Log6「スカイハイ・ランデブー」
「トラス!」
サイオンがコックピットで目覚め、大声を上げる。虚空へ向かって右手を伸ばし、自分の行いに驚いて引っ込める。
「夢か……」
背もたれに身体を預けて溜息をつき、両手で顔を撫でる。
同時に、モニターにフェスの顔が映る。
「大丈夫ですか、サイオンさん」
「え?ああ、もちろんおじさんは大丈夫だよ?」
「そうですか……」
フェスは明らかに訝しむ。
「今言うべきではない気もしますが、あなたは“気にしない”“聞きたい”と言うでしょうから、言います」
「ちょっとおじさんの扱い雑になってきてない?嬢ちゃんよ」
「例の傭兵狩りですが……」
その言葉に繕っていた笑顔が引っ込む。
「ようやく三大企業がその正体を掴みました」
「本当か……?」
「蒼黒の中装二脚、実体ブレードにアックス、パイルニー、ドリルキックなど、妙な近接特化の機体のようですが……全身アウリオン社製パーツで統一されており、恐らく当時アウリオン社が目指していた全身近接武装機体のプロトタイプでしょう」
フェスが提示してきた画像に写った蒼黒の中装二脚機体は、確かに一対のアックスを使ってTAを惨殺していた。
「こいつだ……」
サイオンが怒りを滲ませてぼそっと呟く。
「今から三十年前……あなたが妻とともに受けた、アウリオン社の輸送部隊強襲作戦。
あなたが数少ない生存者であるお陰で、ログを拾うことが出来ました」
「俺は……生き残ったわけじゃない。見逃されたんだ、あいつに……」
「パイロットの名前はレベリオ。アストレイ社の専属傭兵だったようですが……凄まじい戦果ですね。とてもではないですが、無対策で現地にいる戦力だけで撃墜できる実力ではありません」
「……」
「サイオンさん、先に言っておきますが。あなたは私に雇われています。クライアントに無断でどこかへ行ったりしてはダメですよ」
「ああ、そりゃな」
「それにしても、コックピットにいらっしゃったんですね。昼食にでも誘おうと思って、探していたんですが」
真剣な表情だったフェスは表情を緩め、落ち着いた声色になる。
「おっ、それは嬉しいね」
サイオンも釣られて頬を上げ、微笑みで返す。
「そうですか。もちろん私の奢りですが……サイオンさんはすぐ臭くなるので、シャワーを浴びてからお願いします」
「あいよ」
――……――……――
「では、いつも通り」
ヘリコプターに運ばれる機体のコックピットで、いつものようにブリーフィングが始まる。
「今回は遺跡調査です」
「遺跡調査ぁ?」
「ええ。この世界に三つある、古代の超巨大構造物。その内の一つにして、古代の首都に最も近い場所。
“メガストラクチャー・ルインデルタ”の調査に向かいたいと思います」
「ここに来て観光地巡りとはね」
「まあまあ。戦い続けるだけが傭兵のお仕事ではありませんから。たまにはこういう、のんびりした調査もいいではないですか」
「ま、息抜きとして楽しむかね」
メガストラクチャー・ルインデルタ
すり鉢状の地形に巨大な構造物の残骸が折り重なった鉄柱の森林に、二人は降り立つ。
「で、どれくらい情報を集めればいいんだ?」
「内部の治安状況や、構造物の変化、サンプルの回収など……端的に言えば、私が“良い”と言うまでです」
「了解」
二脚のままのフェスが先行して降下し、サイオンがそれに続く。
「しかし、こんなデカい建物よく作ったもんだよねえ」
サイオンは周囲を見渡す。空は快晴だが、余りにも巨大な構造物群のために薄暗く、互いに交わされた巨大な鉄柱も相まって結晶洞窟のようになっている。
「風化しすぎてもはや何のための建物かもわかりませんが……まあ、今を生きる我々にとっては、役に立つものがあるか、ないかの違いでしかありません」
「そうだな。学者先生っていう職業が無くなって久しいもんだ。戦争の道具になるか、みんなの食いモンになるか、今の世界の物の価値なんてそんなもんだ」
数十m降下し、ようやく地面に着地する。きめ細かい砂が水を吸ったそこは、洞窟内の沢と見紛う爽やかなで冷ややかな雰囲気を帯びる。
二人の正面に湛えられた小さな湖は透き通って、なお陽を浴びて煌めいている。フェスが二歩前に出て膝をつき、頭部カメラで水質をスキャンする。
「前回の調査から成分の変化はなし。人間が飲用に使える程度には清潔です。ルインデルタ内での小規模な戦闘や盗掘者同士の交戦などはあるはずですが……」
「ここがルインデルタの中心部だよな。似たような構造が延々と続いているが……本当にわざわざTAを送り込んで調査する必要があるのか?」
「ない仕事は無理やり作り出す。企業とはそういうものです。必要なことだけやっていても社会は回りませんから」
「おじさんは今までずっと独立傭兵だったからな、そういうのはよくわからんし苦手だな」
サイオンが近くの柱に近寄り、左腕のブレードで切れ目を二つ入れて、三角形に金属片を切り出す。
「フィクションみたく古代の超金属!みたいなもんはねえよな。これも普通にTAの装甲材にも使える程度には一般的なもんだ」
「レーダーも走らせていますが、内部に機影は見つかりませんね……取り敢えず、内部をぐるりと探索した後、陸路で外に出て外周をぐるりと探索して、それで帰還しましょう」
「了解」
二人は並走してルインデルタ内部を進んでいく。
「こうやって二人一組で傭兵やってると、トラスと一緒だった頃を思い出すよ」
「サイオンさんの奥さん……ですね」
「ああ。しっかりもので、TAの操縦も上手でな、俺にはもったいないくらいの美人だったぜ」
「三十年経ってもそう言えるということは、よほど美しい方だったのでしょうね」
「ほんとにな……俺はトラスのためだけに生きてきた。嬢ちゃんが言う、レベリオってやつを殺すためだけにな」
「……」
「わかってる。戦場では誰かが死ぬ。そこに恨み辛みはあるだけ無駄だ。それとも、企業が金になるために復讐を煽ってるのかもな?」
「私はサイオンさんのことは信頼していますが、それはそれとして、戦場で誰が居なくなっても気に留めるだけ無駄というのは、正しいでしょう」
「そうだ。俺はトラスのためにレベリオを殺すが……嬢ちゃんはもし、俺が死んでも仇討ちなんて考えるなよ?」
「フッ……サイオンさんこそ、私が死んで仇が倍になったりしないようにお願いしますね?」
「言うようになったじゃねえか、嬢ちゃん」
談笑しつつ、索敵・採取を行っていると、不意にフェスが呟く。
「広域レーダーに反応。ルインデルタに接近する機影が二つ」
「所属は?」
「アストラム社、専属傭兵トライ、パルファム」
「専属傭兵か……」
二人は構造物の外へと飛び出していく。
背に陽の光を浴びながら灰混じりの砂漠へ到達すると、そこへ重装二脚と重装四脚の二人組が向かってくるのが見える。
「いつも通り行こうぜ、パル」
「うん、トライくんに合わせるよ」
両者とも若い男の声で、こちらを確認すると真っ直ぐに突っ込んでくる。
「警告します。あなたたちはアウリオン社の主権領域を侵犯しています。直ちに反転、離脱しなければ敵対行為とみなし――」
フェスの形式張った警告を意に介さずに向かってくるのを見て、彼女は右肩のグレネードキャノンで迎え撃つ。
「重大な脅威とみなし、排除します。サイオンさん、お願いしますね」
二人は左右に分かれながら、パルファムが搭乗している重装四脚TAが急降下して着地し、慣性で上半身を回転させながら右肩から小型のタレットを撒き散らす。そのまま高速でホバー移動しつつ両腕の連装マシンガンで凄まじい密度の弾幕を押し付けてくる。
「良い構成だ。こういう手もあるか……」
サイオンはタレットを右腕のバーストハンドガンで破壊しつつ、パルファムと衛星のように弧を描いて回り込み合い、左腕のバーストアサルトライフルで的確に脚部を狙って射撃し、あちらの意識を自らの被弾に向ける。
「行くぜ!」
トライが両肩の四連装大型ミサイルを斉射し、大量の推進剤で一瞬で加速し、フェスが後退によって回避したところへ爆風を突き抜けながら右手のビームサーベルで斬りかかる。連続して後方へブーストして回避して距離を取り、右腕の大型ショットガンで返し、トライは左腕の装甲で散弾を凌ぎつつ、左腕にも持ったビームサーベルで斬りかかる。こちらの左腕のレーザーランスを起動し、穂先をあちらの刀身に当てて反発させて更に後ろに距離を取り、反転してブースト、一気に突き放す。
即座に四連装ミサイルが放たれ、フェスは引き付けてから急旋回して躱し、その勢いでそのまま正面に向き直る。
「速いな、あんた」
「それはどうも」
左肩の低速四連装貫通ミサイルを斉射し、間髪入れずにレーザーランスで一気に接近し、トライの遠近感覚を狂わせる。
「この人……動きが手慣れてる……!」
その奥でパルファムがリロードを行い、隙を逃さずに左腕をブレードに持ち替えたサイオンが一気に詰める。パルファムは左肩の小型コンテナから機雷を撒き散らし、サイオンは空中で止まりながら右肩の二連ニードルミサイルを放ち、反動で距離を取り機雷の爆風から逃れる。
咄嗟にパルファムは飛び上がってニードルミサイルを躱し、巡航形態になって交戦中のフェスへ連装マシンガンを向ける。
「余所見か……いい度胸だな」
サイオンはすぐにブーストし直し、脚部を持ち上げて強烈なドロップキックをパルファムの横腹に叩き込んで地面へ落とす。
「くっ……そぉ……!」
「パル!」
気を取られたトライをレーザーランスの出力を上げて押し切り、ほぼゼロ距離で大型ショットガンを直撃させ、彼の胴体部へ深刻なダメージを与える。
「深追いは厳禁か……!」
トライは両腕のサーベルグリップをオーバーロードさせ、投げつけて爆発させる。続きパルファムが左肩の機雷コンテナをパージさせて自爆、そのまま二機は離脱していく。
「戦闘終了……企業専属の傭兵が主権領域を侵犯するとは」
「気にすんな。昔からよくあることだよ、嬢ちゃん」
戦闘モードを解除したフェスの横にサイオンが着地する。
「どいつもこいつも、もう止められんのよ。全部滅びるまで、殺し合って、奪い合うのをな。
ま、行き詰まって、鬱血して、腐り果てるよりはマシ……かどうかは微妙だな」
「正直に言えば……今の言葉が“この星が手狭だという意見”なら、私もそう思います。
人の欲望に対して、資源が少なすぎる」
「そういうのは
「ええ。私たちは戦場に立ち、戦うだけです」
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