星に選ばれた落ちこぼれ 〜魔力ゼロの僕は、“星の力”で世界を照らす〜

🌙第1話「星の落ちた少年」



 夜空が、まるで息をしているみたいに瞬いていた。

 雲ひとつない満天の空に、流星がひとすじ、白く線を描く。


 辺境の小村――《リュード村》。

 王都から遠く離れたこの土地は、魔力の濃度が低く、貴族の目にも留まらない。

 それでも、僕はこの静かな村が好きだった。


「……きれいだなぁ」


 星空を見上げながら、僕――エル・ルミエールは、つい独り言をこぼした。

 焚き火のぱちぱちという音と、草の匂い。

 この時間だけは、村を襲ったあの夜の悪夢を、少しだけ忘れられる気がした。


 ――三年前。

 村を、魔人が襲った。

 僕の父も母も、そのときいなくなった。

 剣を取る勇気も、魔法を放つ力もなく、ただ立ち尽くしていた僕を救ってくれたのは、

 村の老人が放ったひとつの光弾だった。


 あのときの僕は、何もできなかった。


 だからこそ、今でも願っている。

 ――いつか、誰かを守れるような力がほしい。


「でも、魔力は“ゼロ”なんだよねぇ……」


 昼間の魔力測定を思い出して、苦笑する。

 何度やっても、魔力反応はなし。

 普通の人なら誰でも持っているはずの“魔力の糸”が、僕には存在しない。


 村の人たちは口をそろえて言う。

 「魔術の才能がない子だ」「諦めなさい」って。

 でも、諦めるなんてできなかった。


「……あ」


 ふと、夜空にひとつ、ひときわ強く光る星があった。

 まるで、僕の名前を呼んでいるように輝いている。


 次の瞬間。

 風が凪ぎ、光が降る。


 それは流星というにはあまりにも近く、まるで“僕の目の前に”落ちてきたみたいだった。


 反射的に両手を差し出す。

 掌の中に、小さな光の粒が――ふわりと舞い降りる。


「……あったかい……」


 光は僕の手のひらに吸い込まれるように溶け込み、胸の奥がじんわりと熱を帯びた。

 その瞬間、耳の奥で“声”が響く。


『星の子よ――時が満ちた。光を受け継ぐ者よ、眠りを破れ』


「……え、だれ?」


 思わずあたりを見回すけれど、誰もいない。

 ただ夜風が揺れて、草がざわめくだけ。


 けれど、確かに聞こえた。

 そして、手のひらの光は、僕の心臓の奥に消えていった。


 ――この夜を境に、僕の運命は大きく変わっていく。

 それを、当時の僕はまだ知らなかった。

 夜が明け、鳥のさえずりが村に響く。

 僕――エル・ルミエールは、早朝の畑で鍬を振っていた。

 村の生活はいつだって同じだ。朝は畑、昼は家畜、夜は星空。

 でも、それが嫌いなわけじゃない。


「エル、こっちも手伝ってくれー!」

「うん、今行くー!」


 麦わら帽子を押さえて走りながら、僕は転んだ。


「いたっ……」

「ははっ、また転んだのか。ほんとにお前はドジだな」


 近所のおじさんが笑う。

 僕は頬をかきながら、照れくさく笑った。


「ふふ……僕、地面に好かれてるのかも」


 そんな調子で、村の人たちは僕を可愛い弟みたいに扱ってくれる。

 “魔力ゼロの子”でも、ここではちゃんと居場所があった。


 ――でも。


 午後、家に戻ると、玄関の前に古びた掲示板が立てられていた。

 そこに、新しい紙が貼られている。


【王立アルケイン学院 入学試験開催のお知らせ】

王国に仕える魔術師・剣士を志す者、身分を問わず受験可。


「……学院、か」


 僕の胸が、どくん、と高鳴った。

 “身分を問わず”という言葉が、心に刺さる。


 学院――それは王国で最も大きな学び舎。

 そこでは貴族も平民も、魔術と剣を学ぶことができる。

 魔術師として認められれば、王国に仕え、魔人と戦う力を得られる。


 でも、同時に分かっていた。

 “魔力ゼロ”の僕じゃ、到底合格なんてできないって。


 それでも――。


「……行ってみようかな」


 口にした瞬間、心が軽くなった。

 昨日、手のひらに宿った“あの光”のことが頭から離れなかった。

 あの声、あの温もり。

 もしかしたら、あれは僕に「進め」って言っているのかもしれない。


 夕暮れ。村の丘に立ち、空を見上げる。

 昨日よりも少しだけ強く輝く星が、僕の視界に映った。


「……もし、これが運命なら――僕、行くよ」


 風が頬をなで、夜空が瞬く。

 その瞬間、僕の中で何かが“動き出した”気がした。


 それが、僕と星との最初の約束。

 そして、“星の力”が再びこの世界に降り立つ物語の、ほんの始まりだった。

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