納車
オーダーはしたものの即納は無理と言うか予約で順番待ちにさせられた。モンキーの納車待ちもあれこれ話があって、長いものなら二十か月なんてトンデモまであったそう。その人は現行型が出て二週間ぐらいしてオーダーしたそうだけど、そこから待てど暮らせど状態になったんだって。
二十か月と言えば一年八か月になるけど、その間にニューカラーの発売時期が迫って来て、もしそうなったら色はどうなるんだの相談まで販売店としてたとか。販売価格だってどうなるかわかんないものね。
そこまでは待たされなかったけど、だいぶ待った末にようやく納車だ。改めて見ると小さいな。そりゃ、全長がたったの一七一〇ミリしかないんだもの。原チャリのスクータークラスだよ。わかんないけど、日本で売られてる最小クラスのバイクかも知れない。
でも造りは良い気がする。フェンダーのクロームメッキの感じも良いけど、妙に凝ってるところがあるバイクなんだ。フロントフォークは倒立式だし、リアの二本のダンパーも太くて逞しい気がする。
前後輪ともディスクブレーキだし、前輪にはABSまで付いてる。ガソリンタンクなんか、キャップ式でもヒンジ式でもなくてエアプレーンタイプだ。もっとも給油口は使いやすそうじゃないけどね。それでいて全体として可愛いのよ。
一通り説明を聞いて跨ってみたけど、シートは噂通りに車体の割には高目だな。それでもこれぐらいなら問題はない。乗った感じは、見た目より大きい感じがする。ライディングポジションのせいかな。うん、満足した。
さて、ここからが問題だ。教習所時代以来のクラッチだ。ここでエンストどころか、結局発進できないなんてなれば赤恥も良いところだ。バリバリに緊張したのだけど、あれっ、繋ぎやすいぞこれ。
もっともそう思ったのは最初の発進の時だけで、そこからはひたすらギクシャク運転のオンパレード。新車だから慣らし運転が必要だけど、慣らし運転より鈴音がクラッチに馴染む修行時間みたいなものになってしまった。
それでも習うより慣れろだと思ったかな。数乗ってると体が覚えて来る感じ。千キロも走った頃にはだいぶスムーズに・・・なってるはず。オイルとエレメントを交換して慣らし運転はこれで終了だ。
乗ってみて思ったのだけど、モンキーって小型バイクにしたら高級車の値段なんだけど、今どきの標準装備がないんだよ。タコメーターはまだしも、シフトインジケーターも、時計もない。千草先輩にも愚痴ったのだけど、
「時計は欲しかったら付けたよ」
どうやってと聞いたらチーカシを細工して巻き付けたんだって。でもさ、それだったらオプションでシフトインジケーターと時計も付けられるけど、
「欲しかったら付けたら良いよ。千草も最初は欲しかったから時計付きのタコメーターも考えたけど、もう慣れたからいらないな」
昭和の体育会かよ。とは言え付けるとなるとおカネがかかる。シフトインジケーターはあれば便利だと思うけど、いつ本当に必要かと聞かれたら返事に困るところはある。ありがちなのは一速まで落ちてると思ったら二速だった時はあるけど、
「二速でだって発進できるし、それが無理そうなら一速に落とすだけ」
他で良くあるのなら、五速なのにシフトアップしようとする時だけど、
「あれで五速だってわかるじゃない」
それもそうなんだよね。シフトチェンジのタイミングだって、
「あれって何速なのかを知るよりも、そのシフトでどうなのかの問題でしょ」
エンジン音を聞いて決めるってやつ。もちろん音だけじゃなく、スロットル感覚も入るけど、そっちで決めるよね。とにかくシフトチェンジはひっきなりにやってるようなものだから、嫌でも体が覚えてしまうぐらい。
「バイクってそんな乗り物だと思ってる」
クルマとは違うよな。クルマとバイクって一括りにされる事もあるけど、クルマの進化の方向とバイクはだいぶ変わってしまってる気がする。
「クルマはATを受け入れてしまった進化の気がするかな」
そんな気がする。あれこれ安全運転装置が付けられてるけど、その前提がATなんだよね。でさぁ、目指しているのは自動運転で良い気がするのよ。未来のクルマって、乗って行き先を入力すれば、寝てても車庫入れまでしてくれそうだもの。
それはそれで一つの方向性だし、クルマがそうなるのを歓迎する人は多いから良いようなものだけど、バイクもそれを追いかけそうかと言えば、
「将来はわかるはずもないけど、難度が高すぎるよ」
バイクの運転って人が関わる部分がとにかく多いのよね。そもそも二輪しかないのに倒れないのは人がバランスを取ってるからだもの。カーブだってそうで、クルマならハンドル操作で曲がるけど、バイクは人の重心移動で曲がるんだ。自転車と広い意味で基本は同じ。
そこに人の予測していない機械制御が入るとビックリするじゃない。ブレーキだって今から制動をかけるって予測しながら体を動かしてるからね。予測していない動きをされたら転倒したっておかしくない。
「そこを乗り越える技術の難度も高そうだけど、そういう装置って値段も高いはず」
それもある。バイクってクルマより安いのも取り柄だもの。さらに言えばゴテゴテ装置を付けられたら重くなるじゃない。そこまでして自動運転のバイクが欲しいかになるけど、
「それが欲しいバイク乗りは少ないと思うよ。バイクってね、あくまでも趣味の乗り物で、自分で操作しながら走らせるのが好きな人種が乗ってるものよ」
それに安全運転装置と言ったって、基本は生身の体を剥き出しにして乗るのよね。シートベルトとか、エアバッグなんてどこの世界かの乗り物だ。お蔭で夏は暑いし冬は寒い。雨なんて降ろうものなら最悪だ。
「その代わりに風を感じて走れるんだよ。それが好きだって人が乗るのがバイクだよ」
哲学的だけど、そんな気がする。クルマや電車でだって行けるけど、そこをあえてバイクで行くのが楽しいと思う人が乗るものだ。こればっかりは理解できない人は永遠に無理な気がする。
「だからいつまで経っても少数派」
少数派の自覚があるからバイク乗りの同志愛はクルマ乗りより強い気がしてる。わかりやすいのならYAEHだ。やってることは単純で、すれ違う時に左手を上げるだけなんだけど、その相手って見ず知らぬの相手なんだよ。
あれってね、おっ、頑張ってるやんの合図だと思ってる。悪く言えば少数派の悲哀だけど、お前もバイク乗りとして頑張ってくれぐらいの連携のサインみたいなもの。バイク乗り以外には理解されない楽しさとか、嬉しさの共有みたいなものぐらい。
「そこまで考えなくともツーリングの楽しみの一つぐらいだよ」
ところでだけど、お願いがあるのだけど、
「そ、それは・・・」
ツーリングと言いても一人でやるソロツーと、仲間とやるマスツーがあるんだ。バイク乗りにもソロツー派とマスツー派、もちろん二刀流だっているけど、鈴音もツーリングの初心者じゃない。いきなりソロツーはなんとなく怖いからベテランと一緒に始めたいんだよ。
「気持ちはわかるけど、千草だってベテランって程じゃないし」
立派なベテランだよ。ツーリングの楽しさの手解きをして欲しい。
「そこまで頼まれたら断りにくいな。千草じゃ役不足だと思うけど付き合ってあげる」
千草先輩は口ではああ言うけど、阿蘇だって、しまなみ海道だって走ってる人なんだよ。それどころか東北から北海道までツーリングもしてるんだもの。モンキーで神戸からそこまで走ってる人は少ないのじゃないかな。いつの日か鈴音も行きたいけど、千里の道も一歩からだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます