第30話 夏合宿 〜群雄胎動〜
ーー*
星「やあー!!」
ズダーーン!
星が流れるような動きからの内股で大学生を投げ飛ばした。
亀崎「ずいぶん良い選手が育ってるね」
黒襟「っさぁらぁ!」
ダーーーン!
大学生にも力負けしない黒襟は豪快な大外刈で重量級のレギュラーをねじ伏せた。
田鶴「お陰様で。この半年間、本当に学生のみんなには生徒達を鍛えてもらいました」
亀崎はこの大学柔道部の監督で、田鶴の学生時代の先輩だ。
その間柄もあり、高校生の出稽古を快く受け入れてくれている。
亀崎と田鶴は投げ込み用のマットに腰を掛けながら言葉を交わしていた。
外は真夏日の陽気だが、空調完備の大学道場内は快適な温度に保たれていた。
亀崎「最近はうちの学生が投げられることもある。こちらも良い稽古をさせてもらってるよ。県内の高校生には簡単に負けないんじゃないか?」
田鶴「そう簡単には勝たせてもらえてないです。特に今年は鳳雛学園の天下でしたね。でも・・」
ビーーーー!
稽古相手交代のブザーが鳴った。
田鶴「新世代ではてっぺん取りますよ」
亀崎「それは楽しみだ。下剋上はいつ見ても心が踊るよ」
亀崎はイーッヒッヒと、田鶴はイッシッシと、2人で楽しそうに笑い合った。
ーー*
3年生にインターハイ出場者がいない伏龍高校では一足早い世代交代を終えていた。
麗音「釜くんゴメン!遅くなっちゃった」
釜「早くホウキもって来い!青島キャプテンに怒られるぞ!」
1年生が2人しかいない為、ホームルームが長引いた日は稽古前の掃除の時間が限られてが慌ただしくなる。
2人がせっせと掃除をしているところに、副キャプテンに任命された村雨がやってきた。
村雨「2人とも、支度しろ」
釜・麗音「?」
2人はホウキとチリトリを手に動きを止めた。
村雨「今日は出稽古になった。早く、車に乗るぞ」
部員6名は8人乗りの乗用車の後ろ2列にギュッと乗り込んだ。
運転席のダンディーな男性が運転しながら話しかけてきた。
青島父「みんな、いつも葵(あおい)が世話になっている。私は青島葵の父だ」
1年生2人は突然のキャプテンの父親の登場に驚いた。
青島父「助手席にいるのが葵の弟の蒼(そう)だ。身体はデカいがまだ中学3年生、面倒を見てあげてくれ」
紹介を受けても蒼が振り向くことはなかった。
手持ち無沙汰だったのか、静かに車のクーラーの風向を自分に向けた。
後ろから見る限り、体重は90kg程あるだろうか。
兄よりもひと回り大きくガッチリとした身体つきをしている。
葵「今日は親父が監督を務めている実業団チーム 青島電工への出稽古だ。気合い入れていくぞ」
釜・麗音「はい!」
速水「へへっ、実業団か」
詩音「めちゃくちゃ強いんだろうな。楽しみだね」
村雨「気合い入れ過ぎてケガはすんじゃねーぞ、ただでさえ人数少ないんだから」
実業団柔道のレベルは高く、高校柔道とは比にならない。
そんなチームへの出稽古と聞いても部員達の目には漲るような力が宿っていた。
強くなることに前向きな仲間達に囲まれ、青島葵は誇らしそうに笑みを浮かべた。
青島父はバックミラーで息子の表情を確認した。
父も誇らしかったのか、そっくりな表情でアクセルを一段踏み込み、真夏の陽気を駆け抜けた。
ーー*
在校生徒の約半分が海外からの留学生である国際体育大学附属高校。
柔道部の新主将に指名されたのは2年生の大村T健斗だった。
日本人の母親とアメリカ人の父を持つ、73kg級の有力選手である。
同じく2年生の100kg級のマクローリン、81kg級のシュタイナーが副将として大村の両脇を固める。
大村「新田!市原!ホランはどこに行った?」
大村はトレーニングの為に更衣中の1年生 新田と市原に呼びかけた。
2人とも軽量級ながら、中学柔道で県大会上位入賞の実績を持つ有望な選手だ。
新田「昼過ぎからは見てないっすよー」
市原「また迷子かな?」
モンゴルからの留学生 ホランは頻繁に行方不明になる。
極度の方向音痴の為、広い敷地を誇る国体高校の校内で迷子になってしまうのだ。
大村「・・またか・・」
シュタイナー「ケント、ワタシが探してくるよ」
大村「すまない、頼む。残ったメンバーは午後のトレーニング始めるぞ!」
ガシーーン
ガシーーン
国体は科学的な根拠に基づいたトレーニングに関する授業が多く、選手達は体力作りに関する知識が豊かだ。
トレーニングルームの設備も最先端のものが揃っている。
2年生の大村や1年生の新田・市原のように小柄なタイプでも必ず筋肉隆々になり、伝統的に体力のある柔道家に仕上がる傾向がある。
シュタイナー「Kent!I found him!」
シュタイナーは体重140kgの巨体を誇るホランを携えて戻ってきた。
シュタイナー「Football team memberに囲まれて遊ばれてたよ」
マクローリン「まだ困ってることすら伝えられないんだもんな・・日本語が上手くなるまでは"柔道場はどこですか?"のカードを持たせよう」
大村「そうだな・・柔道選手としては間違いなく金の卵なんだけどな」
大村は両手の掌を上に向けて体の両側に開き、困ったようなジェスチャーをして見せた。
ホランはあどけない顔で、面白そうに大村のマネをしていた。
国際体育大学附属高校にタレントが揃いつつある。
虎視眈々。
鳳雛学園の覇権の座を狙っているのは、鷹狼塾と伏龍だけではない。
ーー*
星「よし!全員集合だ!」
大学での稽古を終え、鷹狼塾の部員は星と田鶴の元に集まった。
田鶴「みんな頑張ったね。1分間目を瞑ってみよう。この2週間での学びを思い返してみようか」
全員、立ったまんま目を閉じた。
そのまま、静かに1分が経過した。
田鶴「どうだ?」
下田「赫村さんの技術指導、最高でした!」
小田原「同じです。大きく成長できた気がします」
百田「技のレパートリーを増やす必要性を感じた」
黒襟「大学生に組み負けなくなったことは自信になりました」
星「全国大会前に課題と向き合えました」
赫村「・・柔道をもっと知りたくなりました」
田鶴「うんうん。学んだこと、上手くいったこと、そうではなかったこと。思うことは様々だと思う。ただひとつ言えることは、みんなこの2週間で別人のように成長しているということだ。自信持っていこう」
全員「はい!」
星「夏合宿はこれにて終了だ。宿舎に戻って片付けをしよう」
部員達はエアコンの調子が悪い宿舎に戻り、布団や業務用扇風機の片付けをした。
赫村は、栄や頼通が汗を流しながら精力的に掃除している姿を見て嬉しい気持ちになった。
赫村「夏合宿で得たものって、何だろうね」
百田「知るかよ」
百田は畳んだ布団を部屋の端に寄せながら返答した。
百田「・・だが、もしかしたら10年後以降の人生でも活きるような経験をしている気もするな」
赫村「確かにな。生涯の財産か」
赫村はそばにあった雑巾に水を含ませて絞り、栄たちと一緒に合宿部屋の後片付けに勤しんだ。
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