第14話 三人のギルド長



まだ雪深いある日の昼下がり――ロースの街の三人のギルド長は領主邸に招かれた。


鍛冶ギルド長イルッカは、薄いコートの首元をぎゅっと握り締めた。 冷たい風が襟元から吹き込むたび、肩をすくめて身を震わせる。 真冬の気が滅入るような灰色の空を見上げ、胸の奥に沈む不安をはき出すように、溜息をついた。


先日、街の視察だと言って現れた公子は……キラキラのイケメンだった。 街の女たちがキャーキャーと騒ぎ立てる中、爽やかな笑顔を振りまきながら歩き回るその姿を見て、イルッカは、

(どうせ最初だけだ。苦労も知らねえお坊ちゃんが、退屈しのぎにやってきただけさ)

と、心の中で毒づいた。


生まれた時からロースで暮らしてきた彼は、父の跡を継いで鍛冶師になった。 めんどくさがり屋が多い鍛冶師仲間の中で、くじ引きに負けてギルド長になってしまったのだ。

四十になったばかりの彼は、外見にまったく気を配らず、赤茶けた無造作な髪をガシガシとかきながら、面倒くさそうに眉をしかめた。

そんな彼が、場違いなほど豪華な屋敷に足を踏み入れると、ふわりと温かな空気が彼を包み込んだ。 執事が「コートをお預かりいたします」と洗練された口調で語りかける。 粗末なコートを渡すと、執事は丁寧にそれを受け取り、応接室へと案内した。


仰々ぎょうぎょうしいな……)


部屋の中には、水色の髪をきっちりと七三分けにした、働き盛りといった几帳面そうな商業ギルド長レイフと、鉱石の粉を被ったような灰色の髪を無造作に撫でつけた粗野な雰囲気の鉱夫ギルド長ボーネが、すでにソファーに座っていた。


イルッカが落ち着かない様子で腰を下ろすと、先ほどの執事が優雅な手つきで、香り豊かな紅茶の入ったカップを、一切の音を立てずにそっと置いた。

この屋敷の上品な空気に耐えきれず、彼は背中をもぞもぞと動かし、居心地の悪さを隠そうともしなかった。

手持無沙汰てもちぶさたにテーブルへ視線を移すと、色鮮やかなジンジャーブレッドやバターケーキが並べられている。


「ずいぶんお上品だな」


イルッカがぶっきらぼうに吐き捨てると、レイフが優雅に紅茶をすすりながら言った。


「この紅茶は一級品ですよ。とても香り豊かだ。クッキーには砂糖衣がかかっているし、ケーキにはハチミツが使われています。さすが公爵家ですね」


その横で、しわだらけのふしくれだった手でバターケーキを掴んでいたボーネが、 「ハチミツなんて高級品、一生口に出来ねえと思っていたぜ」 とつぶやいた。


イルッカも、せっかくならとバターケーキを頬張る。 香ばしいバターの香りと、はちみつの甘さがじゅわりと口いっぱいに広がった。


「ん!これは絶品だっ」


そう口走った次の瞬間扉が開いて、あのキラキラ公子が管理官サイモンと若い文官を連れて入ってきた。


イルッカたちの対面のソファに腰を下ろすと、公子は笑みを浮かべる。


「気に入ってもらえてよかったよ。私のことはエリックと呼んでくれると嬉しい。肩苦しいのは苦手なんだ。早速だが、君たちに話しておきたいことがあって、集まってもらったんだ」

そう言うと、彼は新事業の立ち上げ計画について、ギルド長たちに話し始めた。


エリックの話に耳をかたむけていたイルッカだったが、夢物語のような計画に次第に苛立ちを募らせていった。話が終わると、彼は我慢ならず、声を荒らげた。


「ドワーフに鍛冶を任せるなら、俺たちロースの鍛冶師はどうなるんですかっ!仕事を奪われたら生活できません!」


イルッカに続いて、レイフも腕を組んだまま、不満げに言った。

「ドワーフですか?最近はあまり見かけませんが……人間嫌いなようでしてね。失礼ですが、その計画はあまりにも現実味がないのでは?」


二人の意見にうなずいたボーネは、頭をかきながら言った。

「うまくいくとは思えませんがね。今のままでもこの街は栄えてますし、わざわざ危険な橋を渡る必要があるのか?鉱夫はギルドの運営のもとで何とかやってるんだ。ドワーフなんて知ったこっちゃねえ」


三人の話を静かに聞いていたエリックは、毅然とした眼差しでギルド長たちを見渡すと、資料の束から一枚の地図を取り出し、テーブルの上に広げた。そこには、かつて都市として栄えたものの、今は廃墟となった街々の名が記されていた。


「では、一つずつ説明しよう」

エリックの声が鋭く部屋に響く。


「まずは鍛冶師。今は鉱夫の道具の手入れや生産が主な仕事だろう。採掘が続く限り、君たちの仕事はある。 だが、もし鉱山が枯れたら?君たちの子供や孫は、何を頼りに生きる?」

エリックは一人ひとりの目を見て言葉を続ける。

「商人も同じだ。鉱夫がいなくなり、運搬業者が来なければ街は衰退する。 この国には、鉱山の枯渇によって滅んだ街がいくつもある。農夫や酪農家、鍛冶師や商人は何代も前からこのロースで暮らしている。 彼らにとって、この地を離れるのは容易なことではないはずだ」


彼はゆっくりとボーネに視線を移す。

「鉱夫はこの話に関係ないように見えるかもしれない。 だが、君たちが採掘してくれる鉱石があってこその計画だ。ロースの鉱山の採掘率は、確実に下がっている。改善が必要な問題を抱えているはずだ」


ボーネは顔をしかめて俯いたが、公子は構わず話を続けた。


「北部では、採掘された鉱石の三十パーセントずつが公爵家と王家に納められ、残りの四十パーセントが採掘した鉱夫たちの収入となる。 鉱夫は鉱山が枯渇しても、新たな採掘地へ移って生活を立てることができる契約がある。 だが、採掘量が下がっているということは、ギルドの運営費用も落ちているだろう。 ここが枯れた時、鉱夫たちが移動するだけの貯えがあるのかな?」


三人は返す言葉を失った。 彼の言葉は、遠い未来の話ではなく、必ず訪れる現実だと理解できたのだ。


部屋には、エリックの声が静かに響いた。

「街が衰退してからでは遅い。今から新しい事業を始め、根付かせなければならない。 私は将来この地を去ったとしても、北部の領主であることに変わりはない。君たちは、我が領地の民だ。君たちを守るために、私はここにいる」


シンと静まり返る中、ボーネが声を上げた。

「じゃあ、どうしろっていうんだ!俺たちは一生懸命にやってる。新しい事業なんて始めなければ、今までどおりだろう?鉱山はまだまだ枯れる気配なんてありません。そんな先の未来を心配してたら、生きていけませんぜ」


深く考え込んでいたレイフも、重い口を開いた。

「……エリック様のおっしゃることは事実ですが……」


イルッカも、うなずきながら言った。

「ボーネの言う通りだ。そんな先のことまで考える余裕なんてありませんぜ。俺たちは、この冬を越えるのに精いっぱいなんだよ!」


三人の言葉を聞いても、エリックは一切動揺した様子を見せず、ただ穏やかに話を続けた。


「私は焦っていない。まず、現実を話しておきたかった。少しずつ、未来に向かって変わる気持ちを持ってもらいたいんだ」

そう語る彼の瞳は、誠実な光を宿していた。


別れ際、「前向きに検討してくれると嬉しい」と柔らかな笑みを浮かべ、エリックは三人を見送った。


イルッカの心は、今の生活が変わってしまうことへの不安と、見えない未来への恐怖が入り混じり、ぐちゃぐちゃだった。 エリックの言うことは正論だと分かったが、自分たちではどうにも出来ないほど大きな問題を前に、深く考えることを止めた。




――――


【作者より】


本日もお読みいただき、ありがとうございます!


鍛冶師の腕一本で家族を養ってきたイルッカの葛藤。彼の当然の不安に寄り添いながら、物語は進みます。

キラキラ公子エリックは、彼らの心を掴み、未来を切り開けるのでしょうか!?


作品を応援してくださる方は、ぜひ画面下の【★(評価)】と【フォロー】をお願いいたします!


この続きは、明日\朝7時05分/に更新いたしますので、ぜひまた読みに来てください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る