第5話
「ガァアアアアアア!」
部屋の奥から十数体のゴブリンが奇声を上げながら一斉にこちらに襲いかかってきた。
淡い光の障壁に背を張り付けた俺は本能的な恐怖で思考が停止しかけた。
目の前は、このダンジョンが生み出した明確な「死の罠」だ。
ゴブリンの群れは幅十メートルほどの広大な空間を一気に詰めてくる。
奴らは原始的な石斧やこん棒を構えその緑色の皮膚は不気味な薄闇の中でさらに黒く見えた。
手にあるのは辛うじて武器となった錆びた剣一本のみ。退路は完全に塞がれている。
(LUC 1の運命が俺をここで殺すつもりか!)
襲い来る群れの中で先行する二体のゴブリンが左右に分かれて石斧を振り上げる。
俺は錆びた剣を握りしめた。
「独り言」
低い声が喉から絞り出される。思考が一点に収束するのを感じた。
「田中裕太、落ち着け。全滅させるしかない。生き残るんだ」
次に俺は全身の筋肉に力を込めた。
「根性論」
疲労が霧散する。
HPとMPの回復をわずかに加速させるだけの地味なスキルだがこの極限状態では疲弊を一時的に忘れさせることが重要だった。
先行する二体のゴブリンが同時に攻撃を仕掛けてきた。
俺は迷わず右側の石斧の攻撃を剣で受け止め同時に左半身を捻ってこん棒の軌道を紙一重でかわした。
ガツン!
剣と石斧がぶつかり腕に衝撃が走る。
俺は受け止めきる寸前に剣をわずかにスライドさせ石斧の刃を逸らした。
ゴブリンが体勢を崩した一瞬の隙その胸元目掛けて錆びた剣を全力で突き出す。
ズブッ!
ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく光の粒子となって砕け散った。
残りのゴブリンの群れは立ち止まらない。
さらに別のゴブリンが仲間の足元を乗り越えるように飛びかかってきた。
俺は即座に剣を抜き反撃に出る。
飛びかかってきたゴブリンの側頭部へ体重を乗せた剣を水平に叩き込んだ。
ガキン!
ガードされるが、鈍い音が響きゴブリンは体勢を崩し石の床に転倒する。
俺は倒れたゴブリンの背中に再度剣を突き刺した。
【経験値:30を獲得しました】
【経験値:30を獲得しました】
連続討伐の直後俺の全身を光の帯が包んだ。
熱い感覚が体内に満ちステータスウィンドウが目の前に浮かび上がる。
【レベルが上がりました!】
(ついにLv. 6だ!)
俺はすぐさまステータスウィンドウを開き変化を確認する。
レベル:6
HP:100/100 MP:50/50
力(STR):20
耐久(VIT):15
器用(DEX):17
魔力(INT):15
敏捷(AGI):15
運(LUC):1
全身に満ちる力がレベルアップの確かな証拠だった。
Lv. 5からLv. 6へ確実に身体能力は向上した。
そしてスキルの項目にも変化があった。
【スキルがレベルアップしました!】
俺はすかさず『根性論』に検索を発動する。
【解析情報 解析結果:スキル『根性論(C)』Lv.2:MP非消費。疲労や空腹を一時的に忘れさせ、HP/MPの自然回復速度をさらにわずかに上昇させる。
追加特性:発動中、敵の物理攻撃を三分の一の確率で『根性』で耐え、ダメージを無効化する。】
「三分の一の確率で、無効化……」
俺は全身に鳥肌が立った。
LUC 1の俺に発現したのは「運による防御」だ。
しかし、俺には「根性論」に頼るしか道は残されていなかった。
「根性論!」
再度スキルを発動し俺はゴブリンの群れへ突進した。
Lv. 6に上がった俊敏性(AGI 15)はゴブリンの動きを遅く感じさせた。
俺は左右から来るこん棒と石斧を紙一重でかわし群れの中心へ躍り込む。
ゴブリンの石斧が俺の右肩目掛けて水平に振り抜かれる。避けきれない!
(三分の一に賭ける!)
俺は防御の体勢を取れず、体をわずかに逸らす。
ガツン!
本来ならば骨まで砕かれるはずの激しい衝撃が俺の右肩を直撃した。
しかし痛みは感じない。俺の全身を、一瞬、薄い金色の光が包んだ。
【物理攻撃を『根性』で無効化しました!】
(よし!)
無効化の瞬間に発生したゴブリンの体勢の崩れを利用し俺は剣を突き立て一体を仕留めた。
残りのゴブリンは目の前の人間が攻撃を体で受けながら平然としていることに混乱した。
この一瞬の混乱を逃さず俺は集中力を保ち次々とゴブリンの急所を狙い続ける。
「キィ!」
背後からこん棒が振り下ろされる。
俺はそれを剣で弾き体勢を崩したゴブリンの顔面を剣の柄で打ち据えた。
その直後三本の石斧が同時に俺の体目掛けて振り下ろされた。防御は間に合わない。
(二体は喰らう!残り一体は無効化しろ!)
ドガッ!
俺は体幹に二撃を受け激しい痛みに顔を歪ませた。HPが激減する。
しかし三本目の攻撃はまたしても金色の光と共に無効化された。
その無効化の隙に俺は手負いながらも反撃の剣を振るい次々とゴブリンを光の粒子に変えていく。
全身が汗と土と血で濡れる。俺は疲労と空腹を『根性論』で誤魔化し狂ったように剣を振るい続けた。
そして最後のゴブリンが悲鳴を上げながら光に変わった瞬間部屋全体を包んでいた魔法の障壁が音もなく霧のように消滅した。
広間に残されたのは息切れで肩を上下させる俺と床に散らばる魔核の小さな輝きだけだった。
俺はその場に崩れ落ちた。
俺はまずステータスウィンドウを確認する。
HP:45/100 MP:50/50。
戦闘中に何度も攻撃を喰らいHPは半分以下だ。
全身の皮膚がひどく痛み腕は鉛のように重い。
そしてモンスターハウスの床の中央に新たなウィンドウが出現していた。
【モンスターハウスをクリアしました!】
【特別報酬:能力値+10を獲得しました。】
【能力を割り振りますか? YES / NO】
「報酬……!こんなチートみたいな報酬が……!」
俺は興奮を抑えきれなかった。Lv. 6のステータスに+10はあまりにも大きい。
俺はLUCの項目を指で選択した。
ピコン!
直後ステータスウィンドウに赤く大きな文字で警告が表示された。
【エラー:LUC(運)は固定能力値です。割り振りできません。】
「っ……、くそっ!」
この絶望的な運命から俺は逃れられないらしい。
(生き抜くにはSTRを上げるのが最優先だ)
俺は迷いを断ち切り力(STR)に能力値+10を割り振ることを選択した。
【力(STR)に+10を追加しました】
レベル:6
HP:45/100 MP:50/50
力(STR):30(20+10)
耐久(VIT):15
器用(DEX):17
魔力(INT):15
敏捷(AGI):15
運(LUC):1
凄まじい力が体内に満ちる感覚がした。しかし体はボロボロだ。
俺は次にドロップアイテムの回収を始めた。
床には大量の魔核こん棒そしてゴブリンの衣服の一部だったくたびれた麻の布が数枚落ちていた。
(こん棒は重すぎる。魔核と麻の布だけを回収しよう)
俺は麻の布に検索を発動する。
【解析情報 解析結果:麻の布。ゴブリンの衣服の素材。生地は粗く、防御力は皆無だが、その繊維は引き裂きに強く、結び目を作れば容易にはほどけない。簡単な袋の作成に適している。】
(これだ!)
俺は立ち上がりゆっくりとした足取りで泉の広間へと戻った。
泉の水は前回同様に透き通った淡い光を放っている。
俺はまず激しい戦闘で汚れた麻の布を泉の水に浸した。
布の汚れが浄化作用で落ちるのを確認すると俺は布を広げ錆びた剣の先端で切り簡単な縫い合わせ作業で簡易的なリュックサックを完成させた。
俺は魔核をすべてリュックに詰め込み錆びた剣を右手に持った。
目標はLv. 7。
俺は泉の横で『根性論』を発動させ回復を待った後第2層でレベリングを再開した。
カシャカシャ……
剣と盾を持ったスケルトンだ。
Lv. 6そしてSTR 30となった俺の新たな戦闘力を試すには格好の相手だった。
俺は冷静に『検索』を発動した。
【解析情報 解析結果:スケルトン。弱点箇所:頸椎(首の骨)仙骨(腰椎の付け根)。】
Lv. 2の検索は迷うことなく急所を提示する。
俺はスケルトンの剣を錆びた剣で受け流し剣の柄で奴の頭部を打つ。
ガキン!
鈍い金属音が響いたがSTR 30の腕力はスケルトンの頭部を激しく揺らした。
骨が軋む音と共にスケルトンは大きくよろめき体勢を崩した。
俺はその隙を逃さず剣を頸椎に突き立てる。
一撃で光の粒子に変わったスケルトンを見て俺は成長を確信した。
(このSTR 30の力があればレベリングが楽になる)
俺はその後スケルトンもレベリングの対象に加えた。着実に経験値を積み上げていく。
『根性論』の防御が発動し九死に一生を得る場面も何度かあった。
そして広間へ続く通路の陰で俺の全身は再び光に包まれた。
【レベルが上がりました!】
俺はLv. 7に到達した。
現在のステータスを再度確認する。
レベル:7
HP:110/110 MP:55/55
力(STR):32
耐久(VIT):17
器用(DEX):19
魔力(INT):17
敏捷(AGI):17
運(LUC):1
(よし、十分だ。第3層へ挑戦するだけの力はついた)
俺は第2層の泉の広間へと戻り泉の横の石畳に座り込んだ。
長かった一日がようやく終わる。
俺は『根性論』で疲労を追いやり第3層へ向かう前に意識的な休息をとるのだった。
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