第2話「再生する記憶-廻」

 また、あの音がした。

耳を裂くような警報音。赤い光。崩れる天井。

 気づけば私は、何度目かもわからない“あの日”の中にいた。

息を吸えば、焦げたプラスチックと血の匂いが混じり合う。

吐いても消えない現実。クロノス・コードが私の時間を巻き戻すたび、世界は少しずつ歪んでいった。

──私は、何度この日を生きたのだろう。

何度繰り返しても一つだけ変わらないことがあった。



人の死。



何度対策を取っても、殆ど同じ時間に死ぬ。

逃げ道を変えても、走る速度を変えても、竜児は必ず死ぬ。

私は知ってしまった。

これは偶然ではない。

運命の形そのものが、竜児を死に導くように組まれている。まるで嫌な夢を見ているようだった。

もうひとつ。

襲撃が起きた同時刻、東京の主要都市部──渋谷、新宿、池袋……複数箇所で同時に爆発や破壊行為が行われていた。

どう足掻いても、竜児の死は避けられない。



 そして無限のような時間の中で私は思いついた。私が先に死んでしまった場合はどうなるのだろう、と。

竜児はきっと、私を救うためにクロノス・コードを使うはず。それなら、運命の形を変えることができるかもしれない。その考えは、最初はただの悪い考えだった。

けれど、何度も同じ死を見せられるうちに、私は段々と追い詰められていった。


──私が死んで、竜児はきっと私を救おうとする。

そして、その行為が世界を変える。


 最後の襲撃の日。

また神谷先輩の叫び声が聞こえる。

血に染まった白衣。差し出されるクロノス・コード。

竜児と私はそれを受け取り、研究所から逃げ出した。

そして、私の提案で一度自宅へ戻ることにした。

夜の東京はもう、光よりも炎に包まれている。

建物が崩れ、悲鳴が街を満たす。

見慣れた道は瓦礫と灰で満ちていた。


 自宅に到着するや否や、竜児は黙って荷物をまとめていた。

その横顔が、どこか懐かしかった。これも何度も見た光景だからかもしれない。


 私は静かに部屋を出た。行き先は、竜児と出会った思い出の公園。

小さな噴水と、壊れかけのブランコ。

あの頃はまだ何も知らず、ただ絵を描く竜児と一緒に空を見上げて笑っていた。


──どうせ終えるなら、あの空の下で終わりたい。


時計を見る。私はあと数分で、この公園の横にあるビルが倒壊することを知っていた。

逃げなければ死ぬだろう。でも、逃げないと決めている。

風が頬を撫でる。熱を帯びた風だった。

それでも、不思議と穏やかだった。


その時、背後から誰かの足音がした。

振り向くと、険しい顔をした竜児が立っていた。

まっすぐに私を見つめる竜児に私は違和感を覚えた。


「……もしかして、バレてたかな?」


思わず笑ってしまった。涙と一緒に。


「僕が何度失敗したと思ってるんだ」

竜児は腕時計をちらりと見て、静かに言った。



「何度繰り返しても、助けることができなかった。でも唯一、この公園でだけ……彩は事故で亡くなっていた。」


私は息を呑む。

竜児も、繰り返していたの?

彼の瞳に宿る疲労と痛み。それが答えだった。



「だから会いたかったんだ」


竜児の声が震えていた。



「繰り返さないためには、根本的な解決を目指さないといけない」


「私たちは……パンドラの箱を開けてしまった」


「そう。だから今は、誰も助けられない。彩も、研究所のみんなも、この街の人も」

彼の言葉が、遠い鐘のように響く。

わかってる。

それでも、私は信じたかった。


竜児は再び時計を見た。


「それでも、必ず助ける」


その言葉は、不思議と約束のように聞こえた。


「……約束だね」


微笑んだ瞬間、すぐ横のビルが音を立てて崩れた。

重い破片が横から彩を薙ぎ倒す。


竜児は一歩、二歩と近づいた。粉塵が収まらない中、静かに膝をつく。何も言わず、彼はクロノス・コードを取り出した。銀色の装置に血がついていた。

動かなくなった彩の記憶を読み取り、送信する。

竜児の表情は悲しみよりも静寂に満ちていた。

そしてもう一度、操作を始める。

今度は自分の記憶を読み取り、送信対象を「過去の自分」に固定する。


「もう一度、君に出会うね」


呟いた瞬間、装置が小さな音を立てて起動する。

音も色も、すべてが溶けていく。

──二人分の記憶が、ひとつの過去へと重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る