フリップランズ・プライド

降夢

第1話 君と僕と、凶日の予兆(前編)

──138億年前、ビッグバンの発生により、宇宙が誕生した。


それと同時に、宇宙開闢以前から存在していたたった一つの特異点が、形を成しては分裂し、この宇宙に散り散りとなった。


その名も【ピアレスフィア】。


【無限】という概念が形になって出来た宝珠だ。


全部で10個あるが、一つ持つだけで誰でも彼でも【無限の力】を得られる凄まじい代物であった。


10個のピアレスフィアがもたらす力について書き綴られた伝説的な逸話は、宇宙中で名が知られ、それは星々や種族の垣根を越えて、多くの知性体の探究心と欲望を大きく刺激し、


やがて宇宙中で戦争が起きてしまう事態に。


それは…とある星の中にある、とある大陸の一部で、とある国の管轄内の、とある小さな村


宇宙全体から見たら豆粒に等しい世界でさえ、例外ではなかった。


──地球 某国 メバエール村


戦争の痕跡がまだ薄く、珍しく栄えている数少ない地域。

しかし…この日常を成せるのも時間の問題であった。ここが廃れるのも、そう遠くは無い。


ある日、金を基調とし、宝石が散りばめられた馬車がゆっくりと村の門をくぐった。


村人A》おっ!アテンサー一家がお戻りになられたぞ!


村人B》アテンサーさん達だ〜!


村の中心にある噴水広場では、誰かを迎えようと人々が集まり、笑い声と歓声が溢れていた。


その賑わいの少し後ろ。

石壁の影から、ひとりの少年がそっとその様子を見つめていた。


???》……ううっ…んんっ…。


その影から、少年が震えるように声を漏らす。


彼の名は──ルモ・フラジュラム。


現在13歳。

…その雰囲気や行動から見ても、薄弱で恥ずかしがり屋な様子は一目瞭然で、到底人混みに踏み出る勇気すら持っていない。


しかし、馬車に乗ってる人が気になるのか、影に隠れながらでもじっと目を凝らして見続けている。


噴水広場の傍ら、大衆の前でピタリと止まった豪華な馬車。


扉が開くと、馬車の中から3人の人物が姿を現す。男性1人と女性2人、その内の1人の女性は子供だった。


彼らは、メバエール村で一番の名家であり、村人達から家族共々愛されているのが、村中の様子から分かる。


女の子A》サナちゃーーんっ!!


男の子A》サナだ!サナが帰ってきたぞ!


女の子B》サナちゃん!!待ってたよー!


女の子C》サーナーーーッ!


馬車から出て来た、フリフリのロリータドレスを身に付けた少女が、微笑みながら周囲の子供達に手を振る様子が見えた。


彼女の名は──サナ・アテンサー。


名家アテンサー家の娘で、可憐で美しく、謙虚で慎ましやか。明るく朗らかな様子と、上品な立ち居振る舞いから、みんなの人気者である。


そんな彼女の笑顔に、村全体が暖かくなった。


その様子を影からずっと見ていた少年ルモは、物悲しそうに独りでに呟く。


ルモ》……サナちゃん、素敵だなぁ…けど、到底僕には……眩し過ぎるかなぁ…。


何かを諦観しかけたような言葉をこぼしては、トボトボと歩くように踵を返す。


そうして俯きながら歩いた末に向かった所は、畑付きの二階建ての木造建築の建物の中。

中に入っては、先程のテンションとは打って変わってやや元気な声を出す。


ルモ》ただいまっ


中では、おどおどとした様子が解れつつあったことから、ルモが入った建物の中は自宅であると言える。


そして、ルモの声に反応するかのように奥から爽やかな老婆が姿を見せる。


ルモのおばあちゃん》おや!ルモちゃん、今帰ってきたのねぇ。…どうだったかい?サナちゃんの様子は…


その名前が出ては、すぐに寂しそうな表情に変わり、おばあちゃんを決して不安にさせまいと、必死に作り笑いをして自分の気持ちを誤魔化した。


ルモ》あっ、うん、その…サナちゃん、元気そうだったよ。…やっぱり、サナちゃん…可愛かった…。


ルモのおばあちゃん》わはははっ、そうでしょう~。名家と言っても驕らず謙虚な所がまた、いいのよねぇ。

それで…今日はお話出来た?


ルモ》ううん…村の皆が総出でお出迎えしてて…それどころじゃなかったなぁ…。

ねぇ、おばあちゃんっ


ルモのおばあちゃん》なんだい?


ルモ》サナちゃんと…もっと、仲良くなれたらいいなぁ…。なれるかな…?


ルモのおばあちゃん》何を言ってるの~、ルモちゃんならきっと大丈夫よ。もし、機会があったら…勇気を出して声を掛けてみなさい。


ルモ》うん…。ありがとう、おばあちゃん。


励ましはされたものの、それでも自信の無さが拭えたわけじゃない。


何せ、ルモとサナでは生まれた場所が同じなのにも関わらず、まるっきり住んでいる世界が違う感じがするのが、ルモの悩みの種である。


一村民かつ、消極的な自分なんかが名家の令嬢と友達になるなど、分不相応にも程があると理解しているながらも、どうしても気になってしまうのだ。

彼女のことが──。


そんなやり場のないもやもやを抱えたまま、ルモは部屋に籠っては、俯きながらベッドに横たわる。


ルモ》これで、何度目なんだろう…サナちゃんとお話しようって言って、結局出来ずに帰って来ちゃって……。


悲観的な言葉をふいに零してしまうルモ、枕を抱きかかえたまま仰向けになっては、ただ部屋の天井に目を向けながら、サナの事を考えてた。


ルモ》サナちゃん…。


……うーん、やっぱり僕なんかじゃ…


…………


ううん……


自分でそう言って、やっぱり気になっちゃって……


僕ってば、どうしてこんなにも…サナちゃんの事が気になっちゃうんだろう…。


──そう思った瞬間、胸の奥があたたかく疼いた。

それは、あの日の記憶。


ルモがまだ10歳で、サナが7歳の時だった。


メバエール村の裏にある、あの川のほとりから2人の関係は始まった。

魚釣りを嗜むルモにとっては、打ってつけの釣りスポットで、晴れてる日には決まって例の時間に、川のほとりに毎日のように来ている。


そこで釣れるお魚の料理はとても美味しく、本人はもちろんの事ながら、おばあちゃん共々愛好している。

その事から、ルモはいつも釣りたてを持ってくる役に徹していた。


ある日、魚釣りをしている傍らで、女の子が川の流れを直視しながらしゃがんでいる姿を見掛ける。


そよ風になびく艶やかなアリスブルーの長い髪と目。その姿に見覚えがあったルモは、握っていた釣竿を置き、おそるおそる話しかけに近接する。


ルモ》あっ、えっと……もしかして…あの、サナちゃん………?


彼女は村では人気者で、日陰者である自分とは接触の機会など皆無だった故に、中々声を発しずらいながらも声をかける。

それに気付いたサナがこちらを振り向くと、その場から立ち上がっては、ルモの目前にまで距離を縮めるかのように近づき、屈託のない純真な笑顔を向ける。


サナ》わはぁっ!こんにちはっ♪


ルモ》…っ!!!!!!


その愛くるしさに胸を打たれたルモは、隠しきれない驚きを満遍なくこぼす。


それだけじゃない。


目の前にサナがいる、サナの声を聞いている、サナの気品溢れる香りを感じている。


それが一番ルモ本人にとってはにわかに信じ難い事に他ならなかった。

そして、ルモの心を打つ衝撃の事実が、サナに馳せた想いをより加速させる事になる。


サナ》あなた、ルモくんって言うんでしょ?


ルモ》……えっ、僕の事…知ってるの…?


サナ》うんっ!だっていつもここで、お魚さんを釣ってるって村長さんから聞いてるんだもん!


ルモ》そ、そうだったんだね……なんだか、僕の事を知ってくれてるの、嬉しいな…。


サナ》当然よ!村の人達の事は知りたいんだもん!


ルモ》それで、僕の事まで……?本当に…サナちゃんのお家は、村想いなのが……よく分かっちゃうなぁ…

……ねぇ、サナちゃんは今日はどうしたの…?


サナ》大した事じゃないけど、水の音を聴きに来ただけなの!海とかもよく、一人で行くけど、私はこっちの川の音がよく落ち着く!


ルモ》……!!……僕も、ここの川…大好きなんだ……。せせらぎが…とってもいい、よね…


サナ》わかるわかる!だからしばらく私はここに一人で来る事になりそうだけど、ルモくんとまた鉢合わせしたら、今度は私から声をかけに行こうかなぁ~♪


ルモ》えっ、いいの……?


サナ》うん!なんか、ルモくんといると退屈しなさそうだし、また一緒にお話しましょ♪


この日を境に、ルモとサナの密かな関係が始まり、川のほとりに来ては、他愛のない話もあれば、お互いの身の上を打ち明け合うような会話も少なくなかった。


ルモにとっては、遠い存在ながらもおばあちゃん以外に自分を肯定してくれた存在。


友達がいないルモにとっては、同世代の中で一番好いていたのがサナだった。

それ故に、サナへの想いと依存心が強まってしまう。


それが災いしたのかはさておき、サナの家系はとある日を機に、家庭の事情故に村を出ざるを得なくなってしまい、密かに会って関係を築いていただけのルモには何も伝えられなかったまま村から出てしまい、村には【ルモの不安】だけを残したままだった。


長きに渡るサナ不在の日々、1つの楽しみであった時間が削られてしまった喪失感が計り知れずに寂寥が募る一方で、抱いていた依存心がやがて小さな執着へとみるみる変わって行く。


その記憶は、水面のように揺れながら現在へと溶けていった。────


ルモ》……また、あの時のように…サナちゃんと仲良くしたいのになぁ…。

でも、踏み込めそうにないや…。


遣る瀬ない様子が一向に拭いきれず、寝転びながらぼーっと考え続けてやや数十分、まぶたが重くなっては、思考力がみるみる下がって行き、最終的には眠りについてしまった。


──翌朝


あれからどれくらい眠ったのだろう。

目を開けると、窓から朝の日差しが寝ぼけた顔に直射していることに気付く。


それと同時に、ルモは今の時間が朝であることを理解した。

しかし、ルモは気付かなかった。

いつ寝たのか、どれくらい寝たのか、積もりに積もったもの寂しさが、それらすら忘れさせるほどに、自分がどれほど疲弊しきっていたのかが分かった。


ルモ》……もう、朝なんだ…。昨日、何してたんだっけ……。


眠い目をこすりながら、ベッドから降りてはそのまま部屋を出る。


居間に踏み込んだ時だった、キッチンから調理音と香ばしい香りがルモの感覚を刺激した。

キッチンへ来ると、案の定おばあちゃんが朝ごはんを作っている。


ルモ》おはよう、おばあちゃん…。


ルモのおばあちゃん》おやルモちゃん、おはよう~。よく寝れたかしら?


ルモ》うんっ…よく、寝れた…。


ルモのおばあちゃん》まぁ!それはよかった、もう少しで出来るから、もうちょっと待っててね。


──数分後


食卓につき、出来上がりまで大人しく待っていたルモは、おばあちゃんの手料理を目にするや、やや口角が上がり、早く食べたいと言わんばかりに餌を待つ子犬のような目をしていた。


ルモ》いただきますっ…!


ルモのおばあちゃん》いただきます。


2人は黙々と食事を堪能し、やがて皿のものを全て平らげると、各自シンクに自身が使っていた食器を洗って戻したのだった。


ルモのおばあちゃん》今日はどこかいくの?


ルモ》ううん、今日はお家でゆっくりする…。


ルモのおばあちゃん》そうかい~。


食事を終えたルモが自室に戻ろうとしたその時だった。

玄関の扉をノックする音が響き渡る。


ルモのおばあちゃん》は~い。


ノックにすぐさま反応したおばあちゃんが玄関に向かい、扉を開けるとそこには、アリスブルーの長い髪が揺れ、水色を基調としたフリフリなロリータドレスを身にまとった、見覚えのある少女の姿があった。


ルモのおばあちゃん》あらまぁ、サナちゃんじゃない!見ないうちに大きくなったわねぇ


サナ》お久しぶりです!その、ルモくんはいらっしゃいますでしょうか?


ルモのおばあちゃん》ええ!今呼んでくるわね、ルモちゃ~~ん


おばあちゃんの呼び掛けに反応するや、駆け足で部屋から出て来るルモ。

その玄関で立っていた女の子の姿を目にしては、帰ってきた主人を元気よくお迎えする子犬のようにパタパタと駆けてくる。


ルモ》……っ!!サナちゃんっ……!


サナ》ルモくん~~っ!お久しぶりね!


嬉しそうだったのはサナも一緒だった、しかしルモとは違ってサナの喜びの現れ様は顕著で分かりやすかった。


それ故に、サナはルモに飛び掛るように抱きつく。


ルモ》さ、サナちゃんっ…!?


ルモのおばあちゃん》なんと!ルモちゃんってば、サナちゃんのこんなに仲良しに…!


ルモ》ち、違うんだ…!サナちゃんが…!


サナ》えーっ?違くなんかないもん!ルモくんの事、信頼してるんだもん~!


ルモのおばあちゃん》私にもそう見えるわ!そうだ、サナちゃん。せっかくだから…上がって行く?


サナ》よろしいのですか!で、ではっ!お邪魔しますっ


目を輝かせた後に、家への出入りを許可されたサナは嬉しそうにお家へ入り、おばあちゃんもまた、サナが同じ屋根の下にいる事を嬉しそうに思っていた。


ルモ》よ、ようこそ…僕の部屋は、何も面白いものないけど…


サナ》それでもいいもん、ルモくんのお部屋…拝めれば幸せ!


ルモのおばあちゃん》せっかくだし、2人きりで過ごしてちょうだいねぇ


サナ》はーいっ!


──ルモの部屋


サナが自宅に来る事は想定外だったが、それでも家に入られたことを全く嫌がらず、むしろ嬉しいまであったルモは、そのまま自室へとサナを招く。


しかし、名家の令嬢であるサナはルモの部屋に入ると、すぐさま庶民感に馴染み、居心地の良さを確信した。


サナ》ルモくんのお部屋…!素敵~っ♪


ルモ》で、でも…サナちゃん家のお部屋の方がとっても豪華で綺麗そうな気がする…。


サナ》私のお家では、お嬢様としての私だけど…ルモくんのお部屋では、ルモくんのお友達としての私だから!


自信満々にそう言うものの、ルモには少々理解が追いつかなかった。


ルモ》そ、そうなんだ…でも、分けなくても…サナちゃんは、サナちゃんだよ…?


サナ》にゃっ!?


突然の言葉にびっくりするサナ、嬉しいのか恥ずかしいのか、そっぽを向きながら微笑み、もじもじした素振りを見せる。


サナ》も、もうっ、急に何言い出すのよ~っ


ルモ》わっ…!ご、ごめんね…?変なこと言っちゃったかな…?


サナ》う、ううん!でも、ルモくんにしては…珍しいこと言っちゃうんだから、度肝を抜かれちゃった!


両手を腰に当て、どこかウキウキしてる様子を見せるサナ。

サナの嬉しそうで楽しそうにしてる姿を見ていたルモは、こぼれるような笑みを浮かべて、昨日までのモヤモヤ感が嘘のように吹き飛んだ。


ルモ》…とりあえず、好きなところ座ってもいいよ。


サナ》うん!


許可が出るや、即座にルモのベッドに座っては、嬉しそうに脚をゆったりとパタパタさせながらルモの方を向いていた。

サナが座っていたのは真ん中では無く、やや右寄りで、隣に人一人座れるスペースを用意していた。

サナが座っているその隣に、ルモを座らせようと言わんばかりに、軽く優しくベッドをちょんちょんと叩いて合図をする。


それに気付いたルモは、にこにこした表情を浮かべながらサナの隣に腰掛ける。


サナ》やっぱルモくんには隣に来てもらわなくっちゃ♪


ルモ》僕も、サナちゃんが隣にいると、ホッとしちゃう。


──その言葉聞いた途端、密着するようにルモの隣へ更に接近する。


サナ》じゃあ、これでもっと暖まっちゃうねっ


ルモ》さ、サナちゃん…っ!?あっ、あっ…

(ど、どどど、どうしよう…!心臓がバクバクして…)


サナ》にゃははは~っ、ルモくんってばドキドキしてるね!でもちょっとやりすぎちゃったかな


節度を弁えようと、少し距離を取ろうとしたその瞬間だった。

サナの右手にほんの少し、熱を感じ始める。


サナ》えっ…!?


右手には、ルモの左手が上に重なっている事が分かり、サナの心臓が大きく鼓動する。


ルモ》ううん…!大丈夫だよ…そ、その…僕…こんな感覚、初めてで…だから…


サナ》も、もう…ルモくんったら、いつの間にか大胆になっちゃって!何かの悪知恵じゃないでしょうね~?


目を逸らしながら膨れっ面で問う。心做しか、顔がほんのり赤くなっている。


ルモ》そ、そんなことはっ…!


サナ》なんちゃって、ふっふっふ~…♪


照れ隠しが不慣れな彼女は、必死に紛らわせようとするも上手く行かずに、逆にもっと羞恥心があらわになってしまった。


その時だった、無自覚で追い討ちをかけるかのように、サナへの愛情や本音を伝える口は留まることを知らなかった。


ルモ》…えっとね、サナちゃんと…こうして触れていると……なんだか、胸が……すっごく、あったかくなるんだ……。


指先は震えている。

それでも離そうとはしない、弱さと勇気の混じった温度。


サナはその震えに気づき、そっとルモの手を包み返した。


サナ》……ルモくん。

その“あったかい”って気持ち……うん、私も……。


ドキドキと高揚感が共に臨界点に達しているサナは、間髪入れずに共感の意を述べる。

サナの肩が寄り、頭がルモの肩にちょこんと触れた。


サナ》ふふふっ……私もね。

ルモくんといる時間だけは……ずっと、なくなってほしくなかったの。


ルモ》えっ…?


突然の言葉に驚愕を隠せないルモ、もちろんその意味を探るべく反射的に聞き返す。


サナ》あっ、そうだった…。今日ルモくんに会いに来たのは、話したいこといっぱいあったのと…

謝らなくちゃいけないことがあったの。


ルモ》僕に…?どうして?


サナ》あの時…ルモくんに何も言わずに、村を出ちゃったこと、せめて…会って一言残してあげるべきだったのに、私ってば…周囲の環境を優先しちゃって、ルモくんの事を疎かにしちゃった。


ルモくん、


…ごめんなさい。


──頭を下げながら謝罪の意を堂々と示すサナの両肩に、ルモの手が触れる。


サナ》……ルモくん?


──頭を上げ、ルモの顔に目を向けると、慰めるように朗らかな微笑みを浮かべているのがわかった。

それと同時に、あまりの申し訳なさで意気消沈しかけたサナをどうにか元気づけるべく、温かな言葉で安らがせる。


ルモ》ううん、大丈夫だよ。その…サナちゃんの周りであったこと…詳しくはわからないけれど、とりあえず…サナちゃんの家族にとって、のっぴきならない事情だったのは、平民の僕じゃどうにも出来ないから…

それよりも、今こうして…また会いに来てくれたのが、僕にとって…すごく、嬉しい…。


サナ》ルモくん……。


ルモ》それに…きっと、何か残してたって、僕はずっと僕のままだから…寂しい気持ちでいっぱいになってたと思う…


──サナの表情が次第に綻び始める。それは、安心と信頼の現れとも言える微笑みに他ならなかった。


サナ》えっへへっ…♪やっぱり私達…どこか通じ合ってるね!


ルモ》そう…だねっ、?あはははっ…


──いつもの調子を取り戻したサナの様子を見てご満悦なルモはその後、長々とサナのお土産話に付き合っては中々飽きなかった。

時間を忘れるほどに長らくかつ楽しく過ごした2人だが、サナの方からついに時間を気にし始める。


サナ》それじゃあ!そろそろ、門限の時間も近くなってきたし、私は帰るね!


ルモ》…うんっ…!また、あそこの川でも、僕のお家でもいいから…遊びに来てね…!


サナ》うん!では、ルモくんまたねっ!


──元気そうに手を振るサナ、それに返すように同じく手を振るルモ。

サナの姿が見えなくなるまで、その背中を見送っていた。


そしてこの日以降、ルモが上機嫌でいられる日々が連続し、

3年前みたいにサナと二人で、川沿いで過ごしたりはもちろんの事、村の中でも積極的に距離が近くなる事も増えて行ったのだが、


しかしそれに伴って、ルモとサナの関係を良く思わない同じ年頃の子供達が次第に現れたのも事実であり、二人の関係に更なる暗雲が立ち込めようとしていた。


とある日に、事件は起こった。


ある晴れの日、今日も今日とてサナに会いに行こうと気分上々なルモが、家を飛び出す。


ルモ》行ってきますっ…!


……えっ?


──家を出た先では、思わぬ光景を目にする。

ルモとほぼ同い年くらいの子達が、目をぎらつかせて、道を阻むかのように立ち尽くしている。その視線は、ルモの方へ集中的に向く。


いじめっ子A》おいルモ、ちょっと来いよ。


ルモ》えっ…ま、待って…何するの…!?


──如何にも集団のリーダー格である子が、ルモの首周りに腕を絡めて、どこかへ連れて行く。

他のメンバーもゲラゲラ笑いながら、ルモと主犯の子の後に着いて来た。


そして、メバエール村付近の薄暗い森の中へと入るや、近くにあった大樹に叩きつけながら押さえ、嫉妬心に塗れたいじめっ子の質問攻めが始まる。


いじめっ子A》おいお前さぁ、サナお嬢様とどういう関係なんだよ。


──首を掴まれてるルモは、微力ながらも声を出して一生懸命問いかけに答える。


ルモ》さ、サナちゃんとは…友達……っ!


いじめっ子B》え?なんて言った?"サナちゃん"?え?今そう言ったのか?サナお嬢様の事を!?


いじめっ子C》うっわ馴れ馴れしいなお前!しかも友達だって?お前が?ねぇこいつ嘘ついてるよ!


いじめっ子D》パッとしないお前にサナお嬢様が合うわけねぇだろっ!


ドゴッ


──いじめっ子のメンバーの一人がルモの腹部を殴打する。


ルモ》うっ…!!


いじめっ子A》俺ムカつくんだよなぁ、お前が調子に乗ってるの見ると、んで?何をしたらサナお嬢様とあんなに仲良くなれるわけ?


いじめっ子B》どうせサナお嬢様の弱みでも握ってるんだろ?


いじめっ子A》どうなんだよ、震えてないで答えろよ、オラッ!


ドガァッ!!


──当然ながら、主犯の子も手を加える。それに便乗するかのように、他の子もルモに暴力を振るう。


ルモ》そ、そんなの…知らないっ……い、痛いっ…!やめてっ…乱暴しないでぇ…っ!


──痛めつけられた時から涙目になっていたルモは、集団からの度重なる暴力を受け、泣き喚いてしまう。


いじめっ子E》泣き虫で、弱虫で、根暗でパッとしないくせに!サナお嬢様のお友達とか言うなっての!


いじめっ子B》あ!そうそう、俺このまえルモがサナお嬢様と手を繋いでるの見た事ある!


ルモ》……っ!!


──いじめっ子達にとっては、衝撃的でしかないその事実を、メンバーの1人がバラしてしまう。それにより、主犯のいじめっ子の嫉妬と怒りが臨界点を迎えた。


いじめっ子A》……………………はぁ?


──主犯の子が、泣きながら倒れかかったルモの髪を引っ張り、怒りの感情を込めながらその真偽を問いかける。


いじめっ子A》おい、その話本当なのかよ。どうなんだよ!!!!!


──殴られるのは嫌だ、痛いのは嫌だ、苦しいのも嫌だ。

でも嘘はつきたくない。

だが、どうしても自分を守りたくて必死になっていたルモは、首を横に振ってそれを否定する"ふり"をした。


ルモ》…し、してな……い……っ…!


いじめっ子A》俺はさ、サナお嬢様の未来の夫なんだよ。そんな俺を差し置いて、サナお嬢様に触れるなんてことしたら、お前ただじゃ置かねぇからなぁ?ルモ。


いじめっ子C》ねえこいつ嘘ついてるよ、俺も見たもん。


いじめっ子D》俺も!


いじめっ子E》俺も見た。


──なんと、メンバーみんなが証人だった事から、ルモの最後の足掻きも抵抗虚しく、主犯の子の怒りを更に駆り立て、とうとう握り拳を強く握り、ルモに殴りかかろうとした


その時だった。


【何をしてるの?】


──と、可愛らしい声で誰かが呼び止める。

しかし、その声色とトーンが特徴的で、ルモ含めて今そこにいる人達は、誰の声かすぐに分かった。


振り向いた主犯の子が、その子を前にしてたじろぐ様子を見せる。


いじめっ子A》さ、さ、サナお嬢様!!!


いじめっ子B、C、D、E》サナお嬢様っ!!


サナ》………。


──やや痺れを切らしつつあるサナが、ルモの様子を目にするや、その様は無事とは程遠い状態である事を知る。


サナ》ルモくんっっっ!!!!


──流血しており、涙で顔がぐちゃぐちゃのルモは、ただひたすら俯く一方だった。


ルモ》ううっ…いたいよぉ…うううっ…!


──その声を聞いたサナはとうとう怒り始め、いじめっ子達の方を振り向いた。


サナ》ねぇ、あなた達…どうしてこんなことをしたの?


──その低いトーンと、怪訝な表情はいじめっ子達の背筋を凍らせてしまう。


いじめっ子A》あっ!いや、えっと…これはね…


サナ》やっぱり黙って。


いじめっ子A》ひっ……!!


──どうせ言い訳しかしない、そんな人の言う事などはなっから耳にしたくもない、そう思っていたサナは早々と沈黙を強いる。


この緊迫とした空気に耐えられなかったのか、いじめっ子のメンバーの一人が、主犯の子を裏切るかのように、事の顛末を明るみにし出した。


いじめっ子B》こ、こいつ!ルモがサナお嬢様と仲良くしてるのを見てさ!気に食わないから、みんなで殴ろうって、計画してたんだよ!


いじめっ子A》は!?おい、お前っ…!


いじめっ子B》こいつは力も強くて、背も高くて、"俺は強いから将来はサナお嬢様の夫になる!"とか言って威張り散らしてたんだ!

だから俺逆らえなくて…俺も、一緒になってやるしかなかったんだ!だから…サナお嬢様!俺は大丈夫だよね…?


いじめっ子A》おい!!いい加減にしろよ!お前なんて、人のプライベートを勝手に盗み見して、みんなにバラしたりしてたじゃんか!


いじめっ子B》それは関係ねぇだろ!お前がやってる事の方が一番問題なんだよ!


──友情が脆いのか、とうとう仲間割れが始まり、加害者同士の醜い言い争いが始まったが、そんな事知った事じゃないと言わんばかりに、数瞬だけでも高貴を捨て、サナが怒号する。


サナ》黙れっっっっっっ!!!!!!!


いじめっ子A、B》ひいいいいっ…!!


サナ》どっちがどうとかなんて知らない、ルモくんの事をいじめた貴方達は、有罪よ!


──すると、その言葉を聞いた主犯の子の様子が一変する。


いじめっ子A》ううっ………まぁ、こいつの言う通り…だよ。嘘はつかない。

けどまぁ…俺がっかりだわ、サナお嬢様のこと。

俺のような強い人じゃなくて、こ~んなやつを大切にするなんてさ


いじめっ子B》ま、待て…それだけはいくらなんでも…


いじめっ子A》うるせぇよ、喋んな。…とりあえず、サナお嬢様はこの村では一番の名家だし、立場が上だからっていくらでも調子に乗れるもんな!


いじめっ子C》お、お、おお、おい…っ!やめろって…


いじめっ子D》ダメだよそれはさすがに…!


いじめっ子E》ちょっと、それは言い過ぎ…


──標的をサナに変えた主犯の子、度を超えた屁理屈が止まらず、周りのメンバーが止めに入るも、主犯の子は口を止めない。


いじめっ子A》そんな役にも立たねぇし、使えねぇルモの事を好きになるなんてな!名家の質も落ちたもんだな!!


──その言葉を聞いたサナは、とうとう心が爆発し、ある行動に出る。


サナ》…………


はぁぁぁあっ!!!


ドガァッ!!


ルモ&いじめっ子B、C、D、E》!!!!


いじめっ子A》ごふぁぁあっ!!!!


──サナが力強く握った拳が、主犯の子の顔面を強打し、その勢いで転倒までしてしまう。

主犯の子は鼻が折れ、鼻血が滝のように勢いよく流れては止まる様子がしばらくは無いままだった。


サナ》さっきから聞いていれば、ルモくんの事を侮蔑してばっかり…後、未来の私の夫ですって?

嫌よ、貴方なんか。


──その恐ろしさが強く身に染み渡り、いじめっ子達が一目散に逃げ出す。

主犯の子も、鼻を押さえながら這いずるように踵を返した。


一件落着と言わんばかりに、手をぱっぱっと振り払うと、ルモの傍に寄り付く。


サナ》ルモくん、大丈夫…、と聞きたいところだけど…そんなんじゃないよね…?


ルモ》うっ、うん……でも、ありがとう…僕を、助けてくれて……。


サナ》ううん!これくらいどうって事ないわよ♪…その、立てる?今日はとりあえず、ルモくんのおばあ様にこの事を私から話さなくちゃ…


──全身をひどく痛めつけられてしまい、中々立てずにいたルモ。

少しでも様子が良くなるまで、隣で座って待つ事を選んだ。


スカートのポケットからハンカチを取り出し、主に出血した所を重点的に拭き取る。


サナ》……はぁ~、すぐに手が出ちゃった。

でも、まぁいいもん。


ルモ》でも、この事知られたら…まずいんじゃ…?


サナ》別にいい。私はルモくんを助けたかったから、これが公になって…お父様に叱られちゃうのはちょっと怖いけど…。


ルモ》厳しいの…?


サナ》暴力に関しては…問題的に思っちゃうかな、間違いなく…。

でも、だからと言って…ルモくんが申し訳なく思う事はないわ、だから…安心して。


ルモ》うん…わかった。


──十数分ほど経過して、ルモの怪我の痛みも少々引いていき、立ち上がる事ができるくらいには良くなっていった。


サナ》それじゃ、私も着いて行くから、一先ずルモくんのお家に向かいましょ!


──そう言うと、サナはルモの手を引いて森の中を出る。

そのまま手を離さず、村への帰り道まで一直線に歩く。


村に着いた頃、村の様子がいつもとは一変していて、それもどこかむず痒さが否めない。

その不穏な空気感が漂っているのをサナだけが感じ取っていた。


何かおかしい、そう思いながら周囲をキョロキョロと見渡すが、見渡している内に驚くべき光景を目にする。


サナ》……あれは…。


──サナの目に映ったのは、両親の姿。

そして両親の前には、泣きじゃくる主犯のいじめっ子と村長の姿があり、何かと嫌な予感がしていた。


サナ》……ルモくん、先帰って。


ルモ》え…?どうして…?


サナ》ううん、とりあえず理由は聞かないで。嫌な予感がするの、後から私…ルモくんのお家に行くから。ね?


ルモ》わ、わかった…じゃあ、気をつけてね…。


サナ》うん!


──その場からルモを引き離し、一人でその場所に向かう。


サナが近づくにつれて、両親や村長、そして主犯の子が気付く。


村長》サナちゃん…!!…いいとこに来てくれた、ちょっと…お話いいかい?


サナの父》サナ、ちょっとおいで。


サナ》……っ!……はい。


──状況はあまり良くない。先程まで強気で朗らかだったサナでさえも、心が揺れ動かざるをえない。

両親をも呼ばれかねないほど、問題のある行動を起こした自覚があるからこそ、切迫感に駆られてしまう。

何よりも、父親のトーンが普段よりも低かったことから怯え慄く。


鼓動が早まっては止まらない状況下の中、


サナに待ち受ける事態とは如何に…


To be continued.

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フリップランズ・プライド 降夢 @Vram_43

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