残業無双 ―スキル「社畜根性」が勇者パーティを過労死寸前にするまで―

杏朔

第1話 転生初日から残業確定

***


 気がついたら、会社のデスクじゃなかった。

 目の前には、金色の草原。空気がうまい。青空がまぶしい。

 でも、頭の中にこびりついてるのは──


「久世くん、今日も“少し”だけ残ってもらえる?」


 ……少し、の定義を聞いておけばよかった。


 気づけば俺は、知らない世界に立っていた。

 白いローブの女が涙ながらに俺を見つめる。


「勇者様! この世界を救ってください!」


 勇者? いやいや、俺ただの営業職だぞ。

 しかも昨日、納期すっぽかして死んだ気がする。


【ステータスウィンドウ】


名前: 久世レンジ

職業: 勇者(仮)

スキル: 社畜根性(Lv.1)


効果:

勤務中、体力・精神力が0になっても死亡しない。

ただし終業時間は存在しない。


 ……うん。俺、もう帰れないらしい。


 白ローブの女(自称・神官リリア)が言うには、

 この世界は魔王のせいで滅びかけてるらしい。

 ありがたいことに、俺が救世主らしい。

 ……ありがたくない。


「この剣で魔物を討ち、世界を救ってください!」


 はいはい、仕事増えましたね。了解です。

 どうせまた無報酬の残業案件でしょ。


 最初に現れたのはスライム。

 ぷるぷるして可愛い。たぶん無害。


 が、神官が絶叫する。


「レンジ様っ、危険です!」


 危険? いや、納期に比べたら全然マシだろ。


 俺は剣を握った。腕が震える。

 睡眠不足だ。でも動ける。

 スキルが反応していた。


『社畜根性が発動しました』


 体力ゲージがゼロになっても、俺は立っていた。

 スライムを斬り伏せ、踏み潰す。

 リリアが震えながら言った。


「な、なんて献身的な戦士……!」

「いいえ、定時までは帰らないだけです」


 その夜、勇者パーティに正式採用された。

 剣士、魔法使い、僧侶、そして俺。


 翌朝。


「レンジさん、そろそろ休みませんか?」

「あぁ、納期までは寝ない主義なんで。」


 彼らは笑っていた。最初のうちは。


 だが3日後――

 仲間たちは全員、目の下にクマを作って倒れていた。


「なぜ……あなたは……まだ動けるのですか……?」

「仕事中だからですね」


 その瞬間、俺のステータスが光った。


《スキル『社畜根性』がLv.2に進化しました》

《効果:勤務中、味方を強制的に労働状態にする》


「よし、みんな! 次の戦場へ行くぞ!」

「もういやだああああああ!!」


***


異世界最強のスキルは、努力でも魔法でもなかった。

――それは、“社畜根性”だった。

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