第8話 なぜ“孤独”は悪いものと思われるの?

第8話 


日曜の午後。

図書館の光は、冬の粉のようにやわらかい。

のぶたんは窓際の席で、一人ぼんやり外を眺めていた。

静かな館内に、ページをめくる音だけが響く。


——“一人って、悪いことなのかな。”


心の中で浮かんだ言葉は、思ったより重かった。

その瞬間、向かいの椅子が音を立てて引かれる。

ユリエもんが、いつものノートを持って座った。


「図書館で一人ぼっちの顔してる人を見つけると、つい来ちゃうんだ。」

のぶたんは笑って言う。

「ユリエもん、監視カメラより鋭いね。」

「さて、今日は何の疑問?」

「……“孤独”って、悪いことなの?」



1. 孤独=悪、という思い込み


ユリエもんはノートを開き、黒ペンで円を描いた。

真ん中に「孤独」と書き、そのまわりをぐるりと囲うように言葉を並べる。

〈寂しい〉〈かわいそう〉〈人間関係の失敗〉——。


「ねぇのぶたん、これ見てどう思う?」

「……なんか、負のイメージばっかり。」

「そう。“孤独=悪”という文化的前提。

 でも、それは“群れの時代”の名残なんだよ。」


「群れの時代?」

「うん。昔は、集団の中にいない=生き残れない。

 だから、脳が“孤独=危険”と感じるようにできてる。」

ユリエもんは微笑む。

「でも今の時代、ひとりでいても死なない。

 むしろ、ひとりだからこそ見える景色もある。」



2. 「孤独」と「独立」は違う


のぶたんは少し考えて言った。

「でもさ、孤独って“友だちがいない”とか“誰もわかってくれない”って感じでしょ?

 それは、やっぱり悲しいよ。」


「そうだね。でも、“孤独”と“独立”は別もの。」

ユリエもんはノートに二つの丸を描いた。

〈孤独=繋がりが切れた状態〉

〈独立=繋がりを意識したうえで、自分の軸を持つ状態〉


「“孤独”は“切断”。“独立”は“自立”。

 似てるけど、真逆の方向を向いてる。」


のぶたんは頷いた。

「じゃあ、“独立”できてる人は、“孤独”を恐れない?」

「そう。むしろ、“孤独”を上手に使う。

 静けさの中で、自分と対話できる時間だから。」



3. 社会的孤立と「つながり過ぎ」症候群


ユリエもんはノートを閉じて、スマホを軽く持ち上げた。

「現代の“孤独”は、物理的な一人じゃなくて、“相対的な孤独”。

 つまり、“たくさんつながってるのに、誰とも深く話せない”状態。」


「SNSのこと?」

「うん。情報は絶えず流れてくるけど、“心の返事”は届かない。

 それを“つながり過ぎ症候群”って呼ぶ研究もある。

 つながりが多いほど、“自分の声”が薄まるんだ。」


のぶたんはスマホを見つめた。

「たしかに……たくさんの“いいね”より、

 ユリエもんが“わかるよ”って言ってくれた方がうれしい。」

ユリエもんは頷いた。

「数より深さ。

 孤独を悪者にすると、心が浅くなる。

 でも孤独を味方にすると、深くなれる。」



4. 孤独の種類


黒板に四つの点を描く。

〈物理的孤独〉〈心理的孤独〉〈創造的孤独〉〈選択的孤独〉。


「“孤独”って、一種類じゃないんだよ。

 物理的孤独は“ひとりでいること”。

 心理的孤独は“理解されないこと”。

 創造的孤独は“集中していること”。

 選択的孤独は“あえて距離をとること”。」


のぶたんは目を丸くする。

「最後の二つ、なんかかっこいい。」

「でしょ? アーティストや研究者は、

 “創造的孤独”の中で一番自由になる。

 静けさの中で、世界が新しく始まる。」


のぶたんは微笑んだ。

「……じゃあ、私の“ひとり時間”も悪くないかも。」



5. 孤独が教えてくれること


ユリエもんはペンを置いて言った。

「孤独は、“自分を知るリトマス試験紙”。

 誰もいない場所で、自分の声がどう響くか。

 それを確かめる時間なんだ。」


のぶたんは窓の外を見た。

校庭に一人でバスケの練習をしている男子生徒がいた。

「……あの人、孤独に見えるけど、

 たぶん自分と勝負してるんだね。」

「そう。“孤独”は寂しさじゃなく、集中。

 自分を磨くための静寂。」



6. 黒板の三行

1. 孤独=悪、は“群れの時代”の名残

2. “独立”は孤独を使いこなす力

3. 孤独は、自分を知るための静けさ


のぶたんは微笑んだ。

「ユリエもん、今日の授業で“ひとり”がちょっと好きになった。」

ユリエもんは頷く。

「いいね。孤独を嫌わない人は、誰といても自由でいられる。」


のぶたんはカバンを閉じながら言った。

「ねぇ、次のテーマは……“愛”とかにしようよ。」

ユリエもんは少し照れて笑った。

「難問だね。でも、いい題材かも。」



Epilogue


孤独は、心の深呼吸。

誰かと話すためにも、ひとりになる時間がいる。


そして今日も、ユリエもんとのぶたんは、

それぞれの静けさの中で、同じ世界を見つめている。



次回(予告)

第9話「“愛”って、どこから生まれるの?」

——生物学・心理学・哲学が交わる、シリーズ最も静かな対話へ。

続けて執筆してもいい?

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