第23話 邪教の儀式を阻止

 ヘルミネはゆっくりと塀をよじ登ろうとする。魔法使いらしく、あまりにも動きが魯鈍で、見つかりかねないので、俺が先に上がって手を貸した。



「あんがと。やっぱ、あんたが来てくれてよかったわ」


「どういたしまして。で、郊外のお屋敷で何があるんだ?」


「話によると、屋敷の裏手の部屋らしいから、そのへんかな」



 光が漏れてる部屋の窓にそうっと顔を近づけて何かわかった。


 黒いマスクをした男がドクロに蜂蜜を塗りたくっていた。

 邪教かどうか確認するまでもない。


 まともな宗教の中にドクロに蜂蜜を塗りたくるところはない。もしそれが正しい宗教と認定されてるなら、もっと話題になっていたはずだ。



「たしかに邪教だな、こりゃ……」


「でしょ? これはまともな神官として許せないだろうと思って、あんたを呼んだの」



 ヘルミネが言う。

 一瞬、ああ、なるほどと思ったが、いや神官って問題のあるほかの宗教の神官を倒す義務まではないだろ……。


 連中はドクロに蜂蜜を塗ったあと――おもむろに服を脱ぎ始めた。

 あっ、これは邪教すぎる……。


 と、窓が割れる激しい音がした。

 ヘルミネが杖で窓を破壊していた。



「そのへんにしときなよ。ガチの悪魔契約をやったら死罪だからさ~」


「おい! 入るタイミングぐらい教えろよ!」



 ヘルミネが窓から中に入ったので俺もそれに続く。



「しゃあないじゃん。細かい手順までは知らないしさ」



 邪教の参加者の中には悲鳴を上げてパニックになってる者もいるが、一方で火球を用意している者もいた。魔法使いも混じっているらしい。



「まずいぞ! 至近距離すぎる!」



 外ならともかく建物の中で回避するのは無茶苦茶難しいだろう。俺だってかわせる自信はない。飛び道具に対して、パンチやキックみたいに空気の動きで当たらないように距離をおくというのも無理だし……。


 しかし、敵の火球の3倍はある大きさの火球が飛んで、その魔法使いを焼いた。



「ほい。こんなとこ」



 あっさりとヘルミネが言った。



「いつやったんだ、あれ……。詠唱するのに時間かかるだろ……」



 魔法使いじゃないから詳しいことはわからないが、威力の高い魔法を使うにはそれなりの詠唱時間なり魔力を込める時間なりがいるはずだ。ヘルミネはどっちもろくにやってなかった気がする。

 少なくとも、そのへんの冒険者が使える技術ではないような……。



「そんなの後でいいっしょ。荒事の奴は片づけて」



 たしかにこっちに殴りかかってくる男がいた。奥の部屋から用心棒みたいなのも出てくる。

 音があまりに多くて、一対一の決闘みたいにはやれないな。【反響隠者】も使えない。問題ないだけの力の差があってくれよ、と祈りながら、邪教参加者の額を手のひらで押した。




「ぶげぇっ!」



 変な声を出して参加者が壁にぶつかる。よし、ちゃんと効いてるな。用心棒みたいなのは真正面ならまだ時間があるか。パンと軽く手を叩く。


 ああ、筋骨隆々のいい体つきをしてるじゃないか。



「なんだ、今のは? そういや戦闘前に拍手をする変な武道家がいるって話だったな!」



 殴りかかってきたので、そこに手をそっと添えた。



「あっちまで飛んでいけよ!」



 そのまま男は窓のほうに突っ込んで、外まで落ちた。



「おっ、やるじゃん。魔法みたいに吹き飛んだよ。魔法?」



 余裕のあるヘルミネが聞いてきた。状況としてはヘルミネの火球がカーテンに燃え移っているし、あまり余裕はないが。



「魔力は使ってるけど、魔法ではない。魔力で力の方向に逆らわないように、後押しした」


「あと三人ぐらい、そっちでつぶしといて」



 男たちが俺のほうに殺到してくる。ったく、神官らしい仕事だな。悩める連中を鎮めるのはたしかに神官の業務だ。


 俺はそいつらの殴りかかってくる拳をかわして、顔に手のひらを押し込んだ。



「ふぎゃあっ!」



 床に敵が頭から落ちる。これが一番楽だな。殴るのと違って、こっちも手を痛めずに済む。あと、神官である以上あまり人を殴るのも気が引ける。


 ヘルミネの実力ならあっちももう片付いていると思ったのだが、案に相違して敵がまだ残っていた。


 むしろ数が増えている。


 理由は何となくわかった。



「お前、ヘルミネだな」



 邪教のメンバーの一人が言っていた。


 ヘルミネの顔が割れている。そのせいで、相手の憎悪が直接に向けられている。

 感情をぶつけられると、人間は動けなくなる。少なくとも虫の鳴き声がうるさいといった調子では片づけられなくなる。


 あのサバサバした態度のヘルミネが怯えたように立ち尽くしている。



「あんたごと死んでやるわ」



 黒づくめの女が火球でできた火にカーテンを投げ入れる。

 火が広がっていく。


 まだ、ヘルミネは動けてない。

 冷や汗が頬を流れている。



「ヘルミネ、ここでお前も焼け死ね! それである意味平等だろ!」



 俺はヘルミネの真後ろにつく。

 そこで、ぽんと肩を叩いた。



「ラジェナ神ならこう言う。ヘルミネが楽しく生きることを何者も邪魔する権利などない」



 そんなことを書いてる経典なんてないけど、きっとこう言うだろう。ラジェナ神は生きようとする奴は応援する。そこで応援しないなら地元でも誰も信仰しなくなるし。




「……そ、そうだね」


「前の奴は俺がやる。問題は火だけど、どうにかできるか?」


「そっちはやれる」


「わかった。じゃ、それで」



 俺は真ん前に突っ込む。悲鳴が上がるが、今更かと思う。体重の動きを見て、それを増幅させるように押す。用心棒じゃないから少し手加減するけど。



 数人が壁に背中からぶつかった。女性は一人が物騒な刃物を持っていたので――



「そういうのはやめたほうがいいですよ」



 手を軽く叩いて、はじき落とした。



「あんた、殺される覚悟なんてないでしょう? だったら短剣なんて握らないことです。格後のある奴に殺していいって言ってるようなもんですよ」



 怖い目で忠告したら、その女性はその場に崩れ落ちた。殴りはしないけど、反省はしてもらう。


 一方で炎のほうはというと――


 ぶつぶつと何か唱えている声がヘルミネから聞こえている。

 室温が一気に下がったと思った。


 吹雪が炎にぶち当たって炎ごと凍ったんじゃないかというように、カーテンが凍結する。



「お前、やっぱりそのへんの冒険者の格じゃないだろ」



 にいぃっとヘルミネがずる賢い商人みたいな笑い方をした。冷めた目をされるよりはこうやって笑ってるほうがいい。



「そこはお互い様でしょ。あんた、いい武道家じゃん」


「ああ、そうだな――じゃない! 俺は神官な! この仕事も神官が必要ってことで来たからな!」



 とにもかくにも邪教の儀式に踏み込む仕事は無事に終わった。

 ……無事か? 定義によるが、生贄が捧げられたわけでもないし、一応は未遂で止められたから邪教の連中も命までは取られないだろう。平和的解決ってやつだ。

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