空は高く雲ひとつない。

 陽射しは真上から降り注ぎ、水面が光を跳ね返す。

 地表は熱を溜め、景色の輪郭をゆらめかせていた。

 ツバメは、巣を編むための土をくわえて飛んでいた。

 羽の隙間にも、呼吸の合間にも、夏がじりじりと染み込んでくる。


 ツバメは、あの美しい葦の近くに降り立つ。

 周囲に枯れた葦はもう見当たらず、みな青々と伸びている。

 それでもツバメの葦が一番美しかった。


 美しい葦の近くには陽に焼かれた平たい石がひとつあって、その上には、まだ形を成しきれていない巣があった。

 土がいくつか重ねられ、乾いた粒が陽にきらめいている。

 ツバメはその縁にクチバシを寄せ、土をそっと置いた。


 そのとき、頭上をかすめるように三羽のツバメ達が上を通った。

 下のいるツバメに気づくと、旋回しながら作りかけの巣を観察する。

 その中の一羽が声を投げかけた。

 

「おい、そんなところに巣を作るのか?」


 すぐ後ろから、別の一羽が続けた。


「地面なんて、蛇が通るぞ。猫だって来る」


 三羽目が更に続けて言う。


「そんな場所じゃ、雨も風もまともに受ける。卵を守れない」


 確かに巣の周りに遮蔽物はなく、開けていて、目立つ。

 無防備な場所だった。


 仲間達から一斉に声を浴びせられたツバメは驚いて固まっている。

 その様子に気づいたのか、仲間の内の一羽が柔らかく話しかける。

 

「怒ってるわけじゃないんだ。ただ、心配でね」


 すぐに残りの二羽が声を重ねる。


「少し行った所にある街のほうがずっと安全だよ。仲間も大勢いる」

「歴史ある巣も多い。少し修理するだけでいいし。何より耐え抜いてきた信頼がある」


 やはり言葉は畳みかけるように降り注いだが、どれも責める響きではなくなっていた。

 ツバメは、葦の方をちらりと見る。

 陽に焼かれた葉が、風に合わせて揺れている。

 ツバメの視線は、その揺れに沿って茎を辿り、根元へと落ちていった。

 そこでは、すべての揺れが受け止められていた。

 しばらく黙ってから、ツバメはぽつりと答えた。


「ありがとう。でも、彼女はここがいいらしい」


 仲間達は皆、ぽかんとした顔になる。


「おかしな彼女だな。地面がいいなんて」

 

 3羽のうちの一羽が、葦を見ながら言った。

 そしてもう一度、ツバメの顔に視線を戻して言った。


「でも、そういうワガママに付き合うのもカッコいいか。真のツバメだな」


 二羽目は、それにすぐ反応する。


「カッコよかったら蛇は襲わないでくれるのか?」


 返されたその言葉に、空気が一瞬ぴんと張る。


「危険を承知で飛ぶことだってあるだろう。巣の場所だって同じだ」


 2羽のツバメの話に、3羽目のツバメが割って入る。


「身勝手な考えだ。ヒナを軽視している」

「ヒナも大事だが自由も大事だと言っているんだ」


 三羽のツバメが互いに距離をとる。

 円を描くように飛びながら、それぞれが正三角形の頂点にあたる位置で間合いを保ち、言い争いを始めた。

 時間が経つにつれ、輪は少しずつ広がり、その距離に比例して声も徐々に大きくなっていく。

 

「ばか!」

「あほ!」

「うんこ!」


 気づけば、空には仲間達が罵り合う声で溢れていた。

 言葉は単調となり、誰も地面を見ようとはせず、ただ言葉の応酬に夢中になっている。


 地面に取り残されたツバメは、巣の横に立ったまま、仲間達を見上げていた。

 三羽の声はハッキリと聞こえてくる。

 ツバメは、仲間達から視線を外し、そっと飛び立った。

 その場にいるより、土を運ぶ方がずっと楽だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る