第8話 残映

 本部の入口には、いつものリレイザーゲートが立ち塞がっていた。制服姿の隊員たちに混じって、私服で通るのは少しだけ気が引ける。


 新見は無言でゲートの中央に立つ。数秒、識別の光が全身をなぞる。


 ディスプレイに“Niimi, L. 認証OK”と表示され、ゲートが低く音を立てて開いた。そのままフロアの奥にある自分のデスクへと向かった。



 自席の端末を起動し、ログイン認証を済ませると、保管データベースから目的の事故ファイルを呼び出した。


〈SAIロジスティクス第五搬送拠点・三月三日深夜異常記録〉とタイトルのついたデータが、静かに画面上に展開された。



 新見は椅子にもたれ、改めてその内容を詳しく確認した。事故発生時刻、現場のセンサー履歴、異常発生直前のログ、現場映像——複数のファイルがフォルダ内にまとめられている。 現場のセンサー履歴や監視映像を順に再生する。



 画面上では、全自動搬送アーム十二基が同時に動作停止し、直後、搬送ライン上の貨物七点が落下していた。そのあと警告ランプが一斉に点灯した様子がはっきりと映っている。


 異常が発生したその瞬間、複数のカメラ映像には一瞬の途切れや、データに不自然な数秒の空白が記録されている。何が起きたのかを正確に把握できる映像は残っていない。


 映像の乱れが収束すると、現場にはすでに停止したアームと散乱した荷物、そして警告灯の赤い明滅だけが残っていた。



『なんか面白いのあった?』


 フウが、包帯の奥でぼそっとつぶやいた。


『今見てるとこだ』


 新見は短く返し、映像の巻き戻しと再生を繰り返す。


『ま、レクトだな、間違いなく。ただ、報告書にもあるけど、階層は2。今は消滅で安定化してる』


『お前たちの出番なしって感じか』


『ああ。普通ならSAIロジの責任ってことになるんだろうな』


『……じゃ、終わりじゃん』


『だよな』



 データベースの備考欄には「保険調査中/支払い未決」の一行が残っている。


『なのに、まだ保険で揉めてる。SAIロジ側は何を根拠に渋ってんだ?』


 新見は鋭い視線で画面を睨みつけ、その事故映像を何度も繰り返し見た。





 背後から扉が静かに開く音がした。


「おや、新見くん。私服で休日出勤かい?」


 落ち着いた声に振り向くと、八代恭一が作業用の端末ケースと何冊かの台帳を抱えて立っていた。


「ちょっとな。なに?なんか用事?」


「端末の入れ替えだよ。古くて使いづらいって局員みんなにせっつかれてさ。閑夜さんに三回、頭下げてようやくだよ。全体で最新機種にすることになった」



 八代は監二——感応異常現象監視制御局・第二部門の記録観測課・統括主査。


 現場の装備や備品の管理だけでなく、職務環境調整管理官として、現場の働きやすさや環境改善にも携わっている。現場の不満と上層部の締め付け、その板ばさみでストレスが絶えない役職だ。


 新見とは監二時代からの顔なじみだ。白髪の増え具合からして、胃の一つや二つ痛めていそうだと新見は思った。


「もし使用中なら、後回しにするけど……」


「いや、いいよ。腹が減ったから、食堂で飯でも食ってくる」


「助かるよ。その間にやっておくから」




 食堂から戻ると、八代と部下たちが古い端末を丁寧に梱包していた。作業はほぼ終わっているようだった。


「おかえり、新見くん。交換、全部終わったよ」


「ご苦労さん」  


 新見は手にしていたコーヒーを差し出した。


「これ、みんなで」


「おっ、助かる。ありがとう」


 新見はさっそく新しい端末を起動し、映像データの確認を再開した。


「なに、そんなに急ぎの仕事かい?」


「んー、ノーコメント。八代さんは知らないほうがいい」


「おっと、そうか。はは、相変わらず型破りだな、新見君は」  


 八代はそう言って部下のもとへと離れていった。




 背後では、端末や備品を運び出す小さな作業音が続いている。新見は新しくなった端末のスクリーンに映し出された、例の映像に集中しようと意識した。だが、


「ん?」


 一度目の再生でふと眉をひそめる。


『どうした』


 フウが問いかける。


『いや。なんだ?何となく違和感が』


 巻き戻して再生し直すが、はっきりとした理由は掴めなかった。


 違和感は確かにあるが、どこがどう違うのか、言葉にはできない。




 しばらく画面を睨みながら悩んでいると、片付けを終えた八代が声をかけてきた。


「じゃあ、失礼するよ」


「——待った」


 新見が呼び止める。


「どうしたの?」


「悪いけど、1台でいいから古いやつ、そこに戻してくれ」


 自分の新端末の隣を指差しながら言う。


「ええー……。梱包し終えたばかりなんだけど」


「いいから、いいから。ほら、早く」


 新見の軽い調子に、八代も諦めたように小さく苦笑し、部下に合図した。


「本当に、相変わらずだね」


 そう言いながら、古い端末が新しい端末の隣に戻される。


「おう、サンキュー。じゃ行っていいよ。古いのはあとでイツキに片づけさせるから」


「はいはい。じゃあね」


 八代は軽く手を挙げて、部下と共に静かに部屋を後にした。




 再び静けさが戻った。新見はデスク上に並んだ二台の端末を前に、古いほうの電源を入れる。新旧それぞれの画面で、同じ事故映像ファイルを同時に再生しはじめた。 神経を研ぎ澄ます。


 冷たい照明に照らされた自動アームと、無人の搬送ライン。淡々とした機械音とともに、荷物が運ばれていく。


 やがて、事故発生の時刻——アームが一斉に静止し、貨物が落下。警告灯の明滅が、夜の倉庫を赤く染めていた。




 五回繰り返して見た。それから、ポケットからパーソナルデバイスを取り出す。デスク上に並んだ二台の端末、同時に画面に映し出された事故映像を、じっと録画しはじめた。



 録画を終えたところで、フウが問いかける。


『なんかわかったか?』


『ちょっとな』  


 新見はすぐにイツキへコールを入れた。


「はい、お疲れ様っす。って、あれ?新見さん、今日休みですよね。どうしたんですか」


「俺の席の古いPC、綺麗に箱に入れて、監二の八代さんのところへ持っていけ。いいな、綺麗にだぞ。ちゃんと礼儀正しくお礼も言えよ」


「えっ。どういう……」


 新見はサッとデバイスをしまい込んだ。


『じゃ、行くか』


 フウが呆れたようにぼやく。




『お前が礼儀とか……。どの口が言ってんのさ』

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