第4話 皆、おはよう

 報告にミスがあったから処刑……?

 そんなバカな話があるかよ。

 もし会社でそんなルールがあったら、俺なんて週に三回は課長に処刑されてるぞ。

 夢だとしても、後味が悪い。


「あー……リシア。その件だが……」

「……?何でしょう、陛下」


 彼女がわずかに首を傾げる。


「気が変わった。処刑は今すぐ中止にせよ」

「え……!?ちゅ、中止……でございますか?」


 リシアの瞳が大きく開いた。

 信じられない、という顔。


「なんだ?余の決定が不服か?」

「い、いえ!!そのようなことは……ただ……」

「ただ?」


 彼女は目を伏せて、小さな声で言った。


「ふ、普段の陛下でしたら、処刑の中止など……まず考えられません」

「え……?」

「“どれほどの誤りでも、誤りは腐敗の始まりである。芽のうちに摘め”。陛下はそう仰って、これまで……どんな些細な失敗をした者でも、処刑を命じられてきましたので」


 俺は息を呑んだ。

 想像以上だ。

 どうやら俺の今の“役”は、筋金入りの"暴君"らしい。

 人を人とも思わない。そんな冷たい王。


「……はは」


 思わず笑いが漏れた。乾いた笑いだった。

 まったく、悪夢ってやつは芸が細かいなあ。


「陛下?やはり今日はお休みになられては……先ほどからちょっと、ご様子が……」


 リシアが心配そうに顔を覗き込んできた。

 彼女の瞳の奥に、微かに映る自分の顔があった。

 いや、正確には"自分"ではない。知らない"誰か"の顔だ。


 その時。廊下の奥から、大きく響く野太い男の声がした。


「あ!!ラハディエル様ーっ!そちらにいらしたのですね!」


 ラハディエル?状況的に、俺のことだ。たぶん。


 声の主は、髭を蓄えた屈強な男だった。

 鎧の胸にびっしりと勲章を飾り、いかにも"我こそは大将軍である"と主張しているような格好。


「もうすぐ朝の定例議会が始まりますぞ!すでに皆揃っております!」

「あ、ああ。すぐに行こう」


 この男、声が無駄にでかい。うるさすぎる。

 喋るたびに鼓膜が震える。


「パルガス様。おはようございます」

「おお、リシア!今日も綺麗だな!お主は!はーはっはっはっ!」

「まあ、お上手ですこと」


 リシアが微笑んだ。

 彼女の微笑む姿は、思わず写真に撮ってずっと残しておきたくなるような、美しいものだった。

 一方のパルガスは、笑うたびに身につけた大きな鎧がギシギシと鳴っている。


「さあ、陛下!こちらへ!」


 パルガスに言われるがままに歩き出す。

 ふと、視界の端に、磔にされた三つの影が見えた。


 人間。

 目隠しをされ、口に布を詰められ、浅い呼吸をしながら静かに揺れている。


 (……あの人たちは、本当に処刑されちゃうのか?俺が命令したばっかりに……)


 俺は、夢のはずなのに、申し訳なさで胸がいっぱいになった。

 たかが報告に一箇所誤りがあったくらいで。

 夢の中なのに、胸の奥が重くなる。

 吐き気に似た感覚がじわじわと込み上げる。


 (そろそろ覚めてくれ……)


 長い廊下の先、重厚な扉の向こうに会議室があった。

 赤い絨毯がまっすぐ敷かれ、壁には金の装飾が施されている。

 そして、大きな長机。

 五人の人間が座っている。


 鷲のような目つきの老人。

 黒いローブを着た銀髪の美女。

 指が宝石だらけの脂ぎった肥満男性。

 青白い顔で、眼鏡をかけた痩せ型の男性。

 そして、その隣には"大将軍"パルガス。


 リシアが静かに立ち、俺の座るべき席、最奥の玉座を示した。


 全員の視線が、一斉に俺に注がれる。

 皆、何かを待っているようだ。

 鋭い、重い、息苦しい。


 (な、なんだ……?何でみんな俺のこと見てるんだ?王って、こういう時何か言わなきゃいけないの?)


 喉がひゅっと鳴る。

 俺の身体の中で、乾いた音が響く。

 覚悟を決めて、俺は口を開いた。


「あー……み、皆の者。おはよう」


 その瞬間、空気が凍った。

 目の前に座る五人全員、まるで時間が止まったかのように俺を見ている。

 横にいるリシアも、大きな目を見開いて俺を見ている。


 (え!?な、何、何?"おはよう"って言っちゃダメなの?朝は、会ったら普通"おはよう"だよね?)


 沈黙が、場を支配する。

 夢の中とは思えないほど、その沈黙は俺には痛く突き刺さった。

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