第30話 氷の国 ― 白王、玉座にて ―

玉座の間は沈黙していた。


天井から伸びる氷柱は空気を閉ざし、

白銀の床は踏むたびに鈍く冷たい響きを返す。


アウリスは息をするだけで胸が締めつけられるほどの圧を感じた。

冷気そのものが“意思ある拒絶”として生きている。


玉座の最奥に立つ男――


白王(はくおう)アルディウス・ディ=グラキエス。


雪を思わせる白衣は飾りひとつなく、

その存在の周囲だけ、世界が薄く色を失って見えた。


目に温度はない。

怒りも喜びも宿らず、ただ“なにも感じていない者”の眼。


しかし、圧だけは凄まじかった。


アウリスは一歩踏み出すだけで喉が強張った。


(……この男が、国をここまで凍らせた――。)


シオンが進む。


「父上……」


白王の視線がゆっくりと動く。

息子を見ているはずなのに、そこに情は欠片もなかった。


氷を擦るような声音が落ちる。


「シオン。

 お前は――“死んでいるはず”だった。」


アウリスの背筋が凍った。


シオンは震える声で問い返す。


「……どういう、意味ですか。」


白王は、ただ事実を並べるように淡々と言う。


「セレスティアに送ったのは、使者ではない。

 “処刑役”を求めるためだ。」


アウリスが息を呑む。


白王は続けた。


「第二王子シオンは、セレスティア軍に殺された。

 ――その報せを国に流すつもりだった。」


シオンの瞳が見開く。


「……僕を、“殉国の英雄”にでもするつもりだったんですか……?」


「そうだ。

 血統の整理ができ、国はまとまる。

 不要な枝が落ちるだけのこと。」


白王の声音には、罪悪感の欠片もなかった。


アウリスは思わず声を荒げる。


「そんな……!

 あなたは……あなたの国民すら利用するのか!」


王のまなざしがアウリスへ向く。


その瞬間――

アウリスの視界が白く跳ねた。


存在だけで魔力が押しつぶされる。

圧だけで体内の風が凍りつく感覚。


「半端な風よ。

 お前がここまでシオンを運んだことだけは、評価しよう。」


アウリスは歯を食いしばる。


「評価はいりません。

 王子を護る――それだけです。」


表情は変わらないまま、王の空気だけが濁った。


「護る必要はない。

 この場で終わるのだから。」


白王が、氷の指先をわずかに動かした。


すると――

玉座の間全体の冷気が生き物のようにうねり、色を反転させた。


冷気が波のように押し寄せる。


「お前たちはここで“塵”となれ。」


床が凍り割れ、霧が氷刃へと変わり始める。


シオンは一歩前へ。


アウリスは剣を構える。


白王の無機質な影が揺れる。


氷の国の玉座にて――

ついに、父と子の決戦が幕を開けた。

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