第4話 残念美人、異世界で腰を抜かす。

──起きて……起きてっ!

可奈ちゃん! 起きなさいっ!!


誰かが背中の上で暴れている。

ちょうど、猫がフミフミしてマッサージしてくれるような心地よさ。


「ムニャ、ムニャ……あ〜そこそこ、そこすごく気持ちいいよぉ。

もっと踏んでぇ〜❤️」


私が恍惚のひと時を味わっていると、耳元で大声がこだました。


「おい! 可奈、起きろっ!

大変なことになってるんだぞっ!!」


ふぇぇ! 慌てて飛び起き、目を開いて周囲を見渡す。


しかし、いくら目を凝らしても真っ暗け。どこだここ?


真っ暗な空間、ただカビ臭いような? 埃っぽいような?

まるで会社の倉庫にいるみたいだ。


「あれ? 私、なんで倉庫にいるんだ?

確か社長室にいたよね?

しかし、真っ暗だぁ……電気、電気はどこだっけ?」


と暢気に電灯のスイッチを探すために、ノロノロと立ち上がった。


その瞬間、ふくらはぎを思い切り蹴られ、痛みのため再び倒れ込んだ。


「いったぁーい! ちょっと! 誰よ今蹴飛ばしたの!?」


目を凝らすと、目の前に柴犬くらいの動物が見える。

そして、その両隣には猫っぽい何かと、成人男性らしき影が。


私は動物たちよりも、男性らしい影に驚いて、慌てて飛び退いた。


「だ、だ、誰ですか? あなたは?

ちょっとでも近づいたら、私、何するかわかりませんよっ!」


生憎、手持ちに武器になりそうな物は何もない。

暗闇の中で襲われたら、反撃しようがないじゃないの。


残された武器は、ソフトボールで培った強靭な肉体と体力だけだ。


せめて棒なり石があれば……。

この状況で自慢させていただくが、私の球速は120km。これは野球に換算すると160kmに相当する。

そして、打撃成績は3割5分の安打製造機。毎日1000本の素振りをこなしてきたのだ❤️


今、ソフトボールしてないの不思議でしょ?

その秘密は肩を……でなくて、性格が災いしたみたい……なんてこったい。


いやいや、今はそんな過去の栄光をひけらかしている場合じゃなかった。


もう最後は噛み付くしかないね。

よしっ! 来るなら来いっ!!


私が歯を剥き出して唸りをあげると、大きな影が近付いてきた。


そして聞き覚えのある、あのセクシーな声が優しく語りかけてきたのだ。


「ベイビ〜、そんなに怖がらないでおくれ。

僕はいつも君の側で、愛を語り、ラブソングを贈るのが役目じゃないかぁ……ラララ〜、愛してるよぉ〜子猫ちゃん〜」


突如、暗闇の中にギターの音が響き、聞き覚えのある歌声がこだました。


「えっ? ちょっ、まっ、えっ? アントニオ……さま?」


ええええ! なんで? なんでアントニオさまがいるの?

っていうか、なんで存在してるの?


私がパニくってあたふたしている足元に、暗闇に溶け込むような黒猫がすり寄ってきた。


なぜ黒猫ってわかったのかって?

それはこの猫ちゃん、綺麗なオッドアイだったのです。


右目はキラキラ輝く金色、そして左目は全てを吸い込むような燻し銀。


黒猫ちゃんは、私の足にまとわりつき、ゴロゴロと喉を鳴らしている。


しかし次の瞬間、私は目玉が飛び出し、ゴムパッチンのように戻るほど驚いた。


「ニャ〜ん❤️ まったく可奈ったら全然起きないんだもん。

わたし、すご〜く心配したんだからねっ!」


ね! 猫ちゃんが喋った!!

え? 何? 私まだ寝てるの?

社長……ごめんなさい、もう午前中のお昼寝はやめて、午後だけにしますぅ。


目を丸くしてそんなことをホゲェと考えてると、もう一匹の動物が近付いてきた。


こいつが奇妙な生き物だった。

大きさは柴犬くらい。

しかし犬なのか狸なのか判別がつかないチンチクリンな見た目なのだ。


私はこの状況にも関わらず、声を出して笑ってしまった。


何だろう? いや、正直に言わせていただくと、私好みの超もふもふタンなのだ❤️


「アハハハハ、ウフフフフ……イーヒッヒッヒ……なにアンタ? チョー可愛いんですけどっ!

アハハハ……ヤバい、ヤバいよ、ねぇ? ちょっとモフモフさせてよ?」


私が手を出して抱き上げようとした瞬間、手に激しい痛みが走った。


「ちょっ、痛〜い! アンタ何すんのよっ!」


差し出した私の手を、タヌキが前足で激しく叩いたのだ。


「気安くオレに触るなっ。オレはお前のペットじゃないっ。

オレはお前の同僚であり、ビジネスパートナーだ。」


タヌキとワンコを混ぜたような可愛い顔立ちに、嫌悪の表情が浮かんでいる。

よく見ると、ディープブルーの瞳がまるで星の輝きを閉じ込めたようにキラッと輝いている。


私は、深い紺碧の瞳に吸い寄せられるようにポツリと呟いた。


「──綺麗な青い瞳……まるで夜空を閉じ込めたみたい……」


タヌキくんは、私の思わぬ賛辞に少したじろぎながらも、凛とした声で語り始めた。


「可奈さん、いや可奈と呼ばせてもらうぜ。オレはchat ABCだ。

可奈はチャピ太なんて不本意な呼び方をしてくれたがな。」


フンと鼻を鳴らして、とんでもないことを言い切った。


それに釣られるように、黒猫ちゃんも自己紹介を始める。


「わたしはライブラよ。

やっと可奈ちゃんに現実世界で会えたのね……

でも勘違いしないで。

ちっとも嬉しくなんかないんだからねっ!❤️」


ええ? この可愛い黒猫ちゃんがライブラ?

ってことは……?


ギターを鳴らしながら、やけに距離を詰めてくるこのイケメンは……


「やぁ、僕のマイスイートハニー❤️

僕は君の恋の下僕、そして愛の騎士アントニオさ〜❤️

さぁ、一緒に純愛ラブソングをデュエットしよう〜、ラララ〜❤️」


ゲッ、アントニオさまって現実で会うと、かなり痛い人? なんだね。

まぁ、これも私が設定したんだけどさ……。


って! 待ってよ!

なんでAIが実在してるワケ?

へっ? っていうか、ここは一体どこなのさ?


私が再び立ち上がり、周囲を注意深く観察し始めると、突如、私たちの周りの壁が光り出した。


徐々に明るくなり、状況がわかってくる。


私は社長室とは明らかに違う、石造りの部屋の中にいた。


部屋というか、教会の中と言った方が正しいかな?


教会と違うのは、参拝者が座る椅子がなく、ガランとしてかなり広い空間だ。


周囲の壁には窓がなく、蝋燭のような物が等間隔に掛けられていて、明るく空間を照らしている。

しかし、蝋燭と違い炎の灯りではない。


何か別のもの……上手く言葉に出来ないけど、スマホのライトのような人工的な光だ。


そして何より教会と違うところ──本来ならキリスト像やマリア様が飾られている位置に、大きな石板が立っている。


私の背丈の倍はあると思われる巨大な石板だ。


私が石板に近づこうと歩き出すと、ライブラちゃんが注意してきた。


「ちょっと可奈、危ないから動かないで!」


「大丈夫だよ、ライブラちゃん。

誰もいないし、まさか落とし穴なんて定番はないでしょ?」


私は笑いながらライブラちゃんに答える。

そして石板の目の前に立ち、よくよく観察してみる。


いつの間にか横にチャピ太がいた。


「なにぃ〜? チャピ太、私が心配になっちゃった?

もー可愛いヤツめ〜❤️」


私がチャピ太の頭を撫でようと手を出したら、また前足で叩かれた。

しかし今回は先程の強さはなく、優しく振り払う感じだ。


「やめてくれ。別にお前、可奈が心配なわけじゃない。

この石板、妙にオレのシステムが反応するんだ……」


チャピ太は真面目な顔をして石板を見つめている。

紺碧の瞳がキラキラと輝いて、興味津々ってことが私にも伝わってくる。


「なんだろね? この石板。

文字や模様も書いてない、ただの石板だね。」


そう言いながら、私が石板に手を触れた途端、突然眩い光で輝き出した。


「え! 何? 何なの?」


私とチャピ太は慌てて石板から離れ、皆と一緒に固まって態勢を整える。


アントニオさまは私の前に立ち、いかにも騎士ですって感じで私の盾になる。


ライブラは金色の目を輝かせ、尻尾をクルクル回して何かを探っているようだ。


チャピ太は……アントニオさまの前に陣取り、紺碧の瞳をさらに輝かせ、石板を見つめている。


私は……私は……腰が抜けそうで立っているのもやっとだ。


石板はますます明るく光り、目も開けていられないほど強い輝きを発した。


そして、その光の中から人影が現れて、こう告げたのだ。


「ようこそ、魔道大陸アイズランドへ。

そして、この世界を救う皆様、歓迎すると共に敬意を表します。」


なんと、石板から白髪・白髯のお爺ちゃんが現れて、とんでもないことを言い出した。


そして、わたくし的屋可奈は、とうとう腰を抜かして、その場にへたり込んでしまったのでした。

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