走るツーリング

 哲也さんとのこの先を進めるかどうかで悩みまくっていたのだけど、千草先輩からツーリングに誘われた。どうも旦那さんが用事で行けないからみたい。哲也さんも用事みたいで鈴音も空いてたから乗ったよ。


「今日は走るよ」


 国道一七五号バイパスに出て北上したけど、これってまさか西脇市内を抜けるとか。あそこもややこしいのよ。地図で見ると国道一七五号から国道四二七号に入れば良さそうに見えるけど、実際に走ってみたら、


「あら、迷子になったんだ」


 正確には往路はそれなりに迷ったけど何とかなったんだけど、復路の時にものの見事に迷子になってしまった。西脇って西側に国道一七五号が走ってるから、迷っても適当に走ればなんとかなるはずと甘く見たのが大失敗で、もうどこを走ってるかわからない状態で、やっとこさ国道一七五号に入れた時には涙が出そうだったもの。


「旧市街はどこも難しいからね」


 それは痛感した。うっかり足を踏み入れるとラビリンスだったのよね。それとあの時に思ったのだけど、迷ったら何度も曲がるじゃない。そしたら自分がどっち向いて走ってるのかわかんなくなったのよ。


「ナビはどうしたの」


 バッテリーが途中で切れだ。だいぶ年季の入ってるスマホだから、気がついたら消えてた。


「USB電源は付けてないの?」


 付けてください。


「自分で頑張ってね」


 甘いか。だから西脇はトラウマなんだけど、あれっ、国道四二七号に入らないのか。この辺は初めてだな。西脇市街を抜けて加古川沿いに走ってたら、左に入ったら多可って出て来たところで曲がったぞ。


 丘越え程度の道を下って行くと、ここは国道四二七号じゃないか。なるほど西脇の北側から市街地を迂回したんだな。これ良いよ。すぐに川を渡ったのだけど、えっ、ここを右折はないでしょ。だって、だって、曲がったら黒田庄ってなってるもの。それじゃあ、逆戻りになっちゃうよ。


「あの道路案内も不親切なんだよ。こっちから黒田庄に行けるのはまったくのウソじゃないけど、実際はだいぶ違うもの」


 日野北バイパスってなってるらしいけど、バイパスらしく走りやすい道だ。それに真っすぐだよ。やがてカーブになったけど、道なりにひたすら走って行くとベルディホールとか多可町役場って出てきたから、ここって多可町の中心部だとか。


 突き当たって右に曲がるとあら不思議、国道四二七号になったぞ。なんかマジックみたいだ。千草先輩もどうしてそうなってるかの理由まで知らないようだけど、日野北バイパスって国道四二七号のバイパスみたいなんだ。よくこんな道を見つけたものだ。平日は混んでるからかな。そこからは道なりと言いたいところだけど、


「ここは間違わなかった?」


 間違った。直線の見晴らしの良い道だから直進と思うじゃない。だから突っ切って言ったら道がおかしくなったんだ。ナビを見たら交差点を曲がるとなっていて慌てたもの。ただその奥はまさにツーリングロードだ。


 杉原ってとこになるはずだけど、それこそのカントリーロードで気持ち良かったのよね。そしてこんなところにも道の駅がある。杉原紙の里だ。ここもバイクが集まるところだけど、どこを目指してるだろう。


「ここで引き返したのか。この先はね・・・」


 青垣峠ってところを越えれば銀山湖に出て生野銀山に行けるのだって。ただし、


「シニク酷道を堪能できるかな」


 それは勘弁してくれ。もっとも今日は生野銀山には行かないはず。


「一度は行っても良いと思うよ。もっともシニクを回避したかったら生野街道になるけどね」


 なんか遠いな。でも行くならそっちだろ。酷道を走るのは趣味じゃない。道の駅を出ると登りになったけど、これは播州峠って言うそう。今は播州トンネルになってるけど、これを潜ると、


「播磨から丹波に入ったことになるよ」


 だから播州峠なのか。峠を下ると快走できる田舎道。こっちもバイクが走ってるな。そりゃ、走るだろ。途中で左に曲がると谷間の道だ。それも走るほどに両側の山が迫ってくる。あそこに見える高架の道は、


「豊岡道だよ。あっちからなら遠阪トンネルを走れるのだけどね」


 走れないから遠坂峠だ。これもなかなかの峠だよ。モンキーが唸ってるもの。この峠は但馬と丹波、さらに京都まで繋がる古代からの交通路だったらしい。


「江戸時代は福知山を回り、夜久野高原を越える山陰街道がメインになったみたいで、明治でも国道九号になってるぐらい」


 千草先輩によるとそれでも但馬の人は遠坂峠越えにこだわったとか。理由はこっちの方が距離的に近いからかもって。だから遠坂峠の道路も延々と改修され続け、ついには遠阪トンネルまで掘り、さらに豊岡道まで走らせたんだろうって。


 だからだと思うけど遠坂峠もガラガラ。クルマとか中型以上のバイクなら遠阪トンネルを走るよね。それと走ってみたらトンネルを掘る気持ちもわかったかも。改修されてこのワインディングだから昔はさぞ険しかったって想像できるもの。


「とくに但馬側の下りがエグいよ」


 なんとか下って来てホッとした。走って行くと角にガソスタがある三叉路に出たけど右に曲がるみたい。


「ここまで走って来たのが江戸時代の篠山街道であり、古代山陰道になるのよ。そしてこれから走るのが江戸時代の山陰街道だよ」


 その分岐路がこの何の変哲もなさそうな交差点だって。江戸時代なら追分ってされたはずだってさ。それにしても千草先輩は歴史に詳しいな。


「亭主が好きな赤烏帽子ってやつ」


 旦那さんはかなりの歴史好きみたいで、それを踏まえてのツーリングも良くするんだって。だから千草先輩もそれに染まってるぐらいで良さそうだ。


「そうなってしまってる。でもさぁ・・・」


 ツーリングも旅行の一種だけど、旅行のやり方だっていくつもあるのはわかる。例えば同じところに滞在するリゾート型だ。でもそれはバイク乗りには向かないよね。バイク乗りはバイクで走るのが楽しい人種だもの。


 動き回る旅行は周遊型ってことになるけど、絶景を見に行く時もあるけど名所旧跡巡りも当然のようにあるのよね。ぶっちゃけ、古いお寺とか神社とかだ。そういうところを訪れた時に、


「そうだね、解説の案内板に書いてある内容ぐらいはわからないとつまらないでしょ」


 それはあるかも。それこそ豊臣秀吉ゆかりの云々って書いてあっても、豊臣秀吉がいつぐらいの時代の人で、どんな事をしたかを知ってないとチンプンカンプンだ。さすがに秀吉ぐらいは誰でも知ってると思うけど、


「知ってる範囲が広いほど見た事による値打ちが上がるのよ」


 知らなかったら古いお寺とか、神社しかわかんないものね。


「街道だってそうよ」


 田舎道と言うか、カントリーロードを走れるだけでもバイク乗りは満足してしまうところはあるけど、その道にどんな歴史があるとわかると、


「道から見える風景が違って見えるじゃない」


 それはありそうだ。だって同じ道を昔の人が歩いていたんだもの。鈴音も歴史の授業は嫌いだったけど、出石に行った時に、ちょっと歴史を知ってると観光のおもしろさが変わるのはわかったんだよね。


「千草だってそう。でもね、試験勉強の時に暗記させられる歴史と、こうやって楽しむために覚える歴史は別物だよ」


 言われてみればそうだ。でもそんな事を教えてくれる人が、


「千草はラッキーだったかな。別にそういう基準で結婚相手を選ぶものじゃないけど、人生の楽しみとして評価項目に加えておいても損は無いと思うよ」


 楽しみとして覚える歴史は良さそうだ。そう言えば哲也さんだって詳しそうだった。それもスノブなオタクトークじゃなくて、素人でも興味が湧くように話してくれたもの。あちゃ、またポイントが上がっちゃったじゃない。

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