第10話 なぜ“未来”を怖がるの?

夜の校舎。

廊下の電灯がひとつずつ落ちていく。

のぶたんは教室の窓際に座り、進路調査票を前にペンを止めていた。


「……未来、って言われてもさ。」

ため息が白く揺れる。

窓の外では、街の光が遠くで瞬いていた。


そのとき、ドアが静かに開いた。

「ここにいると思った。」

ユリエもんが手に懐中電灯を持って入ってきた。

「進路調査票、締め切り今日だよ。」

「わかってるけど……なんか、怖いんだよね。

 “未来を決める”って言葉。」


ユリエもんは机にライトを置き、柔らかい声で言った。

「じゃあ、今日の授業は“未来の恐れ”について、だね。」



1. 未来とは“まだ起きていない現在”


ユリエもんは黒板に時間の線を描いた。

左に「過去」、真ん中に「今」、右に「未来」。

「のぶたん、未来ってどこにあると思う?」

「右の方?」

「うん。でもね、厳密に言えば、未来は“まだ起きていない現在”なの。

 つまり、“今の選択”が連続して未来になる。」


「じゃあ、“未来を怖がる”って、“自分の今”を疑ってるってこと?」

「鋭い。そう。“未来の不安”は、“現在への不信”の影なんだ。」


のぶたんはペン先を見つめた。

「……私、自分を信じるの、ちょっと苦手かも。」



2. 不確実性という贈り物


ユリエもんは黒板の右端に大きく「?」を書いた。

「未来は“わからない”から怖い。

 でも、“わからない”ってことは、“まだ決まってない”ってことでもある。」


「決まってないことが、いいこと?」

「うん。未来の不確実性は、“自由”の別名。

 すべてが確定してたら、人は生きる意味を失う。」


「……怖いけど、ありがたい、か。」

「そう。未来は、“怖い”と“希望”が同じ箱に入ってる。」



3. 不安の正体は“選択”


ユリエもんは三角形を描く。

底辺に〈可能性〉、もう一辺に〈不安〉、頂点に〈選択〉。


「人が未来を怖がるとき、実は“間違える自分”を怖がってる。

 でもね、選択しなければ、未来は他人の手の中に入る。」


「……選ばなかったら、楽かもしれないけど、他人の人生になっちゃうんだ。」

「そう。選択は怖い。けど、“自分の物語”を生きたいなら、避けられない。」


のぶたんはペンを握り直した。

「ねぇユリエもん、失敗したらどうしよう。」

「その時は、“別の未来”を拾えばいい。

 未来は一枚の紙じゃなくて、ノートみたいに何ページもある。」



4. 未来と“時間の錯覚”


ユリエもんは腕時計を外して、机の上に置いた。

「アインシュタインは言ったよ。“未来も過去も同時に存在している”って。

 つまり、“未来”はまだ見えていないだけで、もうどこかにあるのかもしれない。」


「それって運命ってこと?」

「運命とは違う。“すべての可能性が同時に存在している”ってこと。

 人間は、無数の未来の中から“選んで見ている”だけなんだ。」


「……じゃあ、“怖い未来”も、“幸せな未来”も、どっちも存在してる?」

「うん。怖がる未来に焦点を合わせれば、恐怖が育つ。

 希望の未来にピントを合わせれば、勇気が育つ。」



5. 未来を見る力


窓の外、星がひとつ瞬いた。

のぶたんは小さな声で言った。

「私、未来がぼやけて見える。」

「それでいい。未来は“見るもの”じゃなく、“作るもの”だから。」


ユリエもんは机の上にノートを開き、

そこに一行だけ書いた。


“未来は、想像力の延長線。”


「想像する力が弱ると、未来が“怖い”に変わる。

 でも、“こうなったらいいな”って思えれば、それはもう第一歩。」


のぶたんは微笑んだ。

「じゃあ、“怖い”は、想像力の入り口なんだね。」

「そう。恐れは、希望の影だから。」



6. 黒板の三行

1. 未来は“まだ起きていない現在”

2. 不確実性は、恐れでもあり、自由でもある

3. “怖い”は、希望の影


のぶたんはペンをとり、進路調査票の空欄をゆっくり埋めた。

「よし。書けた。」

ユリエもんは静かに頷く。

「未来を選ぶってことは、“自分を信じてみる”ことだよ。」


「ユリエもんは、未来が怖くない?」

「少しは怖い。でも、その“少し”が私を前に押すんだ。」


廊下の灯りがすべて消える。

残った窓の外の星が、二人の影を細く伸ばしていた。



Epilogue


未来は、白紙ではない。

けれど、インクを持つのは、いつも自分だ。


恐れは、ページの端にできた影。

希望は、その影を照らす言葉。


そして今日も——ユリエもんとのぶたんは、

新しいページを、そっと開いている。



次回(予告)

第11話「どうして“正しさ”は人とぶつかるの?」

——倫理と対話、正義の多面性をめぐる放課後の哲学授業。

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