輪音(りんね)
えにし
第1話:プロローグ
世界が静かすぎる、と彼女は思った。
空には風の流れがなく、木々の葉もほとんど動かない。
街の遠くで聞こえていたはずの生活音も、まるで記憶の底に沈んだようにぼやけていた。
白崎流音は、校舎の屋上に立っていた。
西の空を染める夕陽は淡く、どこか作りもののように見えた。
「今日も……同じ景色。」
自分の声が、少し遅れて耳に返ってくる。
その遅れが、なぜか怖かった。
昨日も今日も、何かが欠けている気がする。
けれど、それが何なのか思い出せない。
風の音? 人の声?
それとも――記憶そのもの?
流音は制服の袖を握りしめ、目を閉じた。
その瞬間、まぶたの裏で光が瞬いた。
音もなく、空の奥で“何か”が割れるような気配がした。
彼女は目を開ける。
遠くの雲が、ゆっくりと裂けていく。
白い光がそこからこぼれ、世界の境界線が滲む。
――まただ。
流音は唇を噛んだ。
いつからか、この現象を「まただ」と思うようになっていた。
何かが壊れていく。
けれど、それが何なのか誰も知らない。
ただひとつ、確かなことがある。
彼女の胸の奥で、何かが“欠けている”。
それだけは、痛いほどにわかっていた。
「……流音。」
背後から名前を呼ぶ声がした。
振り向くと、藤原海が立っていた。
彼の瞳には、どこか懐かしい光が宿っていた。
「君、またここにいたんだね。」
流音は小さく息をのむ。
その声を聞いた瞬間、
風が――ほんの少しだけ、動いた。
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