18話 追体験
Chapter1_1
僕は空間軸を半径500メートル以内、時間軸を過去1年、向こう10年間とし、すぐさまスキャンを開始した。
時間:3ヶ月前
座標:42.70810,140.02934
対象者:土木作業員
こったらずさんな工事じゃ降水量次第で崩壊すっぺ!
対象者:現場監督
北海道でそったら記録的豪雨なんてなかと!
Chapter1_2
時間:3年後
座標:42.70785,140.02921
対象者:小学校課外授業中の教師と生徒
「みんな知ってる? 洞爺湖の水は冬でも凍らないんだよ」
「先生、何で? なして凍らないの?」
「洞爺湖はなまら深いから夏の間にいっぱいお日様の熱を吸収しておけるんだって、だから冬でも凍らないんだよ」
Chapter1_3
「先生、知ってる? 洞爺湖からは地下水が染み出してるんだって」
「詳しいわね。地下水ならお日様が当たらないから凍っちゃうかも。地下水と砂が混ざって凍土になることもあるのよ。なまらしゃっこいから洞爺湖の周りには氷漬けのマンモスとかが眠ってるかもね」
「先生、そんなことあるわけないっしょ」
Chapter1_4
時間:10年後
座標:42.70808,140.02931
対象者:気象予報士
先週から降り続いております記録的な豪雨の影響で、大変地盤が緩んでおります。崖崩れや、突発的な土石流には十分ご注意下さい。
対象者:自衛隊員
洞爺湖付近の山道で大規模な地滑りが発生。至急、被害状況を確認されたし。
Chapter1_5
僕は北海道立図書館が所蔵するデジタル資料の中からアーカイブシステムを使って洞爺湖付近の地下水脈分布図を瞬時に検索、脳内にダウンロードし、現在地の座標と重ね合わせる。その結果やるべきことは一つだけだった。
「これで、大丈夫」
安堵した僕は、そのまま静かに息を引き取るように意識を失った。
Chapter1_6
「信人、お前どんだけ過酷な人生送ってるんだよ! てか息を引き取るって、これ、死んでないか!?」
追体験した記憶の前後が気になって仕方がない界人だったが、信人が幾重にも張り巡らせたフィルターの壁は厚く、それ以上のことは何も確認できなかった。
「はい、はい、別に感想はいいから。次、行くよ」
Chapter2_1
札幌の道立病院のICUで目を覚ます。
「5日か、結構かかったな。10年間もコールドスリープしてたんだから仕方ないか」
僕は左手に繋がれた点滴を乱暴に外しベッドから抜け出した。
「ちょっと、君! そこで、何してる!?」
すぐさま医師に呼び止められる。
「そうだよね。やっぱり、普通こうなるよね」
Chapter2_2
「何をブツブツと……あれ? 院長先生の息子さんじゃないですか? 患者衣まで着てどうされたんですか?」
「まぁ、ちょっと、見学だよ」
「さすがに、ICUは困りますよ」
「ごめん、ごめん、間違えて入って来ちゃって、普通病棟はどっちだっけ?」
「その自動ドアを出て左です」
「OK、OK、ありがとう」
Chapter2_3
僕は平静を装い自動ドアを潜り、医師の案内に反して右に歩みを進める。そして次の角を左に曲がり、普通病棟への廊下を渡った。
「信じられない! もう意識が戻ったの!? でもまだ安静にしてなきゃダメじゃない!!」
今度は看護師に右手をがっちりと掴まれてしまった。
「あ――もう、めんどくさいな――」
Chapter2_4
僕はこの病院にいる医療関係者全員の意識を取り込み、院長の息子の容姿と僕の容姿の記憶をすり替えた。
「あら、坊ちゃん、そんな患者衣なんて持ち出して、お医者さんごっこですか? 私付き合いますよ」
急に看護師の口調が柔らかくなる。
「そんなことより、例の男の子がICUから抜け出したみたいだよ」
Chapter2_5
「えっ、それで、その子はどっちに行きました!?」
僕が適当な方向を指さすと、看護師はその場から走り去っていった。すぐにアナウンスが流れ、病院内は騒然とする。
「いたぞ! こっちだ!!」
全ての医療関係者の目を掻い潜ることなどできるはずもなかった。ほどなくして容疑者は発見されたようである。
Chapter2_6
「離せ! 何のつもりだ! 俺は院長の息子だぞ!!」
「何をわけの分からないことを! どうしてお前が坊ちゃんの服を着てんだよ! 早く患者衣に着替えなさい!」
僕は確保現場へと向かった。
「あっ、あった。それ、僕の服」
「誰だお前!?」
「誰って、僕は院長の息子だけど」
「バカ言え、院長の息子は俺だ!」
Chapter2_7
「君もよく考えたね。院長の息子である僕の服を盗んで病院から抜け出すつもりだったの? でもそれ少し無理があるよ。服を替えたって顔は変えられないじゃん」
無理やり服を脱がされ患者衣に着替えさせられる院長の息子。脱がされた服を落ち着いた表情で医師から受け取り、僕は更衣室で着替えを済ませた。
Chapter2_8
上着のポケットを確認すると一枚のクレジットカードが入っていた。
「よし、これで帰れそうだ」
病院の前に止まっていたタクシーに乗り込む。
「カード使えますか?」
さらりと確認した有効期限の左下には、こう書かれていた。
「NOBUHITO……」
僕は、運転手に行先を告げ、カードを財布にしまった。
Chapter2_9
「ちょっと待て! 何だよ最後の意味深なNOBUHITO……って、お前、最初っから信人だったんじゃないのか!?」
「しまった。フィルターが甘かった。気にしないで忘れて」
「忘れられるか!」
「それじゃ、記憶をいじってあげようか」
「ごめん、嘘です。忘れたことにするので、それは勘弁して下さい」
Chapter3_1
「後は李依さんの能力だけど、使い勝手が悪いというか不確定要素が多いというか実用向きじゃないんだよね」
「あれは、本当に能力なのか?」
「感情的要素が深く関わっているとは思うんだけど」
高梨李依の能力
1.願い事が全て叶ってしまう能力(高梨李依の見解)
2.予知能力に似た力(岡本信人の見解)
Chapter3_2
「いずれにせよ、能動的に使えるものではなさそうだね。けど、答えがでないことを考えていても時間の無駄だよ。この話はここまで。時が来れば自ずと明らかになるんじゃないかな」
「それもそうだな。それじゃ、これで作戦会議も終了だな」
「何言ってるのさ、界人おじさん。ここからが本題じゃないか!」
Chapter3_3
「えっ? 他に能力者なんていたっけか?」
「何、惚けてるのさ、次は界人おじさんの番だよ」
「はっ!? 私には何の能力もないぞ!!」
「いや、あれは能力。それ以上かも。記憶の干渉における時間の非連続性について詳しく教えて欲しいんだけど」
それは、界人が高校生の時に発表した論文のタイトルだった。
Chapter3_4
記憶の干渉における時間の非連続性
高梨界人
時間は、過去、現在、未来と連続性をもって干渉している。過去の事象の結果として現在が存在し、現在の成果が未来に影響を及ぼす。これは現在を生きる者の主張であり、未来に生きる者からすれば、過去もしくは前者における現在の事象はすべて記憶に過ぎない。
Chapter3_5
記憶の結果として未来人にとっての現在が存在している。記憶とは不変的なものではない。その者の些細な感情、周囲からの負荷によって容易に変貌を遂げる。記憶の変化によって過去も変化するとしたらどうだ。未来が過去に影響を及ぼすのである。過去が改変されれば未来も変化するのは論じるまでもない。
Chapter3_6
時間に連続性や一方向性があるというのは人間が決めた幻想にすぎないのである。その一方で、人の意識とは何か。未来人が過去の自分を思うとき、人が過去を思うとき、意識はその者の過去の意識に飛んでいる。通常、過去の意識にアップロードされた未来の記憶で過去の記憶が上書きされることは考え難い。
Chapter3_7
ゆえに、過去が改変され未来に影響を及ぼすことは少ない。ところが、過去を思うという行為から過去を思い違うという行為に置き換わったとなれば話は別である。過去の脳の引き出しから出力された思い違いのデータで記憶が上書きされてしまう。つまり、容易に過去が改変され未来に影響を及ぼすのである。
Chapter4_1
「信人、何ぼーっとしてるのよ!」
能力の確認、信人の過去の追体験、界人の論文と、かなり長時間話し込んでいたように感じたが、所詮、お互いの意識の中にある記憶を一つの脳内で情報交換しただけのこと。李依からしてみれば、ほんの数秒のことだったようである。
「界人おじさん、時間切れみたいだね」
Chapter4_2
「ありがとう。だいたい理論は理解できたよ。この後の統計とデータ分析のセクションは勝手にトレースさせてもらったよ」
「早っ! 最初から全部そうすればよかったんじゃないか?」
「今はひとまず僕が表に出ればいいんだよね」
界人は会話のやり取りは共有しつつも意識レベルを下げその場を信人に任せた。
Chapter4_3
「信人、聞いてる!?」
「ごめん、ごめん、何の話だっけ?」
「だから――、信人の能力とすみれの能力が入れ替わってるって話じゃない! あなた大丈夫!?」
「李依、それなんだけど、なんか元に戻っちゃったみたい」
うまく話を合わせるすみれ。
「何それ、つまんな――い! もう少し遊びたかったんだけど」
Chapter4_4
界人は信人の身体で、すみれの顔をした信人に11回も心臓を貫かれ、ようやくここまで辿り着いたというのに、李依の無邪気な反応に全身の力が抜ける思いだった。
「それより信人、私さっき気付いたら男子トイレにいたんだけど、あなた何かした?」
「それヤバくない? 何してんのさ」
完全に白を切る信人。
Chapter4_5
「あっ、それ、たぶん私の能力だと思う。信人君が間違えて使っちゃったんじゃないかな?」
「やっぱり、信人の仕業だったのね。でも、すみれにそんな隠された能力があったなんて知らなかったわ。ちょっとやってみせてよ」
「仕方ないわね。特別よ」
気が付くと、三人は羽田空港の搭乗ロビーに立っていた。
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