赤ちゃん、ちょっとがんばりました

猫師匠

第1話「はじめまして、町田の世界」

春の朝って、なんか世界がやさしい。

 ここ町田でも、桜並木がそろそろ本気を出してきていた。


「ふわぁ……朝かぁ……」


 寝ぐせ頭の父・直哉がリビングへふらりと登場する。片手にはマグカップ。完全に“まだ人間になりきれてない朝のパパ”だ。


「あなた、パン焦げるよー?」


 キッチンから母・美咲の声。エプロン姿でクルッと振り返り、手際よく朝ごはんを並べていく。朝の日差しが髪に当たってキラッと光って……うん、この人、もう朝から元気。


 そして――リビングの真ん中。


「ばぶー!」


 我らが主人公、桜庭悠真。

 小さい・かわいい・ほっぺぷにぷにの三拍子。今はベビーベッドの中から手足をパタパタさせている。


(おはようございます。本日も何卒よろしくお願いいたします。……あ、ミルクは少なめでお願いできれば幸いです)


 ――そう。

 この赤ちゃん、心の声だけやたら丁寧なのだ。


「悠真、今日あったかいし、公園デビューしてみようか?」


「忠生公園だな。桜も見れるし、いいかも」


 夫婦のテンションが徐々に上がっていく。


(公園……外の世界……デビュー……! いよいよ私の社会進出が……)


 鼻息荒めの悠真。外見は「きゃっきゃ」だけど、内面はもはや“新人サラリーマンの初出社テンション”である。


「じゃあ午前中に行こっか。お弁当はリコリスさんで買って、公園で食べよ」


「賛成。じゃ悠真、あとでベビーカー乗ろうなー」


 美咲が抱き上げると、悠真は嬉しそうにまた手足をばたつかせた。


(は、はいっ。全力で努めさせていただきます!)


 こうして桜庭家の一日は始まった。

 春の町田はやさしくて、ちょっとにぎやかで、小さな奇跡が似合う街だ。


 ――そして今日、悠真は初めて“町田の世界”へ踏み出す。

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