第5話:助太刀②

「うおおおおぉぉっ!!」

スキンヘッド男が咆哮を上げながら突進してきた。

魔鉱石製ナックルをはめた拳で、セドリックを叩き潰そうとする。その筋肉質な巨体から繰り出される一撃は、まさに破壊そのもの。床が軋み、空気が震える。

肉弾戦を得意としているらしく、その動きには無駄がない。おそらく、一般人であれば一撃で沈められるだろう。

「はああああぁぁっ!!」

拳が飛んでくる。

しかし──

ヒュッ。

セドリックは紙一重で横に身を翻した。

まるで風のように、軽やかに。

ドガァンッ!

ナックルは壁にぶつかり、大穴が開く。

「なっ──!」

スキンヘッド男が目を見開いた。

そして、交わしざまに──

トンッ。

セドリックが男の右肘を軽く小突いた。

本当に軽く。

カクンッ。

「え?」

スキンヘッド男が困惑した表情を浮かべた。

次の瞬間──

「ぎゃあああああああぁぁぁっ!!!」

男の右腕がだらんと伸び、不自然な角度で垂れ下がった。

関節が外れたのだ。

激痛に襲われ、男は床に転がり、のたうち回る。

「い、痛ぇぇぇっ!!腕が!腕がぁぁぁっ!!」

「何が起きた…?」

女の子が呟いた。

「肘の関節を外したようじゃな…」

老人が冷静に分析する。

「しかし、あんなに軽く触っただけで…普通、関節を外すには相当な力と技術が必要なのじゃが…」


「どこ見てんだよっ!!」

その時、金髪の男が動いた。

しかし、その標的はセドリックではない。

女の子と老人だ。

「爺さんはぶっ殺して娘は半殺し!!」

複数のナイフを両手に構え、二人に向かって跳躍する。

「させないっ!」

女の子が前に出た。

咄嗟に椅子を掴み、飛んでくるナイフを弾く。

ガキンッ、ガキンッ!

金属音が響く。

「へぇ…やるじゃねぇか」

金髪男が不敵に笑った。

「だが、どこまで持つかな?」

連続でナイフを投げつける。

女の子は必死に椅子で防ぐが、徐々に押されていく。

そして──

ガシャンッ!

椅子が砕け散った。

「しまった!」

「もらったぁ!」

金髪男が接近し、ナイフを振るう。

女の子は後ろに跳んで回避するが──

「遅い!」

男の二撃目が、女の子の腕を掠めた。

「っ!」

鋭い痛み。

赤い血が服を染める。

「リナ!!」

老人が叫んだ。


一方、スキンヘッドに対峙していたセドリックの背後では──

「《集束せし魔素よ、我が意志に従い、力と成れ》」

インテリ系の男が魔導詠唱を行っていた。

魔導杖の先端が青白く光り、膨大な魔力が収束していく。

「《火炎の矢──ファイアボルト!》」

バシュッ!

野球ボール大の火球が、セドリックに向かって放たれた。

セドリックは視界の端でそれを捉えた。

「ん?」

振り向くと同時に──

ピンッ!

人差し指で火球を弾いた。

「なっ…!?」

火球は軌道を逸れ、天井に衝突して消滅する。

「嘘だろ…魔導を素手で…!」

インテリ系の男は信じられないものを見て驚愕した。

魔導は魔力の塊だ。それを素手で触れば、通常は大火傷するか、最悪の場合は手が吹き飛ぶ。

だが、この男は指で弾いた。

まるで虫を払うように。

「あ、ありえない…」

動揺が走る。

しかし──

「いや、待て。あれは低級魔導だ。まだ、本気じゃない」

男は自分に言い聞かせた。

「本気を出せば…」

深呼吸をし、魔導杖を握り直す。

「《拘束の鎖──バインド!》」

魔法陣が床に展開し、光の鎖がセドリックの両手両足を縛り上げた。

「よし!」

「《混乱の霧──コンフュージョン!》」

紫色の霧がセドリックを包む。

「《眠りの囁き──スリープ!》」

甘い香りが漂い、セドリックの瞼が重くなる。

「《石化の呪い──ペトリファイ!》」

セドリックの体が徐々に硬直していく。

「トドメだ!《雷撃──サンダーボルト!》」

バリバリバリバリッ!!

青白い雷が、セドリックに直撃した。

一発、二発、三発、四発、五発。

五連撃。

店内が眩い光に包まれ、雷鳴が轟く。

「うわぁっ!」

女の子が目を庇った。

老人も、光の眩しさに目を細める。


雷が止んだ。

店内に、焦げたタンパク質の匂いが充満する。

濃い煙が立ち込め、セドリックの姿は見えない。

「…やった、か?」

インテリ系の男が息を切らしながら呟いた。

「いや…当然か。あのコンボは、一般人なら即死。一般のハンターでも、運が良ければ重症で済む程度の威力…」

自信ありげに笑う。

「所詮、素人が調子に乗っただけ──」


「きゃっ!」

その時、女の子の悲鳴が響いた。

視界の端で雷撃を目撃し、一瞬動揺した隙を突かれたのだ。

金髪男のナイフが、女の子の脇腹を切り裂いた。

「がはっ…!」

女の子が膝をつく。

傷は深くないが、出血が止まらない。

「ざまぁみろ!」

金髪男が勝ち誇る。

その傍ら

「手こずらせやがって…」

インテリ男がセドリックにそう吐き捨てた。

「所詮は見掛け倒しか。よし、俺も加勢する──」

その時、スキンヘッド男が立ち上がった。

外れた関節を無理やり嵌め直し、痛みに顔を歪めながらも、怒りに燃えている。

「くそ!!こいつ、よくもやってくれたな!!」

男は煙の中のセドリックに向かって突進し──

「死ねぇぇっ!!」

全力で拳を振るった。

セドリックの顔面めがけて。

ドゴッ!

確かな手応え。

「ばーか!死ぬほど殴ってやる!って、もう死んでるか──」

しかし。

「…え?」

スキンヘッド男の顔が凍りついた。

拳が、潰れていた。

まるで、鋼鉄の壁を殴ったかのように。

指の骨が複雑骨折し、拳全体が赤黒く腫れ上がっている。

「ぎゃああああああああぁぁぁっ!!!」

男の悲痛な叫び声が、店内に響き渡った。


「なっ…!?」

全員が、その声の方を向いた。

インテリ系の男は、嫌な予感に支配される。

「まさか…」

金髪男も、思わずセドリックがいた方を向いた。

女の子は、痛みを堪えながらも、その光景を見つめた。

そして──

その隙を逃さなかった。

「はぁぁぁっ!!」

最後の力を振り絞り、金髪男の顎に渾身のアッパーカットを叩き込む。

ドゴォッ!

「がぶっ!?」

金髪の頭が跳ね上がる。

衝撃で舌を噛み切ってしまい、口から血が溢れだす。

「あ゛ぁ゛ぁ゛…」

情けない声とともに、男は床に崩れ落ち、痛みと脳震盪で気絶した。

「はぁ…はぁ…」

女の子も力尽き、その場に座り込んだ。


「くそ!」

インテリ男は焦る。冷や汗が止まらない。

仲間は二人とも倒れ、残るは自分だけ。

「あの女を先に──」

魔導杖を女の子に向けようとした、その時。

「なんか眠くなったと思ったら、程よい電圧で体が軽くなった気がするな…」

煙の中から、声が聞こえた。

「それに、体中の筋肉が電流で強制収縮されたことによって、いい具合にパンプアップされている!!」

煙が晴れ、一歩、また一歩と威圧感のある影が近づいてくる。まるで選手入場の演出のようだ。

そしてそこには──

先程よりもパンプアップして、元気になっているセドリックの姿があった。

服は焦げて所々破れているが、本人は無傷。

いや、無傷どころか、筋肉がさらに隆起し、まるでトレーニング後のように充血している。

「ほほう…これは素晴らしい」

老人が感嘆の声を上げた。

「雷撃を利用して筋肉を刺激するとは…常人では考えられん!!」

女の子は、驚き混じりの安心を感じた。

「無事…だったんだ…」

そして、インテリ男は──

「あ、ありえない…」

常軌を逸した状況に動揺し、困惑と恐怖に支配されてしまっている様子だ。最初の印象からは考えられないほど焦り、動揺している。

「お、お前ら!何をしている!!」

倒れている二人に怒鳴りつけるが、二人とも戦意を完全に喪失しており、役に立たない状態だ。

「くそ!くそ!死ね!!さっさとくたばれッ!!」

半ば自暴自棄になりながら、魔導を連発。

ファイアボルト、アイスランス、ウィンドブレード──

様々な属性の魔導が、セドリックに降り注ぐ。

しかし──

「遅いな」

セドリックは全ての魔導を、歩きながら回避した。

まるで散歩をするように。

「当たらない…なぜだ!なぜ当たらない!!?」

男の声が悲鳴に変わる。

「俺は元B級の魔導士だぞ!そんなはずがない!お前は何なんだ!!」

「だから言ってるだろ」

セドリックは拳を握りしめ、構えた。

「勇者志望の、ハンターだって」

瞬間──

セドリックの姿が消えた。

いや、消えたのではない。

あまりに速すぎて、目で追えないだけだ。

「え──」

インテリ系の男が困惑した表情を浮かべた次の瞬間──

ドゴォォォンッ!!

セドリックの拳が、男の顔面に衝突した。

音速を超えた拳。

空気を置き去りにし、遅れて衝撃波が到達する。

「ごぶっ!?」

男の体が吹き飛び──

ズガァンッ!

床に頭から突き刺さった。

文字通り、のめり込む形で。

腰から下だけが地上に出ており、まるで逆立ちしているかのような姿勢で、ピクリとも動かない。

「…やべ」

セドリックは焦った。

「やりすぎたかも!!」

慌てて駆け寄り、男の足を掴んで引き抜く。

ズボッ。

床から抜けたインテリ系の男の顔面は一部陥没。全体的に真っ赤に腫れ上がり、白目を剥いて泡を吹いていた。

「生きてるか?おい、生きてるか!?」

セドリックが頬を叩くが、反応はない。

「…呼吸はしてる、はず。多分……」

セドリックは、戦意を喪失している二人──スキンヘッド男と金髪男を小突いた。

「おい、起きろ」

「ひ、ひぃ…」

二人はビクビクしながら起き上がる。

「このクソメガネを連れて立ち去れ。そして、二度と近寄るな」

セドリックの声は低く、威圧感に満ちていた。

「わ、分かった…分かりました…」

「お、おういあえん…(も、もう来ません…)」

二人は慌ててインテリ男を抱え上げ、逃げるように店を出ていった。

カランコロン。

ベルの音が、妙に場違いな明るさで響いた。


「よし…」

セドリックは一息ついた。

「インテリの生死に関しては、知らん!多分大丈夫だろう…」

あまりにも勇者らしくないことを言った後、女の子と老人の方に向き直った。

「店、散らかして済まない」

セドリックは頭を下げた。

「それに、脇腹。大丈夫か?」

女の子は傷を押さえながら、笑った。

「これくらい平気。それより、助けてくれてありがとう」

「店のことも、体のことも気にしないでほしい」

老人も優しく言った。

「窮地から救ってくれたことを、心から感謝する」

「いや、でも…」

セドリックは申し訳なさそうに周囲を見回した。

床は穴だらけ、壁は焦げ、椅子とテーブルは破壊されている。

「わしは元ヒーラーでな」

老人が杖を取り出した。

「この程度の傷なら、すこし時間がかかるが治せるぞ。《癒しの光──ヒール》」

柔らかな光が女の子を包み、脇腹の傷が徐々に塞がっていく。

「すごいな…ヒーラーか…」

セドリックは感心した。

「店の方は…どちらにせよ、一旦休業するつもりじゃ」

老人は少し悲しそうに笑った。

「あの契約書の件もある…もしかしたら、奴らの言っていた黒蛇組とやらが客に扮して嫌がらせをしてくるかもしれん」

「そんな…」

「でも、あなたのおかげで、最悪の事態は避けられた」

女の子が立ち上がり、セドリックに手を差し伸べた。

「改めて、ありがとう。私はリナ。リナ・ノスタルジア」

「セドリックだ。セドリック・ブレイドウッド」

二人は握手を交わした。

「それで、セドリック。本当にハンター試験、これから受けるの?」

「ああ、今から協会に向かうところだったんだ」

「じゃあ…」

リナは少し考えてから言った。

「良かったらまた寄ってくれない?店が再開したら、お礼にご飯奢るからさ」

「本当か!?」

セドリックの目が輝いた。

「うん、約束する」

「やった!都会は物価が高くて困ってたんだ!」

あまりにも率直な喜びように、リナは笑った。

「面白い人だね、あなた」

「そうか?」

セドリックは首を傾げた。

老人も、温かい目で二人を見守っていた。

「では、わしからも一つ」

「はい?」

「もし困ったことがあったら、いつでも来なさい。わしも、ヒーラーなだけあって元は冒険者…いや、ハンターでな。ダンジョンについては色々と情報も持っておる。それにリナも―」

「おじいちゃん!」

「いや、なんでもない。できる限り力になるぞい。それに、もてなしもさせてほしい」

「…?そうか。ではお言葉に甘えて、次は勇者ではなく客として来るよ」

「うん、来てくれるの待ってる!」

「達者でのぉ~」

セドリックはそれじゃ。と軽く手を上げた。

そして、店を後にした。

カランコロン。

ベルの音が、今度は心地よく響いた。

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