第47話 「出会いは風のようで」
朝の日差しが差し込んでくるオフィス、推定Fカップの古茶[こちゃ]さんが、インサートカップをホルダーに差して、甲斐甲斐しくデスクに置いてくれた。
「聖子[せいこ]さん、おはようございますぅ。今日もいい天気で気分が良いですねぇ」
チラッとフロアを見渡したけど、週明けの月曜日の早朝だから、まだ出社して来てる人は少ない。カップの中で湯気を立てながら揺れているのはコーヒー。私がブラック党だからちゃんとミルクは入ってない。匂いを呑むとはよく言ったもので、爽やかな朝のオフィスには芳しいコーヒーの匂いが似合う気がする。
「おはようございます、古茶さん。いつも言ってるけど、コーヒーは自分で淹れるから大丈夫よ」
インサートカップを持ち上げてコーヒーに口をつけつつ、私はいつものように愛想笑いを返してあげる。そんな素っ気なさが不満なのか、古茶さんは「あたしが淹れたいんですぅ」と口を尖らせた。うーん、胸がおっきな娘は正直にドストライクなんだよねぇ。仕事仲間じゃなきゃ抱いてるんだけど。
ただ、社内恋愛は別れた時が地獄だって散々聞いてるから、出来れば全力でご遠慮したいところ。もっとも、何回言ってもこの娘はコーヒー淹れてくれたりお菓子を分けてくれるのが、悩ましいと言えば悩ましい。私が無言でもうひとくちコーヒーに口をつけた途端、古茶さんが「そういえばぁ」と思い出したように口を開く。
「聖子さん、昨日はマイハマランドに行くとかぁ、言ってませんでしたっけぇ?」
不意に、ガラガラと崩れ落ちる灰かぶり姫城の外壁のコンクリートが、目の前に鮮烈にフラッシュバックした。
マイハマランド、通称『夢の国』
そして、昨日の日曜日は『惨劇の国』だったテーマパーク。
思わずインサートカップの入ったホルダーを持つ手が震えてしまい、バレないように私は指先に力を入れる。無邪気に私を見つめている古茶さんは、あからさまにキョドった私に気づかずにセリフを続けた。
「ネットで流れて来た映像見ましたけど、昨日、凄かったらしいじゃないですかぁ」
報道に拠れば、死者37人、重軽傷者162人、被害総額数十億円と発表されてるにわかに信じられない大災害。それはそうだろう。何しろ、現代日本に突然『怪獣』が現れて、まさに破壊の限りを尽くしたのだから。
「そう言えば、例の『プリティ=ピュア』とかいう魔法少女もそこにいたんですよねぇ?」
驚いたのは、あの状況でも正義の味方プリティ=ピュアちゃん達をスマホで撮影してた人がたくさん居たこと。昨日の日曜日から今日にかけて、ネットニュースやまとめサイトに少女達の写真がアップされまくっている。みんな、生死がかかってるシチュエーションで、よくもまあ野次馬根性を発揮出来るもんだね、ホント。
ちなみに、これまでのプリティ=ピュアちゃん達の戦いはほとんどがウサ公の張った結界の中で行われていた。ちなみに、私が偶然、あの子達と出会えたのは、酔っ払ってその境界をたまたま踏み抜いてしまったから。そして、困ったことに今回の戦闘の大部分はウサ公の結界がないままだったから、要するに誰でも撮影し放題。不幸中の幸いだったのが、さすがに距離も遠かったからだろう、鮮明な映像は撮られていないってことかな。
「……知り合いの娘さんを連れて行ってあげたんだけど、とんだお休みになっちゃったわ」
嘘を付く時は、『本当に隠したいこと』以外は本当のことを混ぜて話すのが一番確実なやり方。下手に『昨日はマイハマランドには行かなかった』とか言って、万が一バレたら、痛くもない腹を探られてしまう。
「その、ナントカっていう変身美少女戦士は、残念だけど見てる暇はなかったかな」
現状で絶対にバレたらいけないのは、プリティ=ピュアちゃん達とこの私がかなり深いカンケイだってことだもんね。いやいやいや! カンケイと言っても、3人中、2人を抱いちゃってることじゃないですよ、ええ、マジで。危ない、危ない。しかし正義のヒロイン・チームの66.6%を押し倒しちゃってるとか、マジでトンデモないな私!
それは、月曜日の朝のオフィスで何を考えてるんだと言われてもしょうがないくらい、ピンク色の記憶だったりして。
「聖子さん……? なんか、鼻の下が伸びまくってて、美人が台無しですよう」
怪訝そうな声の古茶さんに「そうかしら」と愛想笑いを返すと、彼女は首を傾げながら自席に帰っていく。チラッとスマホを見て、何もメッセージが入ってないっことを確認した後で、私は気分を仕事モードに切り替えた。
仕方ない。プリティ=ピュアちゃん達のことも心配だったけど、今月の予算達成はそれ以上に心配なんだよね。
翌日は、祝日の火曜日。マンションにいても悶々としてしまうだけだから、昼食後に買い物に出かけた。天気はちょっと曇ってるけど、暑くもなく寒くもなく、本当だったらウキウキのショッピングなんだけど。
気分が晴れない私は、繁華街のビル壁面の大型スクリーンに映し出されている映像に足を止めてしまった。
真面目そうな印象の男性のアナウンサーが、一昨日のマイハマランドの惨劇の続報を読み上げてる。視聴者提供だとかいう数秒の映像に、プリティ=ピュアちゃん達も小さく映っていて、なんだか胸が詰まる。なんだろう、いつも近くで見ている娘達が遠い存在になってしまったような、そんな奇妙な錯覚。
ちなみに、飛び去った怪獣 ──プテラノドン型のコワスーンの行方は、未だにつかめていないのだとか。
ただ、恐らく傷が癒えたら再襲撃して来る可能性が高いと思われます、とアナウンサーは低い声で言った。
私もそう思う。
ただ、問題はアレを倒せる唯一の存在、プリティ=ピュアちゃん達が満身創痍だということ。プテラノドン型のコワスーンの憎らしい映像を睨みながら、私はふと一昨日のことを思い出してしまう。
あの時、私は怪獣の火炎ブレスのせいでぶすぶす燻っているコンクリの瓦礫の中を、汗だくで必死で走っていた。
『ピュアフレイムっ!』と励ますように叫ぶ私を、顔面蒼白で立ち尽くしているピュアフレイムが見つめる。いつもなら健気なまでにリーダーシップを発揮しているフレイムも、想定外の事態に呆然自失してしまっていた。無理もない。フレイムも含めて、プリティ=ピュアちゃん達はみんなたかが14歳の中学2年生なんだから。
フレイムのすぐ脇には、意識を失ったピュアランドを抱えて、地面に座り込んで号泣しているピュアウォーター。フリルやリボンがマシマシの黄色系統のランドのコスチュームは、ありこち焼け焦げてボロボロになっている。
そして、少し離れた瓦礫の中には、女の子座りでへたり込んでいる、ピュアハリケーンと名乗った見知らぬ少女。背中まで伸びているクリアグリーンの髪と、猫のように目がまんまるで少しつり目気味の目尻が特徴的。目の前で自分を護ってくれたランドがぼろぼろになっているからだろう、ハリケーンが怯えたような視線で私を見る。
ハリケーンと視線が交わった瞬間、50mくらい先にいきなり透明のシャッターが下りたように見えた。
もちろん、そんな大きなシャッターなんてない。だけど、気がつけばさっきまでいた4人の少女達の姿が消えている。あたかも、最初からそこには誰もいなかったかのような光景。そして、そちらからは音も聞こえてこなかった。耳を塞ぎたくなるくらいに、コンクリの崩れる音や瓦礫の中で炎が燃え盛る音が五月蝿かったっていうのに。
一瞬戸惑ったものの、すぐ気づいた。
これは“ウサ公の結界”!
少女達がいる場所が隔離されたんだ、これ!
いつの間に駆けつけて来たのかは知らないけど、あのウサギにしては悪くないタイミングで来てくれたもんだ。よし、これなら誰にも気づかれずにフレイム達と話せる、と胸を撫で下ろした途端、背後から叫び声が上がった。
『お姉さん! 遠くに行かないで下さい、お姉さん!』
愕然と振り返ると、車椅子の桃原実鈴[ももはら みのり]ちゃんがパニック状態の群衆の中で泣きそうな顔をしている。
しまった!
私は桃原咲良[ももはら さくら]ちゃんに、妹の実鈴ちゃんをキチンと見ているって約束したんだった!
放ったらかしにしてたら、咲良ちゃんに合わす顔がない。私は、再度全速力で実鈴ちゃんの元へ駆け戻った。
『ごめんね、実鈴ちゃん。ひとまず、ここから出ましょうか』
チラッと振り返るけど、結界の向こうは見えないから、あの向こうでどんな会話がされているのか判らない。私の提案にコクンと頷いた実鈴ちゃんが、『でも、お姉ちゃんは?』と心配そうな顔をしている。変身してる咲良ちゃんなら、ちょっとやそっとの火や煙は大丈夫なんだだろうけど、さすがにそれは言えなかった。
『咲良ちゃんなら、きっと大丈夫よ。先に外に出て、一緒に待っていましょう?』
正直なところ、咲良ちゃんがどんなピンチだったとしても、車椅子の実鈴ちゃんが助けられる訳がない。痛いほどそれが判っているからだろう。実鈴ちゃんは、私と一緒にマイハマランドから退場する列に素直に並ぶ。
外に出られたのは、列に並んでから1時間以上経ってから。さすがの私もグッタリと疲れてしまっていた。その間、何度も何度もスマホを見たけど、プリティ=ピュアちゃん達の誰からもメッセージが入ってこないまま。車椅子の実鈴ちゃんは『お姉ちゃん、どうしたんだろ』と不安そうにゲートの方を見つめながら呟いていた。腕時計を見ると、14:00を回ったところ。本当なら、まだまだ咲良ちゃん達とデートしてた時間帯だったのに。
『……遅くなってごめんなさい、お姉さんと実鈴』
不意に後ろから声が聞こえた。実鈴ちゃんと私が振り返ると、暗い表情の桃原咲良ちゃんが立っている。私から車椅子のハンドグリップを受け取った咲良ちゃんは、無言で実鈴ちゃんを点検してから言った。
『……勝手について来て、ケガをしなくて良かったじゃない、実鈴』
これまで聞いたことのない咲良ちゃんの刺々しい言い方。さすがの咲良ちゃんも、いっぱいいっぱいのようだ。実鈴ちゃんは酷く傷ついたような顔をした後で、不思議なことに限りなく優しい微笑みで言った。
『そうだね、お姉ちゃん。でも、お姉ちゃんがいてくれて、私、とても助かっているんだよ』
ああ、このセリフ。このセリフの『本当の意味』に気がついたのはもっと後のこと。
──そう、ずっと後のことだ。
ともかく、電車のダイヤも滅茶苦茶だったから、桃原姉妹をターミナル駅まで送ったらもう18:00近い。
『せっかくの初デートだったのに、こんなふうになっちゃってゴメンなさいね』
別れ際、私がそう言ってあげると、恐らく落ち込んでいる咲良ちゃんは無言でお辞儀をして帰って行った。
そんなふうに咲良ちゃんと形式的な挨拶だけで別れてしまったから、『あの後』の話が全然出来ていない。
ボロボロだったピュアランドの容体は? それを心配していたピュアウォーターの精神状態は? ああ、気になる。3人の少女それぞれにスマホにメッセージを入れてるんだけど、それどころじゃないのか誰からもレスがない。結局、私って『部外者』なんだなぁ、と改めて思い知らされて、苦い実を食べたような気分になる。いつの間にか、あの娘達はこんなにも私の中で大きな存在になってたなんて
──ふと、鼻の奥がツンとした。
正直、こんな日は誰でもいいから肌を重ね合わせたい気分。誰でも良いから、えっちさせてくれないかなぁ。そんな気分で大型スクリーンのプリティ=ピュアちゃん達を見つめていると、ふと誰かが声を掛けてきた。
「そこの美人のお姉さん。見覚えあるんだけど、アンタ、どっかであたしと会ったことない?」
割と甲高い、自信満々な態度が垣間見える、ストレートに言って高飛車で生意気そうな声。しかも、ナンパの手口としては手垢がつきまくっているというか、骨董品と言って良いくらいの定番セリフ。ただ、気分が沈んでいた私は渡りに船だったから
「あら、可愛いナンパね」
と笑顔でそちらを見る。
視線の先に立っていたのは、茶髪のロングレイヤーでまんまるの目が猫のようにつり目気味の少女だった。肌の見た目からして、恐らく中学生かな。爽やかな風が吹いて、少女の髪とスカートをふわっと揺らす。服装は、クルーネックにダボッとしたカーディガンを合わせて、膝上のミニで官能的にまとめたかなりのオシャレさん。
私より頭一つくらい背が低いけど、豊かな胸を自信満々に張ってるから背が低いようには見えない。口を尖らして生意気そうな表情をしていた少女は、私に正面から見つめられて、さっと顔を真っ赤にする。
「ナ、ナンパなんてしてないし! で、でも、その、もしナンパだったら、OKしてくれるワケ!?」
横を向いた後でチラチラと私の方を見てる感じからして、一応は興味を持ってくれているんだろうけど。
「……こ、こんな美人さんとデート出来るかもしれないとか……アガるかも……」
よく聞こえないけど、口の中でブツブツと呟いた後で、私をナンパして来た少女は突っかかるように言う。
「ど、どうなのよ!? OKしてくれるの、くれないの!? あたしも暇じゃないんだけど!」
下手なアイドルより可愛い子だ。確かに、会ったことがあると言われればそんな気がしないでもないような?
「そうね、せっかくのお誘いだもの。OKしても良いかなって思ってるわよ」
私がそう言うと、少女はパッと表情を明るくして「嬉しい」とボソッと呟いた後で、ぶんぶんと顔を振る。すぐに、ツンデレっぽく「ふん!」と怒ったような顔になって、大きな胸の前で腕を組んだ。
「ご、ご、誤解してもらっちゃ困るんだけど、決定権はあたしにあるんだからね! わ、判ってんの?」
同年代に言われたらさすがにカチンと来るセリフだけど、半分くらいの年齢の娘なら微笑ましいもんだ。なんとなく虐め甲斐のありそうな娘だったんで、私はいそいそと少女に寄り添って左腕に手を添える。
「そうね、決定権は貴方にあるものね。それで、どんなふうに楽しませてくれるのかしら?」
にっこりと笑ってあげると、少女は少しキョドった後で「楽しみにしてなさい!」と横を向いたまま叫んでくれた。これは、からかってあげなきゃバチが当たるね! 笑いを噛み殺しながら、私は気弱そうな表情で言う。
「私の名前は黒羽聖子[くろは せいこ]よ。あんまり経験ないから、あなたに色々教えてもらえると嬉しいわ」
ええ、もちろん大嘘でぇ~~す!
行きずりにえっちだけした女の子まで含めたら、両手両足の指でも足りないし♪
「そ、そうなんだ! ア、アンタって美人だけど、そういえば、美人ほど恋愛経験ないって聞いたことあるわ」
ナンパしてくれた少女は、私のセリフを聞いた途端にドヤ顔になって、自分の名前を名乗る。
「あたしは、緑埜芹愛[みどの せりあ]よ。きょ、今日は、あたしがアンタを可愛がってあげるわ!」
いやぁ、この聖子さんを可愛がれるくらいのテクニックがあれば、人生それで食べていけると思うよ、うん。
よし、正直悶々とした気分だったし、この生意気な娘をホテルでイジメまくって、ちょっと気晴らしさせてもらおうっと!
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