第4話 父への説得
父の激怒
「お前は、皇家に弓を引く気か!」
父(リステン侯爵)の怒声が、応接室に響き渡った。
「我らリステン家を破滅させる気か! あのバートン伯爵の性格を知らぬわけではあるまい! 皇太子殿下の耳に、どれだけ悪意を持って報告されるか!」
父は応接室を行ったり来たりしながら、頭を抱えている。無理もない。
昨日までの娘が、突然狂ったようにしか見えないだろう。
「お父様、お座りください」
「座ってなどいられるか!」
「お座りください」
私は、先ほどとは違う、静かだが有無を言わせぬ声で繰り返した。
父は私の気迫に圧され、驚いた顔で動きを止め、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
私は父の前に静かに膝をつき、深く頭を垂れた。
「お父様。私は、リステン家を『救う』ために行動しております」
「救う? 皇太子殿下を侮辱しておいてか!」
父が再び声を荒げた。私は静かに顔を上げる。
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エリアーナの反論と「未来の知識」
「皇太子殿下は、『皇帝』にはなれません」
父の息を呑む音が聞こえた。
それは不敬罪にも問われかねない発言だった。
「……何を、馬鹿なことを」
「お父様は、殿下が来月発表される『新税制』の計画をご存知ですか?」
「……ああ。塩の専売制のことだろう。それがどうした」
「その計画は、必ず失敗します」
私は、1周目の知識を総動員する。
処刑されるまでの3年間、私はアランのそばで、彼の失策を全て見てきたのだ。
「なぜ、お前がそこまで……」
「新税制は、表向きは帝国の財政再建ですが、真の狙いは北方のヴァレリウス公爵領を経済的に締め付けるためのものです」
「……それは、私も気づいている」
「ですが、計画が杜撰(ずさん)すぎます。ヴァレリウス公爵は、報復として、帝国への鉱物資源の輸出を停止します。結果、帝都の武具とインフラの価格は三倍に高騰し、民の不満が爆発するのです」
私は、1周目で実際に起こった事実を、淡々と述べた。
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リステン家の破滅の未来
父の顔が、怒りから疑念へと変わっていく。
「……それが、なぜ我らの破滅に繋がる」
「アラン殿下は、ご自分の失策を認めません。彼は、民の不満を逸らすため、こう宣言するでしょう。『新税制の失敗は、計画に非協力的だった中立派貴族のせいだ』と」
「まさか……」
「そして、高騰した物価を抑えるという名目で、我がリステン家に『莫大な献金』を要求します。事実上の、財産没収です」
1周目の記憶が蘇る。あの時、父はアランへの忠誠心と、帝国経済の安定のため、その要求を飲んだ。
だが、それは間違いだった。
「お父様。アラン殿下は、私たちの財力で失敗の穴埋めをさせ、用が済めば切り捨てる。それが、あの方のやり方です」
「……」
父は、私の目が嘘をついていないこと、そして私が語る未来の具体性に、言葉を失っていた。
※※※※※※※※※※※
北のルシアン公爵という代替案
私は、最後の一押しをする。
「お父様。アラン殿下に未来はありません。私たちリステン家が、彼と手を組むメリットは一つもございません」
「……では、どうしろと。皇太子殿下を敵に回して、我らに未来があるとでも言うのか」
父の声には、諦めが混じっていた。
「ございます」
私は顔を上げ、父の目を真っ直ぐに見据えた。
「私たちが手を組むべきは、あの方ではありません」
「……では、誰だと」
「アラン殿下と唯一敵対し、彼を凌ぐ力を持つ方。アラン殿下が最も恐れる方」
「……まさか」
父の目が、驚愕に見開かれる。
「『北の冷血公爵』、ルシアン・ヴァレリウス様です」
「お父様。わたくしを、北の公爵様との『お見合い』の席に、行かせてください」
父は、あまりにも突飛な娘の提案に、再び言葉を失い、深くソファに沈み込んだ。
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