31. 20X5/11/29 #いい肉の日と、脂の乗った懺悔

会社員のケンタ(29歳)は、11月29日の土曜日、人生最大級の緊張感を持って、高級焼肉店「牛王」の暖簾をくぐった。



今日は「#いい肉の日」。


そして、同棲中の彼女・ミナミ(27歳)との3年記念日(の翌週)。


最高のシチュエーションだ。しかし、ケンタの目的は「お祝い」ではない。




「……今日こそ、言わなきゃならない」



ケンタは、ジャケットの内ポケットに入れた「一枚の紙」を確かめた。



それは、ブラックフライデーで購入してしまった「ゲーミング防音室(30万円)」の注文明細書だ。


二人の結婚資金として貯めていた口座から、魔が差して引き出してしまった。




(バレる前に自白する。そして、A5ランクのシャトーブリアンで彼女の味覚を麻痺させ、怒りを中和する!これが俺の「#いい肉の日」作戦だ!)



個室に通され、網の上で極上の肉がジュウジュウと音を立てる。


ミナミは目を輝かせている。



「すごい!ケンタ君、こんな高いお店初めてだね!#いい肉の日だから?」




「あ、ああ…。今日は特別な日だからね。さあ、食べて。口の中で溶けるよ」



ミナミが肉を頬張り、恍惚の表情を浮かべる。



(今だ!この幸福感のピークに、爆弾(言いにくいこと)を投下する!)



ケンタは、意を決して切り出した。


「あー、ミナミ。実は今日、#いいにくいことをいう日でもあるんだ」



「えっ?(モグモグ)…うん」



「だから、その…俺たち、これから一緒に住むにあたって、隠し事はなしにしたいと思って」



「……(ゴクリ)」

ミナミが箸を止めた。真剣な眼差しだ。



「俺、実は……ずっと欲しかったものがあって……」




ケンタは内ポケットに手を伸ばした。



その時、店員が勢いよく個室のドアを開けた。




「お待たせいたしました!本日限定、『和牛の階段盛り・炎の舞』でございます!!」




ド派手な花火が刺さった肉のタワーが登場し、ケンタの言葉は花火の「シューッ!」という音とかき消された。


タイミング最悪だ。



ミナミは、花火に照らされた肉を見て、なぜか頬を赤らめ、涙ぐんでいる。



「ケンタ君……そんな……」



(え?なんで泣いてるの?肉が眩しすぎる?)



「私、わかってるよ。ケンタ君が何を言いたいか」



「えっ(バレてる!?)」



「隠し事はなし、だもんね。……私も、覚悟決めるね」



ミナミは、真っ直ぐな瞳でケンタを見つめた。



(やばい、怒られる。殺される。30万の防音室なんて買ってる場合じゃないって、詰められる…!)




ケンタは恐怖で震えながら、内ポケットの明細書を握りしめた。


「ご、ごめん!本当に魔が差して…!でも、これがあれば俺たちの生活も豊かになるというか…!」



「うん、いいよ。ケンタ君が選んだなら」



「えっ(許してくれるの!?)」



「だから……出して?そのポケットの中のもの」



ケンタは、震える手で明細書を取り出そうとした。


しかし、緊張で手汗がすごく、明細書がポケットの裏地に張り付いて出てこない。


ガサゴソしていると、ミナミが期待に満ちた顔で、左手をそっとテーブルの上に差し出した。



(……ん?なんで左手?)



その瞬間、ケンタの脳内に電流が走った。


高級焼肉。


記念日。


「隠し事はなし」。


ポケットの中のゴソゴソ。


差し出された左手。




(ま、まさか……プロポーズだと思ってる!?)




ケンタは血の気が引いた。


彼は今、「30万使い込んだ懺悔」をしようとしているのに、彼女は「婚約指輪」が出てくるのを待っている。


この落差は、エベレストからマリアナ海溝へのダイブに等しい。




「あ、あの、ミナミちゃん?これは、その、指輪とかじゃなくて、もっとこう、紙的なもので…」



「紙……?ああ!『婚姻届』ね!?」



「違います!!!」



ケンタの絶叫が、個室に響き渡った。


#いいにくいことをいう日は、言いにくいどころか、言ってはいけない方向に暴走を始めた。





【別視点:彼女・ミナミ】


ミナミ(27歳)は、11月29日の土曜日、夢見心地だった。




彼氏のケンタが、突然「いい肉の日だから」と言って、予約困難な高級焼肉店に連れてきてくれたのだ。



彼は普段、チェーン店でクーポンを使うような倹約家だ。

それが、今日はコース料理。


しかも個室。




(これって、絶対……アレだよね)



ミナミの女の勘が告げていた。


3年記念日は先週だったけど、忙しくてスルーされた。


つまり、今日が本番。


プロポーズだ。




ケンタは、店に入った時からガチガチに緊張している。


そして、何度もジャケットの内ポケットを気にしている。



(あそこに、箱があるんだ……!)




極上のシャトーブリアンが出てきても、ミナミの胸はいっぱいで、味なんて分からなかった。


そして、ついに彼が口を開いた。



「ミナミ。実は今日、#いいにくいことをいう日でもあるんだ」



(来た……!「結婚してください」って、照れ屋の彼には言いにくい言葉だもんね!)



「俺たち、隠し事はなしにしたいと思って」



(キャー!これからの夫婦生活の話!)



「俺、ずっと欲しかったものがあって……」


(私のこと!?私がずっと欲しかったの!?)



ミナミは感動で涙が溢れた。


花火付きの肉タワーが登場し、ムードは最高潮(ちょっと派手すぎるけど)。



彼は、ポケットに手を入れたまま、もじもじしている。



「私、わかってるよ。ケンタ君が何を言いたいか」


私は助け舟を出した。



「出して?そのポケットの中のもの」




私は左手を差し出した。さあ、カモン、ダイヤモンド。



しかし、ケンタは真っ青な顔で叫んだ。


「これは、指輪とかじゃなくて、もっとこう、紙的なもので…」




(紙!?指輪パカッじゃなくて、いきなり婚姻届!?展開早すぎない!?)



「ああ!『婚姻届』ね!?」


「違います!!!」




ケンタが震える手で引っ張り出したのは、くしゃくしゃになったレシートのような紙だった。



「……え?」



ミナミがそれを受け取ると、そこには無機質なフォントでこう印字されていた。


『商品名:ゲーミング防音室(俺の城)』


『金額:¥298,000』


『支払方法:結婚資金用・共通口座』



個室に、肉が焼ける音だけが「ジュウウウ」と虚しく響いた。



ミナミの脳内で、ウェディングベルの音が止み、代わりにゴングが鳴った。





「……ケンタ君?」



「は、はい!」




「『ずっと欲しかったもの』って、私じゃなくて、防音室だったの?」


「『隠し事はなし』って、横領の自白のことだったの?」




ミナミは、差し出していた左手を、ゆっくりと握りしめ、拳を作った。


今日は#いい肉の日。


目の前には、よく焼けた肉(ケンタ)がいる。



「……焼こうか。じっくりと」



「ひぃっ!ゆ、許して!これから毎日皿洗いするから!」



「防音室キャンセルして。そのお金で、この肉代払って。あと、指輪はランクアップね」



「はい!!仰せの通りに!!」



その夜、ミナミは3(THritter)に投稿した。




ミナミ(本アカ):

 彼氏に高級焼肉でプロポーズされると思ったら、30万の使い込みを自白されました。

 #いい肉の日 は、彼氏という肉をしばき倒す日になりました。

 でも、お肉は美味しかったので、執行猶予(結婚延期)にします。

 #いいにくいことをいう日

 #ブラックフライデーの悲劇

 #花火より火花


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