魔眼の少年はヒトの死を視る

藤の宮トウン

第一章:死の魔眼

第1話:深夜の出会い

 僕、ここのさくの右目には、いつも眼帯がつけてある。

 眼帯と言っても、そんなカッコイイものじゃない。手術をしたあとにつけるような、あの白い眼帯だ。それを僕は、十歳の頃から常につけている。

 別に何かの病気とか、そう言うわけではない。右目を失ってもいない。

 僕が常に眼帯をつけている理由はからだ。

 右目で誰かを見れば、無条件で、僕はその人の『死』がえる。どういう死に様で、いつ死ぬのか、それが僕にはわかるのだ。わかってしまう。

 そして僕が願えば、その死を早めることができる。いま死んで欲しいと願えば、その通りに人が死んでしまうのだ。

 これは嘘じゃない。正真正銘、僕の『能力』である。

 この科学では証明できない力が、僕は嫌いだ。好きになれるわけがない。

 他人の死が視え、願えばそれをすぐに起こせてしまうこの眼を、どう好きになれようか。

 僕はこの眼をえぐり取ってでも、くしたい。

 でも、それができないのは、僕が弱いからだ。

 眼帯をしていれば、誰かの『死』を視ないで済む。だから僕は、これからもずっと、眼帯と共に生きていくのだろう。

 

 この眼は、一生消えることのない僕ののろいである。

 

    *


 夜も更け切った頃、深夜も深夜、僕は家を出た。

 家族はいないので、何も不安なく夜に外を出歩けるのだ。そして明日は日曜日、学校は休み。だから、僕には一切の不安がない。

「静かだ」

 深夜だから、誰もが寝静まっていた。

 静寂。ただそれだけが、この世界を支配している。

 やかましい音はない、この静かなるひと時が、僕を心から落ち着かせてくれる。このひと時が、僕の何もかもを忘れさせてくれて――。

「なに飲もうかなあ」

 少し歩いた先の公園、そこにある自販機の前で僕は飲み物を選ぶ。

 何にしよう。まあ、水でもいいけど……炭酸もいいなあ。

 ああ、うん、コーラ飲みたい。

「ぷはぁ……夜中に飲むコーラは最高だぁ……」

 公園のベンチに座り、僕はそう呟いた。

 炭酸がいい感じに効いてて、喉越しもよくて……やっぱ、コーラって最強だわ。何でコーラってこんなに美味いんだろう。これ考えた人って天才だよね。

 本当に、最高だ。このひと時だけは……。

「たまには別の場所を歩こうかな」

 いつもは同じコースを歩いているけれど、たまには別のコースを歩いてみてもいいかもしれない。気分転換にね。何か、新たな発見があるかもしれないし。

 そうして僕はベンチから立ち上がり――。


「九重朔夜さん、ですか」


 ふと、声をかけられた。

 声のしたほうへ振り向くとそこには、フードを深く被った人物がいた。声的に幼いというか、僕と歳はそう変わらないと思う。だけど顔は見えないから、性別がわからない。

 声は中性的だし。

「……だれ?」

 僕は困惑しながら問いかけた。

 見るからに彼? 彼女? はとても怪しい。もしかすれば、危ない不審者かもしれない。

 僕はいざとなれば逃げ出すことも視野に入れた。

「ああ、本当に、眼帯をしているんですね。それが、『死の魔眼』……」

「なに、を……?」

 コイツは、なにを言っているんだ?

 死の、魔眼? 魔眼ってなんだ? 魔の、眼……?

 そして目の前の人物はフードを取り、その顔をあらわにした。

「……ッ」

「ああ、驚きますか。この眼」

 少女だった。艶やかな黒髪をショートカットにしている。彼女はまるで感情がないかのように、無表情だった。だが僕がそれ以上に驚いたのは、その眼だ。

「これ、『魔眼』って言うんです。科学では証明できない、超常の力を保有する眼」

 彼女の左目はこんぺきに染まり、そこからは紫の発光する煙? モヤ? それが溢れ出すようにして揺らめいていた。

 絶対に、現実ではあり得ないことだ。瞳からあんなモノ、溢れ出すわけがない。

 僕はそれを美しいと思うと同時に、おぞましいと思った。

「貴方にも魔眼はありますよ。心当たりがあるでしょう?」

「そんなモノ、あるわけが――」

 僕の脳裏には、ある光景がフラッシュバックした。

 僕がこの眼で一度、人を殺したときの光景だ。

 かつて同級生からいじめられていた僕は、そのいじめっ子に「死ね」と言った。それは何もできない僕のちょっとした反抗で――。

 そしてその子は僕の目の前で、血を吐いて死んだ。一緒にいた子たちはそれから僕に関わらなくなった。いや、誰もが僕に関わらなくなったのだ。

 周囲は化け物を見るかのように僕を見て、大人ですら近寄らなくなって……。

「……心当たり、あるんですね?」

 とても逃げ出したい。今すぐここから走り出して、家に帰りたい。

 できなかった。脚が、全く動かないのだ。

 まるでそこに神経が通っていないかのように――。

「貴方は世にも珍しい魔眼を持っている。『死』を司る魔眼だ。その眼があれば、人の死を視ることができ――殺すことも可能です」

「あ、ぁぁ……」

「ちなみに私の魔眼は『追跡の魔眼』。対象を追跡するだけの魔眼です。この力で貴方を見つけた。力の『残滓』を追って」

 ここで殺されるのだと、そう思ってしまった。

 彼女の言葉が正しければ、僕の右目は死を司るモノ。

 やはりこの眼は呪いなのだ。僕が生まれながらにして持つ、呪いの眼。

「私は貴方を探していた」

 一歩、彼女は歩んだ。

「魔眼の保有者は、主に二人組デュオで活動する」

 また一歩、彼女は歩む。

「だから私は貴方と――」

 僕は走り出す。

 全速力で、今まで走った中で最も速く、僕はその場から逃亡した。一心不乱に、何も考えることなく僕はひた走る。

 そして気がつけば、僕は家の中でガタガタ震えていた。

「何なん、だよ……僕は、僕は……ッ」

 僕は情けなく、震え続ける。

 外では太陽が昇り――夜が終わりを迎えていた。


    *


「んぁ……?」

 僕は目覚めた。どうやら、あのまま眠っていたらしい。

 学校に遅刻する、と一瞬だけ思ったけれど、そういえば今日は日曜日だった。それを思い出して一安心し、僕は身を起こすと――


「お目覚めですか」

「うわあああああ!?」


 何故かそこには、昨日の少女がいた。

 少女はエプロン姿で、テーブルには朝食のようなものが置いてある。

 実に美味しそうだ。……ってそうじゃない!

「な、なな、なんでここに!?」

「言ったでしょう。魔眼の保有者は二人組デュオで活動する、と」

「いやいや! なんだよそれ! っていうか不法侵入!」

「魔眼の保有者に法は関係ありません」

 何その暴論! 意味不明なんだけど!

 そして名も知らぬ彼女はさもこれが普通かのように、

「朝食です」

 と言った。

 僕は全くもって理解できなかった。なぜ彼女がここにいるのか、魔眼とは何なのか、そもそも彼女は誰なのか、と。

「食べないのですか?」

 いやいや、この状況で朝食を食べられるわけないでしょう。

 そんな感じで僕が黙り込んでいると、彼女は首を傾げた。なんだろう、不覚にも可愛いと思ってしまった。悔しい。

「………食べたらいいんでしょ」

 朝食に罪はない。

 僕は自分にそう言い聞かせ、彼女の作った朝食を食べていく。味はとても美味しい。旅館とかで出ていそうな味だ。美味である。

 ……毒は入っていないようだ。

「………」

「………」

 互いに無言で朝食を食べる。会話はあるわけがない。

 そういえば……。

「……ねえ、君って誰?」

竜胆りんどうりんです」

 竜胆凛音……聞いたことがない。

 ここら辺に住んでいる子ではないだろう。見かけたことがないし。

「……竜胆さん」

「凛音で構いません」

「あ、そう。じゃあ凛音さん。君は何しに来たの?」

「昨日言った通りです。貴方には『死の魔眼』がある。だから私は貴方に会いにきた」

「誰に言われて?」

「組織の上層部から」

「組織って?」

「魔眼の保有者が所属する、いわゆる『秘密結社』です」

 彼女は厨二病……ってわけでもなさそうだ。

 訳がわからない。魔眼ってなんだよ……僕の右目と何か関係があるのはわかるけどさぁ。

 あと秘密結社ってなに? 厨二病たちの集まりか何か?

「貴方は、私が信用できませんか?」

「できるわけがないでしょ。急に訳のわからないこと言ってくるわ、不法侵入してくるわ……これでどう信用しろと?」

「では、どうすれば信用してくれるのですか?」

「……」

 どうやっても信用できないでしょ。一緒にいたら何されるかわからないし。

 本当に、何なんだ彼女は……。

 

 **


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