Deep Log8「アベンジャー・ヘルファイア」

 アウリオン社 ローディングドック

「サイオンさん、準備しながらで良いので聞いて下さい」


 サイオンがコックピットへ既に乗り込んだ状態で、フェスからの通信音声を聞く。


「今回の作戦は非常に大規模なものとなっています。破壊目標たる超大型TF“オデュッセウス”は、数kmにも及ぶ巨体を誇り、過剰と言えるほどの圧倒的大火力を保持しています。長距離からの愚直な接近は決して寄せ付けません。

 そこで今回は、こちらもアストレイ社から鹵獲した小型TFを使います。こちらをご覧ください」


 言葉に続き、モニターに画像が出る。


「TA補助用大型増設ブースター型、小型TF“アネモイ”。サイオンさんの機体に接続し、超強力な加速で一気にオデュッセウスの懐まで飛び込みます。

 このアネモイには私が搭乗します。

 オデュッセウスに肉薄した後、我々で各砲塔を破壊、特に主砲である45m級熱核砲の破壊を優先して破壊してください」


「ああ。ドッキングと甲板上での戦いのために機体をわざわざ変えたからな。おじさんの準備は万端だよ」


「心強いです。

 今回はサイオンさんの他に企業専属傭兵が三人、私たちと同様の方法でオデュッセウスへ接近します。

 ……あまり、戦う前からこういうことは言いたくないですが、オデュッセウスはサイズに見合った過剰なほどの火力を有しています。遠距離砲撃に直撃でもすれば、一撃で死体も残らぬほど木っ端微塵になってしまいます。

 アネモイの操作は私が行うので……」


「嬢ちゃんが運んでくれるなら安心、だな?」


 サイオンの軽口に、フェスが鼻で笑って答える。


「フッ……そうですね。

 こちら側の戦力的な懸念はこれくらいですが、オデュッセウスはそのサイズの大きさから大量のTA・小型TFを格納することが出来ます。

 ヴィズなどのアストレイ寄りの独立傭兵、ナルのような専属傭兵、シェオルのような機体でさえ、防衛に回っている可能性があります。全てを相手にする余裕は無いので、早急に熱核砲の破壊をお願いします。

 そして、最後に。

 多くの傭兵が一箇所に集結します。もしかすると、傭兵狩りが現れるかもしれません。警戒を」


「わかってるよ。見かけたら作戦のついでにぶっ殺してやる……」


「では、作戦開始地点までしばし待機を」


――……――……――


 砂漠地帯のど真ん中で、急造されたであろう構造物が突き刺さっている。


 その頂上に用意されたカタパルトに中装二脚が乗り、更に機体の上半身を覆うように翼を備えたTF……アネモイが装着される。


「アネモイ、ドッキング完了。システム、オールグリーン」


「サイオン、アネモイ・ストライカー。出る!」


 カタパルトから射出されて初速を確保し、間もなくアネモイの全てのブースターが起動して凄まじい速度で空を裂く。


「ぐくぉっ……!」


 暴力的な加速Gで機体が揺れ、安定するまでの僅かな時間強く振られる。


「フェス」


「機体は大丈夫です」


「嬢ちゃんの心配をしてんのよ」


「私も大丈夫です」


「そりゃよかった」


 高速巡航で進み続け、間もなくけたたましいアラートが鳴り響く。続いて悍ましいほどの火砲が閃光とともにこちらを掠めてくる。


「出番だぜ、嬢ちゃん!」


「サイオンさんをミンチにしてあげますね」


 狙いの甘い砲撃を細かく左右に振って躱しつつ、近づくにつれて正確に狙ってくる極太の光線を大きく上下反転しながら回転して避け、砂塵を超えてようやくオデュッセウスを捉える。


 地上が遥か下に見える高度でありながら、あちらの中腹にも満たない。巨大な花のようにも見える、それほどの巨体から、こちらを向いた面から、ほぼすべての砲口がこちらを狙っている。


「どう考えてもTAで墜とすサイズじゃねえな、こりゃ……!」


「サイオンさん!」


 フェスの声に続き、大気が震えるほど、空前絶後と言えるほどの莫大な力がオデュッセウスに集まり、あちらの中央段の環状のパーツが轟音を上げて動き、主砲たる熱核砲をこちらへ向けてくる。


「あれか!」


「超高出力エネルギー反応!回避を優先します!」


 熱核砲の正面から逃れ、花弁のように開かれた大量の甲板の一つを目指して飛ぶ。その間にも力は高まり、程なくしてその時が来る。


「耐衝撃体勢!」


 フェスが叫び、熱核砲が溜め込んだ全てを吐き出す。余りにも分厚く巨大な砲口が、眩いオレンジに染まるほどの酷熱に晒され、あり得ないほどの威力を持った熱線が空を焼き尽くす。


 衝撃に煽られながらも二人は甲板に取り付き着地し、サイオンは右腕の重機関銃、左腕の高威力のアサルトライフルで甲板上の大小さまざまな砲台を壊しつつ、アネモイが展開した二門の砲口から強力な光線を放出して遠目の甲板を切断する。


 あらかた壊したところで直ぐ様、熱核砲を狙って飛び立つ。


「フェス!どこを叩けばいいんだ!」


「まずは砲口を切断します!」


 アネモイからの光線で赤熱した砲塔を切り落とし、それが轟音を立てて砂漠に埋もれる。


「次に砲に侵入し、内部のリアクターを破壊します!」


「了解!アーマーバーストで吹き飛ばす!」


 溶断した砲口から加速して突っ切り、凄まじい熱を帯びたリアクターまで到達する。すぐに胴体部とジェネレーターを直結し、装甲を展開、そこから尋常ならざる衝撃波を解放し、内装の全てを爆砕し、爆風に任せながらその勢いで外へ飛び出る。


「こちらフェス!オデュッセウスの熱核砲を破壊しました!」


 外へ出ると、既に護衛のTAが展開されていた。


 こちらを見るや否や猛然と射撃武器で応戦し、こちらはアネモイの装甲で弾丸を弾きながら、銃器からの弾丸と、アネモイに配された小型ミサイルをばら撒く。


「サイオンさん、同時に出撃した味方の傭兵は全滅したようです。このまま、私たちだけでオデュッセウスを墜とします!」


「骨が折れるねえ!仕事が出来すぎるってのも考えもんだ!」


 サイオンは一気に上昇しつつ、細かく砲台を破壊しながら、アネモイが甲板を切り落としていく。


「オデュッセウスの損傷、広がっています!この調子なら……」


「おっさぁん!」


「!? 機体反応!上です!」


 アネモイの補助を受けながら左へ瞬間的なブーストを行い、上から降ってくる何かを躱す。


 周囲のTAを蹴散らしながらそちらを向くと、一対の巨大な翼を与えられたシェオルが姿を現す。


「プレケスかッ!?」


「バラバラにしたげるね!」


 背からワイヤーブレードが一対解放され、プレケスが棘の刺さったような苛立ちの声を上げながら襲いかかる。


「ちっ!ガキのお守りは苦手なんだよ!」


「パヒャッ!死ねえよ、おっさん!」


 ワイヤーブレードの猛攻を躱しながら的確に砲台を破壊し、業を煮やしたプレケスが瞬間的ブーストから脚部で掴みかかる。


「サイオンさん、この状況でシェオルを振り切りながらオデュッセウスを墜とすのは……!」


「わあってるよ!近接格闘だ!」


 なおもワイヤーブレードを回避しつつ、両肩のラックに提げていた発振器と武装を入れ替え、アネモイが被さるような状態からバックパックのように背に移動し、展開した翼にパルスブレードを這わせる。


 ブーストから接近し、両腕の発振器から光波ブレードを展開、左ブレードから斬りかかり、続く右ブレードから翻って翼を連続で叩き込み、更に正面に戻りながら連続で斬りつける。


 ワイヤーブレードが凄まじい速さで動いてこちらの攻撃を往なし、咄嗟に口部から光線を吐き出し、左ブレードをオーバーロードさせて巨大な刃を形成、その腹に当てて光線を弾き返す。


 高威力の光線が拡散し、周囲で出方を窺っていたTAたちが爆散していく。


「パヒャヒャヒャ!私はおっさんみたいな人をぶっ殺すために生まれたんだよねぇ!」


「三流の口説き文句だ……!」


 右ブレードと右ワイヤーブレードの切っ先が削り合い、擦れ違い、右ブレードで即座に斬り返してワイヤーを切断し、過度な挙動で熱された先端ブレード部が霧散する。


「液状金属……!」


「そういうことかよ……!」


「ギッ……パヒャッ……!」


 ワイヤーブレードは即座に修復され、肉薄したサイオンの右肩口を狙って刺突を繰り出す。咄嗟に身を捩って翼を当てて弾き、右ブレードであちらの頭部に斬りつけるが、装甲表面で光波が霧散して無力化される。


「やっぱりな……!」


「対エネルギー装甲まで……!」


 サイオンは即座に胴体部から衝撃波を解放し、オデュッセウスの甲板のいくつかを消し飛ばしながらプレケスを大きく押し飛ばす。


 プレケスはそのまま地表の砂漠まで叩き落され、その隙にサイオンたちは残る甲板へ向かう。


「へぇ、結構虚仮にしてくれんじゃん……!」


 即座に翼を開き、強力な推力を得て飛び立つ。


「オデュッセウス全体の損傷は四分の一程度です!この調子で戦い続けては、こちらが持ちません!」


「つっても援軍も寄越さないんだろ!」


「いえ!前面の火力を大きく損なっています!じきに、アキレウスを含めた火力支援部隊が到着する予定です!」


「それもっと早く言ってよ!」


 銃弾とミサイルの雨で継続して戦力を削りながら、光線で甲板を切り落とす。ひたすらにそれを繰り返し、だが間もなくプレケスが再び肉薄してくる。


「弾が持たないか……!」


 再び発振器に持ち替え、ワイヤーブレードに応戦する。再びの猛攻に合わせ、プレケスは両翼の裏から四機ずつ、計八機のビットを展開し、それが変形して小型の支援機になってこちらを取り囲む。


「自律支援機まで……!」


「化け物が……」


 支援機が一斉に細い光線を放ち、その上からワイヤーブレードで猛攻を仕掛ける。


「リロードは済んでるな!?」


「もちろん!」


 アネモイが覆いかぶさるような形態に戻って光線を弾きつつ、両腕の武装を銃器に戻して撃ち返し、ワイヤーブレードの回避に徹する。


「これで最後です!」


 アネモイからミサイルが斉射され、続けて光線を重ね、避けようとする支援機を銃器で狙い、火力を前方に集中させて攻撃する。


「サイオンさん、アネモイのバッテリー容量、危険域です!」


『プレちゃ、アウリオンの本隊がすぐ到着するよ!離脱準備を!』


 フェスの言葉にナルの通信音声が重なり、視界の中では蝿のように支援機の残骸が落下していく。


 煙が晴れ、無傷のシェオルが姿を現す。


「しぶといおっさん……」


 プレケスはそう言い残し、早急に飛び去る。


「増援到着しました!補給を含めて離脱――」


 サイオンが咄嗟にドッキングを解除し、重力に任せて落下する。


 二人の間を二振りの大型アックスが通り抜け、折れた甲板に突き刺さる。


「フェス、先に離脱してろ。俺は用事がある」


 サイオンが抑揚無く返し、フェスは察して飛び去る。地平線の向こうには壁のように整列してアキレウスが接近しているのが見える。


「躱されるたぁなあ!」


 反転し、滞空した状態で見上げると、視界の先には蒼黒の中装二脚が佇んでいる。


「おかしいとは思ってたんだ。俺が手を出していない、左舷側の被害もそれなりに出ていた」


「へへへ……」


 中装二脚は急降下し、右手を手刀の形にしてから高速回転させ、早送りのような速度で突っ込んでくる。


「レベリオォォォオオ!」


「ギャハハッハハア!」


 持ち替えた左の光波ブレードで弾き返し、レベリオはブーストで浮き上がりながら左爪先をドリル状にして蹴りつけ、咄嗟に躱して胴体を擦るに留め、右の光波ブレードで刺突を返す。


 上半身と下半身があべこべになるように回転して突きを避けながらブーストで上昇して逃げ、即座に銃器に持ち替えながら追って銃撃を行う。


「誰かと思えば、いつだったかぶっ殺したカップルの片割れかぁ!」


 レベリオはアックスを掴みながら跳ね上がって銃弾を躱し、壊れた砲台を踏み台にして加速していき、サイオンは擦れ違うように飛び出して右腕の重機関銃で偏差撃ちを置いていく。


「嫁さんはいい女だったなぁ……まあ、どうだったかなんぞわざわざ覚えてるわけ無いけどなぁ!」


手前てめえッ……!」


 銃弾をアックスで的確に弾きながら、サイオンが着地から反転して両腕の火力を集中させると、同じように反転してアックスを横に倒して重ね、盾として銃弾を弾き返して突進する。


 接近から大上段より右アックスを振り下ろし、即座に武装を持ち替えたサイオンが左ブレードで応戦し、右ドリルキックで装甲表面を削られつつ、慣性で飛び上がって下半身が回転し、左ドリルキックを重ね、飛び退いて対応してから左腕の武装をアサルトライフルで替え、バーストに切り替えて三発撃ち出す。


 大股を開いて高度を稼ぎ、銃弾を躱しながら至近距離でアックスを投げつける。右方向への瞬間的ブーストで躱すと、左ドリルキックによる強襲が繰り出され、右ブレードで競り合う。背のコンテナから実体ブレードを抜き出し、右手で掴んで振り下ろし、サイオンの右腕を肩口から切り落とす。


「甘いんだよ……!」


 肉薄したあちらの胴体部にアサルトライフルを押し当て、ゼロ距離で銃弾をフルオートで叩き込む。


 衝撃でレベリオが押し込まれるが、左腕で実体ブレードを引き抜き繰り出し、サイオンはアサルトライフルを放り捨てて発振器に入れ替え、光波ブレードを突き出す。一撃が発振器にぶつかって破壊するが、一足先に光波ブレードが届いてレベリオの左前腕を切断する。


「ハッ――」


 レベリオが鼻で笑い、二人の時間がスローのように流れる。


 離脱した左前腕をサイオンの左手で掴み、実体ブレードを奪い取って踏み込み、突き出す。


「死ねえええええええええッ!」


「ぬおおおおぁああッ!」


 レベリオは寸前で身を捩り、実体ブレードが右脇腹を貫く。


「俺は生き残ったァッ!」


 右腕を突き出して小型パイルバンカーを放ち、逃げられない状況でサイオンのコックピットを狙う。サイオンは素早く操作しながらシートベルトを外し、外装を貫いて届く鉄杭を、一か八か姿勢を崩して避ける。


「ギャハハハハハハ!ハハハハ!ハ……」


 勝鬨の代わりの大笑いを遮り、サイオンの機体から光が迸る。


「アーマーバースト!?」


「とっととくたばれクソ野郎……!」


 強烈な衝撃波がゼロ距離で叩き込まれ、右腕が引き千切られながら後方に激しく吹き飛ぶ。縦に機体が回転しながら砲台に背中から激突し、一時的に操作不能になるほどのダメージを受けるとともにコックピットハッチが脱落する。


 鉄杭に圧迫された状態のまま顔を上げ、サイオンは操縦桿を握るレベリオの姿を見留める。獅子のような豊かな髪と、獰猛な獣のような眼光が、遠巻きにもわかる。


「レベリオ……!」


「やるな……取るに足らない雑魚だと思ってたが、どうも違うらしい……」


 会話を掻き消すほどの大爆発が甲板を揺らす。サイオンが確認すると、到着したアキレウスたちが一斉にオデュッセウスへ攻撃を開始したようだ。


「お前は生かしとく価値があるってことか。覚えといてやるよ、サイオン……!

 ギャハハハハハハ!」


 殆ど大破した機体のまま飛び上がり、レベリオは逃走していく。


「クソっ……もう電力が残ってない……フェス……」


「サイオンさん!」


 量産型の中装二脚が現れ、サイオンを持ち上げて全速力で離脱する。


「フェス……」


「オデュッセウスは攻撃能力の大半を喪失しています。プレケスも撤退、レベリオは大破……サイオンさん、あなたの勝ちです。仕事は完了……帰りましょう」


「ああ……」

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