ぼけてるんだ。ほら、みかん食って目を覚ませ。午後の外回り、まだ間に合うぞ」
タナカは、渡されたみかんの冷たさで、ようやく現実に引き戻された。
12月は消えていなかった。地獄の師走は、まだ始まったばかりだったのだ。
【別視点:部長】
営業部長のササキ(52歳)は、12月3日の午後、上機嫌だった。
今日は#カレンダーの日。
文具メーカーである彼らにとって、来年のカレンダーが納品される重要な日だ。
会議室で、刷り上がったばかりの「2026年版カレンダー」を検品していた。
「うん、いい出来だ。来年も我が社のカレンダーは完璧だ」
ついでに、お歳暮で届いた「早すぎる鏡餅」と、旬の「みかん」を並べて、一足早い正月気分を味わっていた。
3(THritter)では#奇術の日がトレンド入りしている。
「種も仕掛けもない、素晴らしい来年」を演出しているつもりだった。
そこへ、部下のタナカが、鬼のような形相で走ってきた。
彼は、資料室でサボって寝ていたのを知っている。(ふん、言い訳でもしに来たか?)
しかし、タナカの口から飛び出したのは、予想の斜め上を行く言葉だった。
「明けましておめでとうございますッ!!」
ササキは、自分の耳を疑った。
今は12月3日だ。
まだクリスマスも来ていない。
「申し訳ありません!私、12月の記憶がありません!何もかもスキップしてしまいました!」
タナカは本気で怯え、本気で謝罪している。
その必死な姿と、「記憶がない」というSFチックな設定。
そして、背景にある「2026年のカレンダー」と「鏡餅」。
(……こいつ、天才か?)
ササキの中で、点と点が繋がった。
タナカは、サボっていたのではない。
今日の#奇術の日と#カレンダーの日というトレンドを巧みに利用し、
さらにこの場の小道具(カレンダーと鏡餅)を活かして、「タイムスリップした男」という高度な即興コント(マジック)を披露したのだ!
(『ごまかす』という目的のために、ここまでの世界観を作り上げるとは……!)
ササキは、タナカの営業マンとしてのポテンシャル(ハッタリ力)に感服した。
こんな面白い芸を見せられては、怒る気も失せる。
「タナカ。お前……なかなかやるじゃないか」
「えっ?(キョトンとしている)」
「その『記憶喪失マジック』、忘年会の一発芸として採用してやるよ」
タナカはまだ状況が飲み込めていないようだったが、
ササキは手に持っていた#みかんの日の象徴であるみかんを、彼に放り投げた。
「ほら、みかん食って目を覚ませ。午後の外回り、行ってこい」
タナカは、安堵したような、でもまだ狐につままれたような顔で、みかんを握りしめて出て行った。
ササキは、彼が去った後、壁の2026年カレンダーを見上げながら呟いた。
「ま、あいつの12月が消えなかったのは残念だがな。働いてもらわんと」
その年の忘年会で、タナカが「タイムスリップ芸」を強要され、
スベり倒して本当に記憶を消したくなるのは、また別のお話である。
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