実力に無自覚なおじさん神官(36歳)が聖剣を抜いてしまい、剣都で注目を浴びて大出世する話

森田季節

第1話 小さな村の中年神官

 この村のどこにこれだけの人間が隠れていたんだ?

 そう思わずにはいられないぐらい祭りの日だけはラジェナ村もにぎやかだ。



 実際のところ村人だけで人垣が何列にもなるとは思えないから、大半は近辺からやって来ている観光客だろうが。それはそれでいい。ずっと寒村で暮らしていると気分も盛り上がらないからな。


 それに見ている人間が多いほうが儀式の参加者の俺も張り合いがある。







 俺は人垣の間の一本の線のような歩道を進む。

 青い絨毯の敷かれた、特別な道だ。





「おっ、いよいよだ!」

「今年もこの時間が来たのね!」

「力を見せてくれ!」




 観衆の歓声が上がる。


 平服じゃなくて、祭礼用の派手な服だから、俺みたいな30代なかばの中年男でも少しは見られるものになっているんだろう。




 このラジェナ村にはラジェナ神殿という、由緒だけはある古い神殿がある。

 祀られているのはラジェナ神という地域の守り神だ。

 信仰圏は狭く、村とその周辺だけに限られる。




 気を抜くとすぐに廃絶して、消滅してしまいそうな神殿の神官を俺はやっている。





 俺は青い絨毯の道を歩いて、目的の場所に着いた。




 そこにはちょっとした小屋よりも大きい、巨石がある。




 とにかくデカい石。あるいは岩。まあ、どっちでも同じだな。




 この石はラジェナ神の依り代――ということになっている。




 石にラジェナ神が座って村の様子を見るとか、あるいはこの石自体がラジェナ神だとか、かつてはラジェナ神の信仰はこの石そのものでそのあとに神殿ができたとか好き勝手言われている。

 なお、ラジェナ神殿としては神がこの石に座られて様子をご覧になるというものを採用している。




 俺は巨石の逆側に回り込むと、ゆっくりと腰を下ろし――





「ふんっっっっっ!」





 この巨石を少しずつ……抱えて持ち上げた。




 巨石が俺の腰の高さまで持ち上がる。





「おおおお! 本当に持ち上げた!」

「何度見てもすげえええ!」

「本当にどうやってるんだよ!」





 これまでで最大の歓声が上がる。


 そして、ゆっくりと元来た方向に一歩ずつ歩いていく。



 100メートル奥の「賦活(ふかつ)の座」という場所に石を置く。


 賦活というのは難しい言葉だが、つまり回復スポットということだ。そこに巨石を置いて休んでいただく、それがこの神運び祭りの醍醐味だ。



 集中しないと、倒れてきた石につぶされて圧死するからな。油断はできない。運べるからとといって、下敷きになっても大丈夫ということにはならない。





 当然ながら俺の腕力や筋力だけでこんな石は持ち上げられない。これは魔力のおかげだ。ただ、石を持ち上げる方法はエレヴェートみたいな物を浮かす一般的な魔法とは違う。




 この地元のごく一部、いや実質的に神殿の中だけで継承されてる、ほとんど身体感覚に近い魔法だ。




 自分の体と巨石を密着させて一体化させる。

 そうすると自分の体のように巨石も動かせる……とでも言うしかないんだが、これを言って理解してもらえたことはない。



 まあ、巨石を運ばないといけない仕事なんてほとんど存在しないし、どんな重いものでも運べるわけではない。相性みたいなものもあるし。



 俺はゆっくりと「賦活(ふかつ)の座」に巨石を下ろす。




「すげえ!」

「やっぱり、アレックスは偉大だ!」

「アレックスは村の誇りだよ!」




 クライマックスでも失敗がなかったので、俺はほっとする。

 それとアレックスというのが俺の名前だ。庶民なので姓はない。


 一仕事終えたので、俺は周囲に軽く手を振って、神官の休憩場所である神殿の部屋に引っ込んでいく。



 自分を讃えてくれる声を聞きながら、俺は思った。

 田舎の小さな神殿だが、このラジェナ神殿はすごくいいところだ。

 規模が小さいからか、神官同士の権力争いなんてものもないし、地元の人も優しい。





 ただ、残念なのは……田舎すぎて信者の数もものすごく少ないことだ。

 地元民は信仰してくれているが、実のところ、経営的にもかなり厳しい……。




 ラジェナ神殿の名をなんとか世界に広められないものか。



 まあ、州の中でも近場以外で知られてないのだから、そんなこと夢のまた夢か。






◇◆◇◆◇






「あ~! 水がうまい!」



 俺はよく冷えた井戸水を木のコップで流し込む。

 神官といっても別に一切禁酒というわけではないが、祭りの前は二週間酒を飲まないことにしている。厳密な決まりというより自分で課している義務だ。


「やはり、アレックスは大一番でいい仕事をするのう」



 神官の中で最長老のウォルフラム大僧正が楽しそうに笑っている。

 田舎の小さな神殿とはいえ大僧正は威厳がある。たしか、若い頃は王都のほかの神の神殿で作法を学んだはずだ。


「一人でラジェナ神様の巨石を運べるのはお前だけじゃ。若いというのはそれだけで徳じゃのう」


「いえ、今年で36歳ですよ。まったく若くはないです」


 全国のどこにでもいる、中年の身分もたいして高くない神官だ。



「まあ、俺より若い世代となると、22歳のイーヴォンとかになりますからね。あいつは力の加減が得意とは言えませんし、先輩の神官はええと、48と52と……うん、俺がやるしかないですね」



 大僧正に関しては91歳らしいので、力仕事は当然論外だ。生きているだけですごい。


「いやいや、アレックスはまだまだ若い。とくに魂が若い。王都かどこかで一旗揚げることもできると思っておるぞ」

「一旗揚げるって、神官の仕事は辞めませんよ。こっちの給料まで出なくなったら飢え死にです」



「じゃが、ええかげんラジェナ神様の信仰を広めんと、うちもやっていけんからのう。その点、アレックスはちょうどええと思うておるんじゃが」

「布教活動はわかりますけど、俺だけの力では無理ですよ。何のコネもないんですし」


「心配するな。それはワシも大差ない」



 ひゃっひゃっひゃと大僧正が笑った。


「実は神殿の屋根が雨漏りしておってな、これも修理をせんとダメなのじゃが、見積もりをしてもらったら三千万ゴールドかかるということじゃった」

「三千万ゴールド……。そんなの払えるお金、ありませんよね」



「宗教建築が修理に金がかかるのは知っておったが、やはり高くつくのう。まして、屋根瓦の大幅な葺き替えとなると、一億ゴールドでは足りぬらしいわい」



 俺は気が遠くなりかけた。そんなお金、とてもラジェナ神殿には出せない。


「まっ、やむをえんじゃろ。神殿はこっちでどうにかするわ。で、今年の祭りも無事に終わったことじゃし、なあ、アレックスよ」


「はい、何でしょうか」

 また、雑用でも仰せつかることになると思っていた。

「お前はしばらく遊学せよ」


「……は? ……遊学?」



「アレックスよ、このままずっとラジェナ村に残っていては将来のためにならん。しばらく外に出て、見聞を広めてこい。基礎的な回復魔法も習得しとるから、冒険者ギルドに登録して、冒険に参加することもできるじゃろ」




「大僧正……」

「たまにはよいことを言うじゃろ。まだ目は曇っておらんぞ。先を見据えておる」

「見聞広めろって36歳ですよ、俺…………」



 俺のこと、16歳だと勘違いしてませんか!?




「お前は結婚しとらんし、親の顔もわからんじゃろ。俗世の縁がまったくない身の上じゃ。それは神官をやるには都合がよかったかもしれんが、一生を村の中で過ごすのがいいとも思えん。一回ぐらいは外に出てみんかい。結婚だってうちの神殿は厳禁しとるわけでもない」


「いや、清く正しく神殿のために働いてきたことにケチつけないでくださいよ」


「つべこべ言わずに外の世界に出てみい! 今ならまだ青春をやるのも間に合うかもしれん!」


 間に合わんって! 26ならまだわかるけど36だぞ!



 でも、これ以上、大僧正に逆らう勇気はなかった。



 一回ぐらい、旅に出てみるか……。

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