#2-1.お兄さん達は森へウサギ狩りへ

 俺が見知らぬ行き倒れ少女を助け、送り出してから三日ほどが経った。

メイジ大学まで送ったプリエラ曰く『ほんとに何も知らない子』だったらしく、食事の合間色々とこのゲームについて教えてあげたらしいのだが、話題として面白かったため、なんとなしに俺達の雑談の中でもその話が上がることは多くなっていた。


「三日も経てばもうマジシャンになってるかなー」

たまり場にて。今日は狩りの気分ではないのでと、プリエラと短めの銀髪の剣士・一浪いちろうの三人とでくっちゃべっていた。

マルタは狩猟に赴いていて、ログインはしているのだがこの場にはいない。戻るのは一週間先の予定らしい。

「その『サクヤ』って子、そんなに面白い子なの?」

プリエラの話題振りに一浪が喰い付く。

「そりゃもう。ちょっとズレてるところあるけど真面目だし、面白かわいい子だよ!」

満面の笑みで肯定するプリエラ。俺もまあ、プリエラに賛同して頷いておいた。


 見知らぬ他のプレイヤーとの出会い、そして別れまでの一連の話は、この手のゲームの醍醐味とも言える。

全てがドラマティックになっている訳でもないが、今回のような例はあまりないし、ギルドの誰もが楽しんで聞いてくれる良いネタだった。

実際問題、出会ってから数時間程度のわずかな関わりでしかない訳だが、それでも印象に残る位には、あのサクヤという初心者は個性的だったと思う。


「ご飯食べてる時に名前を聞いたんだけどね、あの子、最初は間違ってリアルの方の名前教えてきて。私、最初は気づかなかったんだけど、『プリエラさんって変わった名前ですね』って言い出してー」

もうびっくりしちゃった、と、ニコニコ顔でお喋りを続ける。

別に悪気もないのだろうが、それにしても随分と入れ込んだ様子だった。

「プリエラはあの子のこと気に入ったようだな。あの後は会ったりしたのか?」

「ううん? 会ってないよ? メイジ大学に行って、受付のお姉さんにお話して登録できるように案内してもらって、それきりかな」

不思議そうに首を傾げるプリエラ。流石にそこまで気にしてはいないのかもしれない。

「んー、でも、確かに気になると言えば気になるよ? 魔法の使い方とか私にはどうしたらいいかわかんないけど、それって初心者の子には難易度高いかもしれないし――」

「マジシャン志望なんだっけ? いきなり後衛職なんてマゾいよなその子」

のんきに黒パンなんかをかじりながらの一浪の一言。

俺もプリエラも苦笑いしながら頷く。


 一般的に、冒険職の中でも後衛、特に魔法系は不人気職であると言われている。

ステータスのような数値で示せるシステムの存在しないこのゲームにおいて、強さとは本人の経験であり、装備品の質、そして身体能力によってしか図る事が出来ない。

特に防御面は基本的に装備でしか補う事が出来ず、訓練課程で肉体的な鍛錬が全く行われない事の多い後衛職は、重装をつけられない為に非常にリスキーだ。

また、魔法系の扱うスキルには多くの場合発動の為の一定時間の『溜め』と『詠唱』が必要で、敵に襲われたからとすぐさま攻撃に移ることは難しいといわれている。

このような様々な要因から魔法系は『テクニカル職』と呼ばれ、なり手の少ない、初心者泣かせな職業群という扱いを受けていた。


「まあ、継続して続けてられれば、いずれ大成する事もあるかもしれんしな。なんだかんだ、マジシャン系列は需要があるから良いところに拾われるかもしれん」

その火力の高さから需要そのものは高いのだが、なり手が少ないために慢性的に足りていないのだ。

上級狩場をメインとする大手ギルドにとっては喉から手が出るほど欲しい人材となりうる。

初心者がいきなり歩むには険しい道だが、たどり着く先には輝かしい未来が待っているとも言えた。

「喰いっぱぐれはしないよな。まあ、問題はマジシャンになれるかどうかだけどさ」

意地悪げににやけながら、一浪はプリエラの顔を見た。

「その辺りどうなの? プリエラ的にはちゃんとマジシャンになれてると思う?」

一浪の問いに、少しだけ悩んだ風を見せながら、しかしプリエラはすぐに微笑み、返答する。

「あの子なら大丈夫だと思うよ? なんか、やる気に満ち溢れてる感じだった。きっとあの子は、心からこのゲームを楽しめると思う!」

「おー」

「マジかよすげぇ」

天使さまの保障つきだった。俺も一浪も何故かぱちぱちと拍手してしまう。

「……なに? その、変な拍手」

当のプリエラは困惑げだった。だが俺達は気にしない。

「プリエラがそこまで推すなら大丈夫だって事だろ」

「きっとそのサクヤって子も今頃はマジシャンになって立派に行き倒れてるよ」

「行き倒れたら駄目だって!!」

まだまだくだんの初心者サクヤの話題はネタになりそうだった。



「それはそうとドクさん、今度のイベント。情報知ってるか?」

話の区切りに、一浪が思い出しながらに別の話題を切り出す。

「うん? イベントって、春祭りの事か? 運営サイド企画の」

「そうそう。なんか特定の蒐集品しゅうしゅうひん持ってると特別なアイテムと交換してくれるとか、そんな話が挙がってるんだけどさ」

一浪はそんなに強くも無いが、日中暇なのかゲーム外の情報サイトや掲示板等を読み漁っていて、ギルドの誰よりも耳が早い。

勿論ガセネタも掴んで来るが、まあこのあたりは楽しめれば何でも良かった。

「特定の蒐集品なあ……春に関係する感じのモノか?」

「桜の花びらとか? マジックラビットとかが落とすよね」

「その辺かも知れんな。初心者も参加できるっていう話だから、そんな強いモンスターじゃないだろうし」


 マジックラビットというのは、リーシア近くの森で狩る事ができる獣型モンスター。

名前の通り魔法を使えるでかいウサギだ。生意気にもとんがり帽子なんぞを被っている個体もいる。

素の力はそんなに強くないのだが好戦的な性質で、動きがすばしっこく距離を開けると水属性の魔法を撃ってくる。

この魔法が地味に速度が速いため、初心者にとってはかわすのが困難で序盤の壁となることが多い。

魔法を撃つ前に必ず予備動作を行うのでそれさえ見切れればどうという事はないのだが、それに気づけないと魔法を喰らって足止めされているうちに離れられて……というキリのない戦いになってしまう。


「ま、俺らにとってはなんてことは無いな」

「どうせ暇だし、当たったらラッキー位のつもりで狩ってみる?」

「マジックラビット、可愛いからあんまり狩りたくないなあ。可哀想だよ」

可能性があるならと狩る気になっていた俺と一浪であったが、プリエラはあまり気が乗らないようだった。

博愛主義者な天使さまには、可愛らしいウサギを殺すのは抵抗があったらしい。

「んじゃ俺らだけで行くか。プリエラの分もあわせて三十個位ありゃいいかね」

「まあ試しで集めるだけだしな。そんなもんでいいだろ」

いけないのなら無理強いするつもりも無く、俺と一浪は立ち上がる。

「私の分もいいの?」

プリエラだけ座ったままだったが、見上げながらに問うてくる。ちょっと驚きながらで、その表情は中々可愛かった。

「そりゃ、話の中にお前もいたんだから当たり前だろ」

「プリエラがこの手の狩り苦手なのは解ってるしね。気にしなくて良いよ」

二人、顔を見合わせにやりと笑う。

「では行くか、兄弟」

「いつの間にドクさんの兄弟になったのか解らんが……おうよっ」

今一ノリがわかってない一浪であったが、とにかく狩場へと向かう。

「いってらっしゃい。気をつけてねー」

プリエラはわたわたと一杯手を振って見送ってくれた。






-Tips-

始まりの街リーシア(場所)

『えむえむおー』プレイヤーが最初に降り立つ街の一つ。

他には『セントラニアヌス』『ガメオベイラ』『ラムザード』『ブレイカー』『クロッケン』『エイゼン』が同じく『始まりの街』である。

いずれも商業施設・宗教施設・訓練施設・宿泊施設・王城・告知広場等の基本的な施設を所有する巨大な街であり、周辺に『始まりの森』と呼ばれる初心者用の狩場も併設されている。

この街からの転送も利便性が高く、多くのプレイヤーがこの始まりの街を中心に活動している。

尚、各始まりの街間は、一応繋がってはいるという設定ではあるものの、現存するプレイヤーが自分が最初に出た場所以外の始まりの街にたどり着けた例はただの一例もない。

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