第4話 聖剣持ってきちゃった……。

 自分が何か声を出す前に、火山の爆発でも起きたような絶叫が響いた。





「うおおおおお! やりやがったあああ!」

「マジかよ、マジかよおおおお!」

「奇跡だ! 奇跡が起きたぞ!」

「サヴァラニア中に知らせろおおおおおおおおおおお!」





 聴衆たちが猛烈に盛り上がっている。

 そこまでのことなのか? 周りがはしゃぎすぎていて、かえって自分が冷静になっている。


「え、ええと、落ち着いて。落ち着いて……。そりゃ刺さってるものが抜けるのは自然なことというか……」





「なわけないでしょ!」

「すごいわ! これは英雄よ!」

「あんた、名前は? どこの出身だい!?」





 落ち着かない。祭りの時の歓声どころじゃない。あの時は巨石を運ぶことが想定されてたけど、今回は想定外のことが起きてるからな……。






「せっかくだし伯爵のところにあいさつに行きな!」

「褒美をたんまりくださるだろうよ!」

「主人が決まってないなら、仕官しろ!」






 まずい。想像以上に大事になってきた。




 こんなのは偶然に近い。

 剣と岩の裂け目の形状を把握できれば、ほかの力持ちでもおそらく成功させられただろう。




 いきなり伯爵なんて大物に出会うのも危なっかしい。

 もしも、俺が詐欺でも働いたと思われたら、剣都の名を貶めた重罪人として処刑されかねない……。



 そうなった場合、ラジェナ神殿もどうなるか……。

 こんな大都市の支配者からしたら、「潰しておけ」と軽く命じるだけで、誰かが潰すだろう……。

 更地になった神殿の跡地に塩を撒かれて、不毛の大地にされかねない。





 それと、神官ではなくて武人だと思われてるのも話をややこしくしそうだ。



 大僧正から見聞を広めろと言われてはいたが、伯爵に仕える小領主になれなんて誰も言ってないからな……。



、それは神官を捨てたこととみなされかねない……。




 最悪、ラジェナ神殿を捨てた者としてみなされて、破門されるかもしれん。





 不確定要素が多すぎる……。もう少し地に足をつけたほうがいいな……。





「あっ、ちょっと用事があるので、これにて!」





 俺はその場をさっと逃げるように、いや逃げて離れていった。






◇◆◇◆◇






 目抜き通りから外れた、いかにも旅人向けの安宿に入ってようやく一息ついた。

 これで大丈夫だろう。途中で安いパンと串焼きを買ったので、夕飯はこれにする。




 だが、宿の部屋に入った時に右手に持っているものに気づいた。






「聖剣、持ってきちゃった……」






 聖剣はずっと岩に入っていたとは思えないほど美しい姿をしていた。

 勇者が刺したという伝説もあながちウソじゃないのかもしれない。






「やっぱり置いておくべきだったか? でも、紛失したことを罪に問われるリスクもあるから、そういうわけにもいかないよな」





 聖剣を捨てたから死刑と言われるリスクは普通にありえる。

 なので、聖剣は持ったまま来るしかなかった。別にミスというほどではない。

 かといって、これで正解とも思わないが。









 安宿に入ったら、少し気分も落ち着いてきた。






「いきなり変な目立ち方をしてしまったけど、これからどうしたものか」






 この大都市サヴァラニアを拠点にするのは間違ってないと思う。

 田舎から見聞を広めるために、田舎に行ってもしょうがない。






「冒険者ギルドに登録でもしにいくか」






 汎用的な簡単な回復魔法は使えるし、「治癒師」の枠で登録すればちょっとした雑用の仕事程度は入ってくるかもしれない。

 まだ路銀が尽きるわけではないが、好きなだけ遊べるご身分ではないしな。




 そして高名な治癒師の冒険者と認められれば、ラジェナ神殿出身という情報も広まるだろう。そうすればラジェナ神殿の宣伝にもなる。寄付をしてやろうと思う人も現れるかもしれない。







 そう考えて眠りについた翌朝――




 ドンドン!



 ドンドン!




 扉がノックされて目が覚めた。




 俺は、びくっとした。




 はっきり言って無茶苦茶怖い。

 まさか、強盗じゃあるまいな。





 狙うにしては安宿すぎるだろうとは思うが、安宿だからこそ足がつきづらいと考えているかもしれない。


 ていうか、あれがあった。






 部屋の隅に布にくるまれた聖剣が置いてある。

 あれを盗みたい奴はいるだろう。






 念のため、窓から外を見て時間を確認する。昼になるまで寝ていたということもないから、宿の番頭さんなんかでもないだろう。歩きの娼婦という線も朝だから考えづらい。





 となると、強盗の可能性が一番高い。

 不幸中の幸いというか、ノックで驚いたせいで眠気は完全に飛んでいた。いきなりナイフで刺されない限り、ある程度は対応できると思う。






 ドンドン、ドンドン!






 ドアのノックはまだ続いている。




 掛布団を胸の前に置く。これで相手がナイフでいきなり刺してきても致命傷にならない。むしろ刺しに来たその腕をつかんで引きずり倒せる。






 慎重に掛けがねを外す。




 ゆっくりドアを開けると――



 そこには20歳に届くかどうかといった革鎧の女剣士が立っていた。



 剣が腰に差してある。女剣士なら髪は後ろでひとまとめにしている者も多いが、そこは個人の好みか。よく目立つ銀色の髪だ。

 鎧とブーツの間の太ももに目がいきそうになるのでそらす。







「早朝から申し訳ありません。聖剣の方ですね」





 聖剣の方って変な表現だなと思ったが、俺は誰にも名乗ってないのだから、アレックスさんですねと問われるほうが怖いよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る