第42話「レイドボス編① 今度こそ、咲良ちゃんと初デート!」
吹き抜けていく風は爽やかで、雲ひとつない快晴の日曜日 ──時刻は午前7時30分過ぎ。ターミナル駅でホームに降りた私は、待ち合わせ場所の私鉄への連絡口がある中央階段へと歩いた。
日曜日だということもあって、相変わらず朝も早いのに、ホームは乗客でかなり混雑している。歩きスマホは危ないからやらない。雑踏の中を、私は顔をまっすぐに上げて、すたすた大股で歩く。
今日の私は、シックな黒のオールインワン・コーデに襟ぐりの深い白のカットソーを合わせたスタイル。髪は後ろで上げてまとめて、ちょっと古めに見えるギブソンタックにして、こめかみにはおくれ毛を。足元はポインテッドトゥのローファー、肩から下げてるのはキャンパス地の割と大判のトートバッグ。一応、全部ブランド物で、ちなみに下着だってオーバドゥの上下でバッチリ決めちゃってたりしてる訳で。
すれ違う人がみんな振り返ってくれる気がするけど、まあ、さすがにそれは自信過剰ですよね、きっと。でも、気合を入れて来たのは紛れもない事実。オシャレはやっぱり気分をアゲるからさ。
ねぇねぇ?
たまにオジサンとかで、女がオシャレをするのは男漁りをするためだって決めつけてるのがいてウンザリしない?
オジサンだって、新品のワイシャツにお気に入りのネクタイしめたらアガるでしょ?
それと同じこと。
もしくは、新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝とか?(ジョジョ・ネタを差し込んでみたりして)
もちろん、男漁りをするためってのもアリ。でも、女はそれだけでオシャレをしてる訳じゃないんですよ、オジサン。オシャレはある種の決意表明って場合もある。まずは、形から入るって言うじゃない? じゃない?
と、いうか気分をアゲないとやってられないくらいに最近の私の人生は波乱万丈過ぎる訳で。
ふと、すれ違う人混みの中に黄許花梨[きもと かりん]ちゃんと青祈芽皐[あおき めいさ]ちゃんみたいな子がいた気がして、息が止まった。
ポニーテールで陽気な小動物っぽい少女と、長い黒髪で凛とした生真面目な雰囲気の少女。慌てて振り返るけど、もちろんそんな女の子はいない。なんとなく、苦い実でも食べたような気分になる。一週間前の雨の日曜日、突然かかってきた芽皐ちゃんの電話をきっかけに、まあ、その色々なことがありました。
って、一言で言うと、長い黒髪のいたいけな美少女をお風呂えっちでたらし込んでしまったんですけど。
それはもう、抵抗出来ないのをいいことに、絶頂した回数を申告させるような羞恥プレイまでしちゃいました! 酷い! それが大人のすることなの!? って言われたら、「ゴメンナサイ」としか言えませぬ。まあ、私の人生、だいたいが大人のするようなことじゃないことばっかして、のうのうと生きてきてるんだけどさ。
あの日、芽皐ちゃんがお母さんに電話した後、服を着た私達がホテルを出たのは、18:00過ぎ。
ランドリーサービスで洗濯・乾燥したホカホカの服に着替えた私達は、水たまりを避けながら道路を歩いた。いつの間にか冷たい雨もやんでいて、ああ、こういう街の明かりが滲む空気は、嫌いじゃないんだよねぇ。湿気の有る空気に照明が光って、通り過ぎる人達もみんな表情が柔らかいような気がするから頬も緩む。いつもなら呑んだくれている休日の夕方だけど、まあ、こういうデートっぽいのも悪くないと思ったり。
結局、ホテルでは350mlの缶ビールを2本呑んじゃったから、なんとなく足元がふわついてる感じ。ふと横を見ると、ぴょんぴょんと水たまりを飛び越えている芽皐ちゃんの表情はどことなく明るかった。
実は芽皐ちゃんママは迎えに来てくれると言ってくれたらしいけど、『夜勤でしょ』って芽皐ちゃんは断ったらしい。嫌いとか言ってた癖に、看護師であるお母さんの勤務シフトを暗記してる芽皐ちゃん、萌えだよ。そうか、お風呂出てタオル一枚で電話してたのは、お母さんが夜勤に出る前に電話したかったからなんだね。
「芽皐ちゃんのおうちって、ここからどれくらいなの?」
ホテルを出て最寄りのJRまで歩きながら聞いてみたら、芽皐ちゃんの家は私鉄の終点近くの駅だとか。
「結構、遠いんだね……こっからじゃ1時間近くかかっちゃうんだ」
家に着くのは19:30過ぎになる。夜道は危ないから、私はそのまま一緒に付いていくことにした。桃原咲良ちゃんみたいに変身してひとっ飛びで帰ってくれればいいんだけど、芽皐ちゃん真面目だからねぇ。「着いてっていい?」と聞いたら、芽皐ちゃんは黒髪の端を指先でくるくる弄りながら微笑んでくれる。
そんな芽皐ちゃんと並んで電車に乗った私は、ぼんやりと窓の外を高速で流れ去っていく街の光を眺めた。見たことのない町並みが車窓の外を流れ去っていくのを見ていると、なんとなくセンチメンタル。
あの家に住んでる人とは、多分一生会うこともないんだろうなぁって、そんなこと考えたりしない?
人は、死ぬまでに何人の人と会うことが出来るんだろう。
そして、何人の人と触れ合うことが出来るんだろう。
そんなふうに黄昏れていると、芽皐ちゃんがさりげなく寄りかかって来て、おずおずと手を握って来た。小さな声で「お姉さん」と言う芽皐ちゃんは、今日一日でどんどん大人っぽくなっている気がする。もともと芽皐ちゃんは14歳にしては大人っぽかったけど、それはあくまで無理をした背伸びの大人っぽさ。だけど、私と愛し合った後の芽皐ちゃんは、身の丈に見合ったちゃんと地に足がついた大人っぽさだ。
そのすべすべとして小さな手は嬉しかったけど ──どうしよう、芽皐ちゃんの好意に応えていいんだろうか。
私は、白河柚季[しらかわ ゆずき]に似てる桃原咲良[ももはら さくら]ちゃんに心惹かれていることを、どうしても否定出来ない。柚季。10年以上前に交通事故でこの世を去った大好きな初カノ。いい加減、未練がましいたらありゃしない。だけど、忘れられるならとっくに忘れてる。誰か、綺麗に忘れられる方法を知ってるなら教えて欲しい。
そして、黄許花梨ちゃん。芽皐ちゃんや咲良ちゃんの大切な友達で、プリティ=ピュアの仲間。そんな少女を、芽皐ちゃんより前に好き勝手に弄んだ挙げ句に、同性愛に堕としてしまっている訳で。花梨ちゃんから私を見捨ててくれるならともかく、私から花梨ちゃんを捨てるなんて、どうしても出来そうもない。咲良ちゃんの身代わりでいいと微笑む花梨ちゃん。そんな少女をどうしても嫌いになれない私な訳で。
そんなことを考えている私の腕に、芽皐ちゃんの腕がそっと愛しそうに寄り添ってきた感触が判ってしまう。
日曜日の夕方で都心から離れるルートだから、電車は意外と混んでいて、2人の距離は近い。掠れる声で「ごめん」と囁いた私は、「私は、芽皐ちゃんに好きになってもらう価値なんてないよ」と続けた。その後は、ずっと無言。だけど、芽皐ちゃんは握った手を離さないままだったから、私もなんとなく振りほどけない。
そんなふうにして芽皐ちゃんの家の最寄り駅について、アパートの前まで来たら芽皐ちゃんが立ち止まった。私と繋いでいた手を解くと、「ここまででいいです。送って戴いて有難う御座いました」と微笑んだ。次の瞬間、芽皐ちゃんが私の腕の中にいた。私にしがみついた芽皐ちゃんが、せつなそうな声で言う。
「わたし、母さんから、誰かを困らせるような子になっちゃいけない、って躾けられてきました」
まあ、“誰かに弱みを見せるような人は赤ん坊と同じレベル”の芽皐ちゃんママならそう言うだろうなぁ。なんとなく苦笑してしまった私の胸の中で、芽皐ちゃんが熱い吐息を漏らしながら、小さな声で言った。
「……わたしが好きでいると、お姉さんは困るんですか?」
ガツン!と頭を鋼鉄のハンマーで殴られたような衝撃で、一瞬だけ目の前が真っ暗になる。
ああ、芽皐ちゃんはやっぱりいい子だなぁ。ちゃんと、私が負担なく別れを告げられるお膳立てをしてくれてる。私は、ただ“困る”と言うだけで、責任を芽皐ちゃんママに押し付けて、芽皐ちゃんを振れるんだなぁ。
不意に心臓がキュンと締め付けられて、衝動的に芽皐ちゃんをさらって逃げたくなってしまう。
小さな地方都市で、慎ましく幸せに暮らすふたりの未来が容易に想像出来て、目の端に涙が浮かんだ。たぶん、どんなに貧しくても、芽皐ちゃんはいいお嫁さんになって、甲斐甲斐しく尽くしてくれる。
でも、ダメだ。こんないい子を、私みたいな、ぐだぐだアラサー女のセックスフレンドにする訳にはいかない。
大きく息を吸った私は、締め付けられる胸の痛みに耐えながら ── 「困るわ」と小さく囁いた。
たっぷり時間、無言で私の乳房の間に顔を埋めていた芽皐ちゃんは、ようやく私から体を離して微笑んだ。
「それじゃわたし、母さんの言いつけを破って、お姉さんを困らせちゃうことにします」
あまりにその場に似合わないセリフというのは、理解するまで時間がかかってしまうものだ。たっぷり1分以上放心した私が視線を戻すと、芽皐ちゃんは初めて見る無邪気で悪戯っぽい顔だった。指先でビロードのように滑らかな長い黒髪の毛先をくるくる弄りながら、ゆっくりと口を開く。
「わたしのせいでお姉さんが困っても、わたし、自分の気持ちを大切にしたいんです」
あ、卑怯だなと思ったけど、そんな子供っぽい理屈がどこか痛快で、やられた気分が心地良い。それに、恋なんて、そんなもんだよねと思う気持ちがどこかにあった。恋なんて、卑怯でズルくて醜いものだし。あのバスタブの中で全裸で私に抱きついて来た時の微笑みで、芽皐ちゃんが目を細める。
「わたし、きっと、お姉さんが満足するくらいに、えっちな子になれると思うんです!」
言葉を失っている私に「おやすみなさい」と一礼して、スカートを翻した芽皐ちゃんが軽やかに走り去って行った。私はその背中が角を曲がって見えなくなるまで見つめた後で、肩を竦めて笑うしかなかったんだよね。
それが、一週間前の日曜日。ああ、もうあの衝撃から一週間経ってしまったんだなぁと、しみじみ。そんなことを考えつつ歩いていた私は、いつの間にか待ち合わせの中央階段に近づいていたことに気がついた。
目を凝らすと、白河柚季によく似たセミロングの黒髪の、ほんわか系の美少女が微かに見える。彼女こそ、今日のデートの相手の14歳の少女 ──正義の味方ピュアフレイムこと、桃原咲良ちゃん。
咲良ちゃんとの初回のデートは、ドタキャンされた挙げ句に、一緒に遊んだのは花梨ちゃんと芽皐ちゃんの2人。しかも、花梨ちゃんに至っては、ディナーも食べて夜もベッドで一緒に愛し合っちゃったりした訳で。今日のデートは、それのリベンジ。思えば随分と遠回りをしたと言うか、寄り道ばっかりだったと言いましょうか。まあ、人生なんてもんは寄り道ばっかりだよね!
ってそんなことより、咲良ちゃんですよ咲良ちゃん。
これまで咲良ちゃんは、制服姿と変身後の姿、あとは一糸まとわぬ裸しか見ていないから、私服は初めてだ。纏っているのは、一所懸命選んでくれたんだろう、なんとなく服に着られてるみたいな背伸びコーデ。ジャケットはもっと短めな方が似合うのに、とか、スカートが反対色でイマイチ野暮ったいかな、とか。オシャレに慣れてないのがモロバレだけど、でもそんなところも可愛く見えてしまうのは、惚れた欲目かな?
ニマニマしながら近づいていくと、なんか違和感……って、咲良ちゃんの表情が強張っている!
手に持ったスマホで必死に何かを見てるけど、今日のデートプランは私に任せてくれてるはずだったよねぇ。え、えっと? 私とデートするのがそんなに厭だった? いや、でもそれなら断ればいいのに。戸惑いながら挙動不審になっちゃうけど、更に近づいた途端 ──なんとなく咲良ちゃんの表情の理由が判った。ただ、表情が強張ってる理由は判ったんだけど、逆に“その娘”がいる理由がぜんぜん判らない。
そう、咲良ちゃんの隣には車椅子に座った咲良ちゃんの妹、桃原実鈴[ももはら みのり]ちゃんがいたのだ。
今回のデートの打ち合わせをするメッセージ交換の中で、実は実鈴ちゃんのこともデータ収集していた。咲良ちゃんは、実鈴ちゃんと2人姉妹で、実鈴ちゃんは1歳年下で現在は中学一年生の13歳。同じ中学校に通っているそうで、登校はいつも一緒で、咲良ちゃんが送り迎えをしているのだそうだ。って、実はここまで知るのもかなり苦労した。咲良ちゃん、実鈴ちゃんのことになるとマジで口が重いんだもん!
挙句の果てには『 や っ ぱ り 、 あ た し よ り 実 鈴 に 興 味 が あ る ん で す か 』と怒りんぼモードに入ってしまう。
いや、さすがにそこまで見境なしじゃないですよ。そういえば“やっぱり”ってどういう意味だったんだろう? あと、“あたしより”って? 判んないけど、まあいっか。って適当な自分の性格が今となっては恨めしい。
後で考えると、もう少し私はこだわるべきだったんだよね。そうしたら、咲良ちゃんとの未来も変わっていたのかも。
でも、この時の私は、せっかくのデートに妹を連れて来た咲良ちゃんに戸惑ってしまっていた。なんだろう、私に襲われて押し倒されるのが怖いから、妹を防波堤にするつもりで連れて来た、とか?いや、それならそれで正しい考え方かもしんないけど、デートなんて押し倒してナンボでしょ( 危 険 思 想 )
モヤモヤとした気分で近づいていく私を見つけた咲良ちゃんが、なんとも困ったように微笑むのが見えた。
「あ……お姉さん、おはようございます。そ、その予定が少し狂ってしまって」
なんだろ? もちろん、デートに予定外の人間を連れてきちゃったお詫びの気持ちは判るんだけど。咲良ちゃんの顔は、それと同時に、何かを私に訴えているような、せつなくて複雑な色の瞳。
そういえば、咲良ちゃんはいつもふとした瞬間にこんな顔をしていたなぁと、今更ながら気づいてしまう私だった。
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