メスガキのパラドックス
甘夏
第1話
――今日わたし、履いてきてないんだけど
昼休み。階段の踊り場で、牧村リクはいつものようにパンを片手にあぐらをかいていた。教室の騒がしさは嫌いだけど、便所飯ほど惨めなこともしたくなくて、ここがちょうどいい場所だった。
そんなリクの耳に、非日常的な言葉が飛び込む。思わず声の方を見ると、階段上に立つ少女――
高校一年にしては小さめな背丈。そんな不釣り合いなロリ系のフォルムと西洋人形のような端正な顔立ち。
見えそうだな……そう思えるほどに短な制服のスカート、さらにデザインで切り込まれたスリットから見える生足。
……待てよ、さっきこいつなんて言った?
「あのー、聞いてるの? それともそんなに見たいの? わたしの大事なところ」
苛立ちのような、挑発のような声で、朱里がふたたび口にした。
――わたし、履いてきてないんだってば
気のせいではなかった。
二度目の言葉にリクは思わず目を瞑り、踊り場の冷たい床にむけて頭を垂れた。
決して見ないように。見ないように……。
そう強く思う気持ちとは裏腹に、心臓が張り裂けそうに鼓動を始めていることに気が付いて、気が付いたときにはもうその血流の流れに集中せざるを得ない自身を知覚せずにはいられなかった。
「えらいえらい。よく我慢して見なかったね。まきむら君」
耳元で甘い声が響く。
目はまだ開けられないでいた。もしかするとまだ彼女は最後に見たあの2Fの高さから見下したような目で俺を見ているかもしれない。
いや、そんなことはないはずなんだ。
確かに声はいま耳元で響いていて、甘い柑橘系の彼女の匂いがする。
そして、何より吐息の熱を確かに観測している。
「もう、そんなに頑なに目をつぶられると、なんか見たくないみたいじゃない」
先ほどまでとは真逆の言葉を告げる朱里。その声はどこか弾んでいるようにも思える。悪戯な声。その声には小悪魔が乗りうつっているように感じた。
当然、見たくないなんてことはない。
「違うよ!」
「――っ。がっつくねー。ふぅん、で、見たいのはわたしのパンツ? それとも履いてないってほう?」
「いや、それは……」
「下着だったら……それは何色を空想したのかな。白……ううん青かな。あ。いまちょっと身体が硬直したね。ふーん、青か。水玉? それともストライプ? 紐っぽいものを考えたのかな」
なんだ。彼女はいったい何を言っている。彼女が言葉を発するたびに、その言葉通りのものを想像しないわけにはいかなくて、暗がりの世界に妄想の空間が加速度的に広がっていく。
「……からかうのはやめろって……沛然さん」
「わ、びっくり。わたしのこと覚えてるんだ。でも、苗字じゃ嫌、かなー?」
「学年一の秀才って噂だし――、朱里さんは……」
「まーねー。わたし有名人だもんね。いいよ、これくらいにしといてあげる」
沛然朱里は天才少女。特に理数系科目において彼女に勝てる存在はいない。
高校一年でありながら、すでに受験範囲。つまり三年の範囲もゆうに網羅しているという噂だ。
「よくできました♪ 目、開けなよ」
ゆっくりと開いたリクの目には、もう下の階へと進み始めた彼女の背中が見える。
跳ねるようにその二つ結びのテールが揺れて、そして一瞬止まった。彼女が立ち止まったからだ。
振り返った彼女は小悪魔の笑顔で告げた。
「観測するまでは、わたしはまだ履いていないし、履いているともいえる。君のなかではね」
「――っ」
何も言い返せないリクに対して、じゃあねー♪と手を振って、最後の段をこつんと踏み鳴らし、そのまま去っていった。
「……なんだよ、とんだメスガキじゃねーか……。いや、クラスメートをメスガキっていうのも違うか」
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