第13話 「予想外の修羅場!」

現場 ──すなわち、昨日ぶりのショッピングモールに着いた時の私は息も絶え絶えな状態だった。


ウサ公の電話に「すぐ行く」と答えた私は、「外回りに出ます!」と宣言してすぐタクシーに乗車。ところが(まあ、当たり前と言えば当たり前だったんだけど)モールから結構離れた場所で


「お客さ~ん、ここから先は過激派のテロで立入禁止区域になってるようですよ」


と、運転手さんが車を止めてしまった。


そりゃそうだ!


結局、そこからモールまで私は全力疾走。決して足は遅い方じゃないけど、右手をギプスで吊ってると走りにくいこと、この上ない。モールの入り口、ウサ公が“張ってる”はずの結界を通り抜ける時にビリっとちょっとした痺れが走った。この間は、酔っ払ってたからこれに気付かずに隔離空間に足を踏み入れちゃったんだろう。無人のモールをキョロキョロ見渡すと……


なんか、空中でドンパチやってる!

あそこの下か!


近づくにつれて、プリティ=ピュアちゃん達の戦闘の派手な音がどんどん大きくなっていく。


「ごめん、遅くなっちゃった! 状況はっ!?」


ウサ公を見つけて、ゼイゼイ言いながら駆け寄ると、ヤツは「申し訳ないウサ!」と頭を下げてきた。


「実は、敵のバード・コワスーンの動きが速すぎて、全然反撃が出来ないウサ!」


視線を空中に向けると、人間の3倍くらいの大きさの ──あれはハヤブサ型のモンスター?  確かに、その鳥怪人の突進攻撃は超高速な上に高威力らしく、少女達は防戦一方だ。攻撃モーションに入ったピュアフレイムが突進を受け、「きゃあ!」と弾き飛ばされる。慌ててガードモーションを取るピュアランド、だけど攻撃は再度フレイムを狙ったから無駄になってしまう。一応、3人は空中で三角形に散らばって集中攻撃を受けないようにはしてるようだけど……


「ガードしてても体力を削られるし、ガードを解くと狙い撃ちにされてダメージばかりウサ」


絶望した声でウサ公が言うけど ──えっと、あれ? 別に鳥怪人の動きを読めばいいじゃないの? 私は、凄い違和感を覚えてまじまじとウサ公を見てしまうが、ヤツは焦っているのかそれに気付かない。


「ヤツが次に誰を攻撃するか判れば勝ち目もあるのに……な、何か良い策はないウサ!?」


ちょうど、鳥怪人がモールに立ってるオブジェの上から突進攻撃に移行しようと羽を広げた。


「……あの大きな鳥がどっちへ跳ぶか判れば良いんでしょ? そんなの簡単じゃないの」


深呼吸して息を整えた私は、言葉を失ってるウサ公に構わず少女達に大声を張り上げる。


「ウォーターはガードっ! フレイムはウォーターに向かって攻撃してっ!!」


私の声を聴いたフレイムが「ああっ、お姉さん!!」と歓喜の表情で叫ぶ。ウォーターは「なんで、貴方の指示で!?」と拗ねたように叫ぶけど、意外にちゃんとガード。読み通り鳥怪人はウォーターに突撃、でガードされて停止、そこへフレイムの攻撃が炸裂!


「す、すごいっす! お姉さんがいれば百人力っすよーっ!!」


視界の端っこで、黄色のツイテをぴょんぴょん揺らしながらランドが嬉々としてはしゃいでる。


苦しそうに悲鳴を上げた鳥怪人は、さっと下がってから別のオブジェの上で体勢を立て直し。鳥怪人はキョロキョロ首を振った後で、突進攻撃の為に羽を大きく振りかぶる。


「ランドはガード! ウォーターはカウンター、全力全開っ!!」


私の声と同時に鳥怪人がランドへ向い、待ってましたとばかりにウォーターの強烈カウンター! 特大ダメージを受けた鳥怪人は地上に墜落した。こうなったら、もう少女達の独壇場だ。3人のプリティ=ピュアちゃん達は、断末魔の鳥怪人を取り囲んでボコボコとタコ殴りにしている。


うん、あの思い切りの良い集団リンチはグループヒロイン物の醍醐味だね!


「……本当に助かったウサ! しかし、アンタはマジで凄いウサ!」


いやいや! 鳥って、飛び立つ前に一番長く確認していた方向へ翔び立つもんだから。ただ、何度か首を動かす中で、どの方向を凝視してるかの見極めにはちょっとしたコツがいる。バードウォッチングだと、その“動線”に沿って双眼鏡を動かせるよう構えるのが常識。昔、ガールスカウトでバードウォッチングやらされたんだけど、最近の若い子はやらないのかなぁ?


逆に、14歳の少女達とマスコットキャラにそれを求めるのは酷なのかもしれないけど。ぼこぼこにされた鳥怪人が消失するのを眺めていると、隣に浮いているウサ公が口を開いた。


「仕事で忙しいところを呼び出して悪かったウサ。ちゃんと補填はさせてもらうウサ」

「時給分でも払ってくれるっていうの? 悪いんだけど、私、これでも結構高いわよ」


私が茶化すようにウインクすると、ウサ公は肩を竦めてモフモフの毛の中から電卓を取り出す。


「プリティ=ピュア以外の現地人にヘルプして貰った場合、日当があるウサ」


日当ねぇ……。


まあ、タクシー飛ばした分、往復で端数切捨て5千円くらい貰っとくかな。パシパシと前肢(?)で器用に電卓を叩いていたウサ公が、計算を終了して顔を上げた。


「基本給に危険手当と緊急手当、秘密保守手当で、しめて日給14万7,544円になるウサ」

「やっぱり1円も要らない」


私はジト目で即答する。

あんな常識レベルの知識を助言しただけで、15万も貰えるかぁ!


「15万ウサよっ!? 確定申告しなくていいから、ポケットに入れちゃえる金ウサよ!」


驚いたように詰め寄って来るウサ公の首根っこを、近づいてきた誰かが指で摘まんでどかす。


「ウサビット……。お姉さんは、お金なんかのために助けに来てくれたんじゃないの」


そこにいたのはピンクのセミロングの髪に、同じくピンク系統のキラキラ・コスの美少女戦士。


「お姉さんは、『大事』に思ってる子を助けるために駆けつけてくれたんだから」


桃原咲良ことピュアフレイムは、私の前に立つと、もじもじと両手の人差し指をすり合わせる。


「助けてくれてありがとうございました、お姉さん。──あ、あの! 私の書いたメモ見て戴けましたか?」


「ちゃんと読ませてもらったわ。日曜日、楽しみにしてる」


「良かったぁ……。私、お姉さんのお役に立てることなら、なんでもやりますから」


上目遣いに見つめてくるフレイムの瞳が潤んでいて、答える私は恋愛的にドキドキしてしまう。


あれ?


これは本気で、ムード次第では咲良ちゃんをベッドに連れ込んでエッチし放題?


美少女戦士コスの下にあるはずの、咲良ちゃんの華奢な身体と陰毛がふと透けて見えた気がする。ごめん、やっぱ柚希に似てる咲良ちゃんの顔は私的にドストライクなんでござる。お前は武士か。


「また、あたしを助けに来てくれるなんて嬉しいっす!」


甘い雰囲気を破るようにピュアランドの能天気な声が響き、フレイムがムッとしたように見えた。気が付くと、ピュアランドとピュアウォーターの二人も戦闘を終えて集まって来ている。


「……あら、今日は酔っ払っていないんですね」


長いクリアブルーの髪のピュアウォーターが、ツンと横を向いて嫌味っぽく言う。思わず苦笑した私が


「まあ、勤務中だしね」


と答えると、ウォーターは顔を赤らめて目を伏せる。ウォーターが


「大人なんて絶対に信じないんだから……」


と呟いているのが微かに聞こえた。うーん、この子はなんだか色々と、こじらせてるっぽいなあ。ため息を吐く私の右にランドが寄り添う。


「でも、本当のお姉さんはいつだって酒浸りなんですもんね」


リナのセリフの真似をしてニコニコ笑う、ランドの天然さがなんとなく心地よく感じる私。ふと気が付くと、私は左手にフレイム、右手にランドと『両手に花』状態になっている。


「あ、あの! お姉さん! またお姉さんのおうちに行けるの、あたし、嬉しいです」


ランドの言動を睨みつけていたフレイムが、いきなり誰かに聞かせるような口調で話し始めた。


「お姉さん手作りの肉じゃが美味しかったし、ま、またお風呂でお背中流させて欲しいです!」


なんなんだ、いきなり!? 戸惑った私がちらっと横を見るとランドが唇を噛み締めてる。花梨ちゃんどうしたの? と私が言おうと瞬間、地面を睨みつけてるランドが大声で叫んだ。


「お、お姉さんが! あたしだけに御馳走してくれたパフェ、す、すっごく美味しかったです!!」


ヤケになったような口調がなんかランドっぽくないから、私とウォーターが揃って目を丸くしてしまう。


「デートの時のお姉さん、本当にあたしにだけ優しくて! 素敵で! 楽しかったですっ!!」


肩を震わせるランドに声を掛けようとした瞬間──私の左腕が、異常に強い力で引っ張られた。



「へぇー? ……そ、そうなんですかぁぁぁ」



ぎょっとして振り返ると、満面の笑みのピュアフレイム。

だけど、目がぜんぜん笑っていない!!


「お姉さん、いつの間にかランドとデートしてたんですねぇぇぇ…… ふぅーん……  そっかぁぁぁ……」


一切の感情が入っていないセリフは、地獄の底から響いて来たような冷たい声だった。

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