14:ラウンドテーブル(2)
冷たい風が一陣舞い。枯葉を運んだ。それは月奈の髪を少し撫でたが、彼女はまったく気にしなかった。
場にはさっきまでとは違う緊張感があった。「パンサーズ」と称して暴れる輩の一団、月命党を名乗る10人ほどの男たち、そして月奈。しばらく睨み合いが続いた。
月奈は月命党を単純に味方と捉える愚は犯さなかった。なにしろあの無貌の仮面には一度襲い掛かられているのだ。警戒しないという方が無理だろう。それに、その目的も分かってはいない。ただただ不気味な一団である。
「月命党だァ?」
群れのリーダーが馬鹿にするように言った。無貌の仮面はまったく表情を見せないまま、静かな機械音でそれに応える。
「我々は世界を変える者。ルナティカンが生まれたこの世界をあるべき方向に導くのだ」
「はぁ? 頭イッてんじゃねえの?」
「きみたちが我々に与する気なら、仲間にする用意がある。だが……」
仮面は言葉を切った。その、無貌という名の通り彼からはなんの感情も読み取れない。月奈にとってはそれが苛立たしかった。顔が見えない、見せないということほど、相手をコケにしている行為はないと思えた。彼はなにを思って素顔をかくしているのだろう。そんなことを考えなくもなかったが、どうせ格好つけたいだけの中二病患者に違いないと切って捨て、その無為な思索は放棄した。
無貌の仮面は以前と同じ、細い投擲用ナイフを構えている。それに続く月命党員とやらも刀で武装していた、中には機関銃を持っている者もいる。つまり、彼らはそれだけ武器を調達することのできる組織という訳だ。
対する無法ルナティカンたちはそれぞれ鈍器を構えている。月奈はそれらは大したことはないと見ていた。所詮は烏合の衆――片付けるのは容易い。だが月命党が現れたことで局面は大きく変わった。彼らが「パンサーズ」に相対するためにやってきたのは間違いないだろうが、無貌の仮面が言ったことが妙に引っ掛かる。
「敵するというのなら我々は容赦はしない。我らが理によってお前たちを排除する」
「その馬鹿にしたような白マスクを脱いでから言えってんだ」
暴漢たちは無貌の仮面の勧告には従わないようだった。まあ、当たり前だろう。こんな得体の知れない集団に、いきなり仲間になれと言われて頷く奴などいない。
「とにかくなぁ、俺らはてめぇらみたいな正義ぶった奴らが大っ嫌いなんだよ!」
リーダーの男がそう啖呵を切った。悪者であることを自覚している奴ら――そして悪の蜜にどっぷり嵌まった奴らである。
「周防月奈、てめぇもだ! ハンターだかなんだか知らねぇが、その高慢ちきな鼻っ柱をへし折ってやるぜ!」
「救いようのない馬鹿ね」
月奈は肩を竦めた。私に勝てる気でいる。群れるということほど恐ろしいものはない。群れになることで個人の感情は埋没する。強くなった気になる。恐怖や警戒といった、本来自己防衛に使われる意識は消えてなくなり、かくして暴徒の集団と成り果てるのだ。
それは無貌の仮面率いる月命党にも言えることだ。見た感じでは暴漢どもとは違い、ある程度組織化されているような印象を受けるが、集団という中に個人の感情を沈めていることに変わりはない。
月奈はそれが嫌いだった。個人でいることを捨てたくはなかった。ゆえに彼女は孤高の道を歩む。
「てめぇら、周防月奈は後回しだ! まずはこのいけすけねぇ仮面からやっちまえ!」
暴漢たちが勝鬨を上げた。それもまた恐怖を忘れさせる所作である。
「パンサーズ」の集団が波となって月命党の面々に襲い掛かる。無貌の仮面はなにも言わず、ただ右手を上げた。すると月命党員は訓練されたように整然と散開していく。無貌の仮面は動かないままだった。ルナティカン同士の集団戦というのは非常に珍しいことである。取り敢えず月奈は自分が無視されているという不愉快な事実はさておいて、その推移を観察してみようと思った。
月命党の戦闘員たちはよく訓練されていた。力のみに溺れていた悪漢どもは次々に倒れていく。数では少ないのに、彼らは巧みに包囲し、戦闘を優位に進めていた。
「くそっ、なんなんだよ、なんなんだよぉッ!」
乱戦になっていた。暴漢どもはただやられているだけではなかった。月命党のひとりが角材を脳天に受けて倒れる。それを見て無貌の仮面が動き出した。彼は素早くナイフを投擲し、敵を瞬く間に2人屠った。だが数はまだ減らない。月命党の面々はそれを見てさらに散開する。局面は少しずつではあるが、月命党の方に傾いているようだった。しかしただやられているだけではない分、「パンサーズ」もそれなりに力はあるようだった。
無貌の仮面は跳躍して屋上のさらに上に設置されているガスタンクの上に乗った。自分が手を下すまでもないと思ったのか。いちいち癇に障る奴だと月奈は思った。
いい加減見ているだけであることに退屈していた。そして、血の臭いが月奈を酔わせ始めていた。彼女の好きなものがすぐそこにあった。
「私を忘れているんじゃないわよッ!」
月奈はその戦いの場に突っ込んだ。状況は一変した。月奈の強靭にして繊細な刃が舞い、悪漢どもを次々と骸にしていく。たちまち混沌が訪れる。
「くそがぁ、誰か、誰かあのアマをやれェっ!」
円卓の如き戦場に月奈はひとり中央で舞踏した。賊は複数で囲む戦いを見せたが、彼女はあっさりとそれを破る。ひとり、またひとり。
まさに鬼神。
「彼女に後れを取るなッ!」
それに続いて月面党員も勢いを増した。状況はいつしか一方的になっていた。まだ粗暴な戦意を残していたはずの賊たちはたちまち瓦解していく。月奈は跳び、刀を振るいながら、いつでも心のどこかに遺している理性で、所詮こんなものねと思っていた。本能のみで生きている野獣の限界である。だからこそ月奈は自分を律することを忘れない。彼らのような無様な姿だけは晒したくない。
場は賊どもの死骸で足の踏み場のないところまで来ていた。月奈はそれを無慈悲に踏みつぶす。そしてさらにその死骸を増やしていく。
ふと、月奈は月命党のほうを見やった。彼らはひとりだけしか被害を出していないようだった。そしてよく訓練されているのか、ひとりひとりの戦闘力は大したものではないが、連携してひとりずつ潰すということを続けていた。
そして「パンサーズ」はリーダーの男だけを残して壊滅した。その残った男は月奈と月命党員にかこまれ、足を震えさせながらも威嚇するように角材をぶんぶんと振り回している。哀れなものだ。力によってなにかを破壊しようとする者は、より大きな力によって破壊される。この戦場にあったのはその冷厳な事実、野生の如き掟である。
「馬鹿みたいね」
月奈はこういう時、しばしば自分が文明社会に生きていることを忘れそうになる。それが愚かしいことは分かっていた。野獣にだけはなるまいと思いつつ――彼らの同類として見られることは我慢ならなかった――、それでも彼らと自分を分けるものはほんの紙一重のものに過ぎないことも自覚していた。
自暴自棄になったリーダーの男は月奈に向けて突進した。月奈はそれを軽くいなし、足を絡ませる。転んだ男に覆いかぶさり、そのまま刀を胸に突き刺した。
月奈は返り血ひとつ浴びていなかった。今日は汚れる気分ではなかったのだ。対照的に月命党員は血塗れになっていた。
それをずっと高みから見物していた無貌の仮面は、特になんの感銘も受けない拍手を見せ、ゆっくりとガスタンクから下りてきた。
彼はなにやら仲間と言葉を交わした後、得心したように頷いた。
「ひとり失ったか。だが初陣にしては上々だ」
「私に感謝の言葉くらいないのかしら」
何故ここまで苛立っているのか自分でも分からないまま、月奈は無貌の仮面に言葉を投げた。相変わらず表情の見えないところが不気味だし、鬱陶しい。人間らしさを捨てた姿――いや、それが彼なりのユーモア、諧謔なのだろうか?
「そうだね。きみがいればこそ我々は被害を最小限に食い止められた。感謝しよう」
「ぜんぜん感謝の気持ちが伝わってこないんだけど」
「きみがそう感じるならそれでもいい。だがぼくはきみの助力を忘れないよ」
「私の方はただ邪魔なだけだったわ」
どれだけ皮肉を投げ掛けても苦笑すら伝わってこない仮面は本当に癪に障る。彼を味方だとは思いたくなかった――それでも彼らと共闘したという事実は残る。じつに腹立たしいことに。
「さあ、我々はもう撤収しよう。果実は十分に得られた」
「待ってよ、あんたらの目的はなに? ただ正義感ぶっているだけではないのでしょう――」
「それを明かすにはまだ早い。しかしその時は……ぼくはきみが仲間になってくれることを願っているよ」
そう言って無貌の仮面は飛び去り、残りの月命党員もそれに続いた。残されたのは無惨な死骸の山と、月奈だけだった。
月奈はふぅとため息を吐いた。
「いちいちムカつくのよね、あいつ……」
それだけ言い残し、月奈は戦場の円卓を後にする。
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