第10話 エクストリーム・オーダー(EXtreme ORDER)
ハンドルを握りながら、葛城が投影された映像をのぞき込む。
「おいおい、危ねえだろ。自動運転にしろよ」
「そうですね」
葛城はパネルをタッチし、素直に自動運転モードへ切り替える。車体が静かに制御を受け取り、ステアリングが微かにロックされる。
「まずこれだ」
新見が指先で操作すると、ホログラム映像が再生を始めた。
浮かび上がったのは、夜間の倉庫内。無人の広いフロアに、無数の搬送アームが並んでいる。画面の端には時刻表示。映像は淡々と進むが、やがて異変が起こる。
一台、また一台と、機械アームのランプが不自然に点滅し始めた。まるで見えない指示を受けたように、一斉に動きが乱れ、その場で停止するもの、急に旋回するものが現れる。
搬送路の床には、徐々に赤外線の熱源マーカーが現れ、センサーが警告色に切り替わる。
やがて、全アームが同時に制御不能となり、警告灯が一斉に明滅する。無音の倉庫に、ただ機械の異常停止アラートだけが響いていた。
映像の端には、操作ログの異常値が連なり、通常なら有り得ない一斉異常の記録が残されている。
「終わり」
新見の言葉に何かを言いたげな様子だったが、葛城は軽く頷くだけだった。
「次だ」
新見が指先で操作すると、再びホログラム映像が浮かび上がった。映し出されたのは、先ほどと同じ倉庫内の事故映像だった。
新見は口を開かず、ただ映像を見つめている。葛城もまた、わずかに眉をひそめたまま、黙って最後まで映像を見続けた。
映像が終わると、車内には静かな電子音だけが残った。
「どうだ?気付いたか」
「いいえ。何も分かりません」
「だよな。じゃ次」
新見が手際よく指を走らせると、新たにホログラム映像が投影された。左右に枠がふたつ。両方とも先ほどの倉庫の様子が流れている。並んだふたつの映像が同時にスタートする。
二人はしばらく無言のまま、その映像を最後まで見続けた。
「どうだ?気づいたか?」
新見が静かに尋ねる。葛城は首を横に振った。
「いえ」
「じゃあ最初からもう一度だ」
新見は淡々と、再生の頭に戻した。
再生映像の時間が、事故発生直前に差し掛かる。
「……ここだ」
と停止させ、静かに指を伸ばす。
並んだ左側の映像、搬送アームの根元に、一瞬だけ淡くぼやけた小さな光が走る。まるで空間が歪んだように、アーム全体がぼやける一瞬。
葛城は食い入るようにそれを見ている。
「こっち、見てみな」
新見が右側の映像を指差す。同じ場所、同じ時刻表示だが、こちらのアームには何の光も写ってはいなかった。
葛城がわずかに声を落とす。
「これは、どういう……」
「これはな、両方ともまったく同じ映像なんだ」
新見は淡々と告げる。
「ところであんたは、どこでこの映像を見たんだ?」
葛城は少しだけ考える仕草を見せ、すぐに答える。
「国民信和損保の調査部です。事故報告として提出されたものを、会社の専用端末で確認しました」
「具体的には?」
「ネクサス・ステーションです。OSはSafe Vision7」
「やっぱりな」
葛城は眉を寄せる。
「どういうことでしょう」
「ちょっとややこしいんだが……」
と前置きをして新見は話し始めた。
「あの事故に関わってる人間、SAIロジ、国民信和損保、警察、消防、それから一応イーヴァリンクも入れとくか——その連中が見たのは、おそらくほぼ全員、右側の映像だ」
葛城は頷きもせず黙って新見の話に集中していた。
「で、うちにも当然、事故報告であの映像が回ってきたわけだが、困ったことに、うちのOS、今日の昼までセーフ・ヴィジョンの6だったんだ。つまり旧OSだったわけ。それで俺はピンときた。ここまで言えば俺の言いたいこと、分かる?」
「……つまり、あの光らしきものが事故の原因だが、我々が見たあの映像は、最新のOSが自動で最適処理をしたが為に、消えてしまった、と?」
「そういうことだな。調べたが、最新OSは映像解析時の異常波長検知・自動マスキング機能が標準搭載されているんだとさ。見るに堪えない、不快なノイズはあっち行けってな。……なんだかどっかの最先端都市に似てるな。都合が悪い奴は低層管理区画へ、ってよ」
新見は皮肉を込めて軽い冗談を言ったつもりだったが、葛城は愛想笑いも見せず、どこか呆然としたような表情を浮かべた。
「おい、聞いてるか?」
声をかけられて、葛城ははっと我に返る。わずかに息を吐き、言葉を探すように新見に視線を向けた。
「失礼。さすがに予想外の展開だったもので」
「そうか。で、どうする?さすがにこれをもってSAIロジに責任無しって主張は……」
「難しいでしょうね。言えることはせいぜい、あの光が原因で、それにはSAIロジは関知しない、程度のことですね」
新見は頭をかきながら、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をした。
「小さい光だから、前にあんたが俺に見せた映像よりインパクトはないかもしれないが……。これじゃ足りないか?」
葛城は首を横に振り、ほんの少し口元を緩める。
「いえ。むしろ感謝していますよ。わかったこともある」
新見は肩をすくめ、少しだけ気が抜けたような調子で返した。
「そうか。ならいいが」
葛城は軽く息を整え、正面を向き直した。
「では——今度はこちらの番ですね。都倉朔臣について、私が掴んだことをお話します」
新見は身じろぎもせず、黙って続きを待った。
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