3-2

 その場面は学校だった。たくさんの小学生たちが担任の先生から算数の授業を受けている。ただ、担任の優しげな中年女性教諭は視覚的にイメージがはっきりしているのだが、クラスメイトたちの姿が朧げだった。時哉は隣の席に座っていたはずの友達に目をやる。確かにいつも自分を誘ってくれる仲のいい友達なのだが、先生に比べてイメージがはっきりしていないのはなぜだろうと思った。その光景は後ろで見ていた時成にも同じように映っており、同じ意識を共有している——同期しているため時成は考える。二人の、人物としてのイメージがはっきり重なっているのが担任だけだから彼女だけがしっかり表現されているのであり、時哉の友達たち並びに他のクラスメイトたちは時成のほぼ認識の外にあるから朧げなのだろう、と。だが、授業を受ける上でそこに大した支障が生じるわけではない。そう思い、時成は時哉に声をかけた。

「算数だぞ。頑張るんだぞ」

「もう割合とかよくわかんないんだもん」

「先生の話をしっかり聞くんだ」

 しっかり聞く。どうせわからないのに、と思いつつ、しかしどうせ夢の中だし、と思い時哉は先生の方を向いた。

「ええと、皆さん。割合というのは……」

 だがしかし、そこで先生の言葉にノイズが走り始めた。時哉としては何だかよくわかんないけどラッキー、と思い、時成はなんだ? と疑問に思いながら、それでもなんとか授業を聞こうと耳を澄ます……のだが。

「割合は……『比べる量÷元にする量』で、求め……られます。また、全体に対する……一部の大きさを求める際に使用します……。公式……として、『元にする量』を百とした時の、『比べる量』の大きさが割合であると考えると……わかりやすいです」

 算数がよくわからない。

 と、そこで時成はふと思い出した。

 そういえば自分も割合がよくわからなかったな。

 この先生の授業は時哉のイメージが混ざっているのだろうと気づき、だからギリギリでもなんとか説明されているのだろうと思い、つまりノイズが発生してわかりにくくなっているのは割合を数学的にあまりわかっていない自分のせいであることがわかり……しかしそんなことでは父親の威厳が保てないと思って時成は首を横にブンブンと振った。

 それなら、不登校気味ではあるが、少なくとも割合の授業を受けたことがまるでないわけではない時哉の出番だ。

「おい時哉。結局、どこまでわかるんだ」

「だから、最初からわかんないんだって」

「そんなこと言うなよ。わかるところと、わからないところがあるだろ」

「もう何がわかんないかもわかんない」

「だから——だから、イメージだよ! イメージしてご覧! 自分は割合がちゃんとできるって」

「イメージ……」

 しかしどうしてもうまくいかない。時哉はまるで気づいていないが、それは同期している自分の“わかってなさ”が原因なのではないかと時成は考え、しかし、だからこそ自分も強烈にイメージしなければならないと思い、自分も時哉も割合がちゃんとわかるのだと強く心に思い描いたが一向にノイズが収まる気配はなく、むしろ今やほとんど騒音と化していた。

「うまくいかないよ」

「もっと!」

「だって、もう、音がすごいうるさくなってて」

「もっとだ! もっとイメージするんだ! このままイメージを続けてご覧!」

 “このまま”。

 ……時哉は、さっきの十三のセリフをちょっと思い出す。

 と、時哉は後ろを振り向いた。

「じゃ、お父さんももっと応援して」

 ようやくやる気になってくれたと喜んでいると場面は学校の屋上になった。

「え?」

「こら藤村ぁ! 何、サボってる! もっと気合いを入れろぉ!」

 いつの間にか時成は詰襟を着て、頭に鉢巻きを巻いている。そこで気づく。これは……応援部の練習。それも中学生のときだ。なぜならそこにいる男たちは、みんな忘れられない中学生のときの部活動の先輩たちだったからである。

 応援部。それは小学校五年生のとき、運動会で、クラスのくじ引きで自分は応援団の活動をすることになり、六年生たちにかわいがられ同級生たちと和気藹々と秋の始まりを過ごし、それはそれは楽しかったことを思い出す。みんなで旗を作り、自分は赤組だったのだが、赤い鉢巻きをつけて赤い団扇を振りながら、全校生徒の前でフレフレと大きな声で叫ぶことがちょっとした素敵な思い出になっていた。ので、そのまま六年生でもぜひと希望し応援団に入り再び楽しい思い出を作り、そして中学に入り、迷わず応援部に入った。のは、いいのだが、そこは小学校の運動会のときとはまるで異なり地獄のような部活動だった。確かに殴られたり蹴られたりといった肉体的暴力こそなかったものの、毎日声が小さいだの腹を鍛えろだの大声で怒鳴られ萎縮しっぱなしの一年間だったことを時成は思い出した。時成の出身中学では、よほどのことがない限り所属部活動は一年の間変えられないという仕組みになっており、自分から希望したのは確かだがまるで騙されたという感覚になりながら毎日先輩たちに扱かれていたことを思い出す。あのときの先輩たちの顔は忘れようったって忘れられない。それだけ当時の彼らは時成の恐怖と畏怖の対象であったのだ。

「こら藤村ぁ! 余計なことは考えるな! 勝利だ! 勝利をイメージしろ!」

「え、え」

「もっと腹から声出せぇ! 屋上から突き落とすぞぉ!」

「は、はいっ! はい!」

 ほとんど条件反射で時成は後ろ手を組んでかっ飛ばせと大声を上げる。

「もっとだ! イメージが足りない! 足りないぞぉ!」

「はい、はい! はい! かっ飛ばせー‼︎」

 父親の威厳も何もあったものではない。汗だくになって少年たちに怒鳴られている中年の自分が父親として情けなかった。と、ふと横を見ると、時哉が可哀想なものを見る目でじっと見つめている。こんなはずでは……と思うのだが、しかし……これは時哉のリクエストではあるのだ。もっと応援して、と。だから……時成は、苦しい応援部の部活に励むのだった。

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