第40話 とある姉弟の100日間:気づき
放課後。まりあは、自分の部屋でセーラー服姿のまま、ベッドに寝転びながらスマホを見ていた。
部屋の本棚には、春野咲希先生の作品が並んでいる。『よし恋』の全巻、そして最新作『ほしみのひみつ』。どれもまりあの宝物だ。
タイムラインをスクロールする。いつもの日常。友達の投稿、面白い動画、そして日課となっている春野先生のツイートを巡回していた。
春野先生のリツイートが目に留まる。
まりあは画面を凝視した。
美しい瞳のアップ写真。そして、大きく「100」という数字。
「!!!」
まりあは思わず声を上げた。
隣の部屋から、まりあの弟、のえるの声が聞こえた。
「……なに」
のえるの声は、いつも通り興味なさそうだった。
「ねーねーねー!のえる!!」
まりあは飛び起きて、隣の部屋のドアを開けた。
のえるは机に向かって宿題をしていた。振り向きもせず、ため息をついた。
「……あー、はいはい」
「春野先生がリツイートしてるの!見て見て!! これってほしみのひみつの『ほしみ』の目だよね~?」
まりあはスマホを突き出した。
のえるはちらりと画面を見て、また宿題に戻った。
「……どうかなー?」
「もー、全然興味ないじゃん。でもなんで先生が他のアカウントのリツイートをするんだろう?」
まりあは不満そうに言ったが、のえるは無反応だった。
まりあは自分の部屋に戻り、改めてリツイートされている元のアカウントを開いた。
@oto_fes
フォロワー:0
投稿:これだけ
プロフィール:100日後、何かが起こる
「何これ……? 何かって何?ほしみのひみつの何か?すごい気になる!」
まりあはフォローボタンを押した。
この瞳、『ほしみのひみつ』のほしみに似ている。
何かが始まろうとしている。そんな予感がした。
◆ 99日前
朝、学校に行く前。
まりあはスマホをチェックした。
@oto_fesが更新されていた。
画像:ペンを持つ手元。下書きの線画を丁寧になぞっている。そして画像の隅に「99」という数字。
「ペン入れしてる……これって春野先生が絵を描いてる様子かな!? あ、99って書いてある! カウントダウンしてるんだ!」
まりあは興奮しながら画面を拡大した。
「ということは……99日後に何かある!?」
◆ 98日前
放課後。
画像:ペン入れが進んでいる。髪の毛の繊細な線。ほしみの特徴的なアホ毛が見える。
「これ、絶対、ほしみでしょ!」
まりあはベッドの上で一人興奮していた。
◆ 97日前
夜、ベッドの中。
画像:デジタルで色を塗り始めている画面。肌の色が塗られている。
「カラーリング始まった!」
◆ 96日前
画像:髪の色が塗られている。ほしみの特徴的な髪色。
「やっぱりほしみだ!」
まりあは興奮した。
◆ 95日前
画像:瞳の塗り込み。ハイライトが入って、生き生きとした瞳になっている。
「目が綺麗……!」
その日の昼休み。
まりあは親友のミクに声をかけた。
「ミクー、このアカウント知ってる?」
ミクはスマホを見て首を傾げた。
「@oto_fes……おとふぇす?なにそれ?」
「あたしも全然わかんないの。なんかこの前から、春野先生がリツイートしてるの。毎日カウントダウンしてて」
「え? 春野先生がリツイート? しかも、これって『ほしみ』だよね?」
「だよね、ミクもそう思うよね!?」
「うん。どうみても『ほしみ』。100日後に何かが起こる……? 以前話題になったワニみたいだね」
「ワニ? あたしはよく知らないけど、何かカウントダウンしてるのよね。何のカウントダウンか分からなくて気になってるの」
「面白そう。私もフォローする」
ミクもその場でフォローボタンを押した。
まりあは嬉しくなった。一緒に見てくれる人ができた。
◆ 94日前
画像:イラスト全体に光の効果が加わっている。キラキラとした仕上げ。
「エフェクトすごい!」
◆ 93日前
画像:完成したほしみのイラスト。背景は透過処理されていて、デジタルデータとして仕上がっている。
「完成した!綺麗……!」
◆ 90日前
画像:ポスターのデザイン。先日のほしみのイラストが大きく配置され、何かのイベント告知のようなレイアウト。
「え、ポスター? 何かのイベント?」
◆ 88日前
画像:ポスターのデザインが、のぼり旗として商店街に飾られている。一部分だけが映っている。
「このポスター、どこかにあるのかな!見に行きたい。でも、一部分過ぎてわからない」
◆ 87日前~85日前
画像:少しずつカメラが引いていって、徐々に全体が見えてくる。のぼり旗と、その向こうに商店街の建物が見える。
「商店街?これどこの商店街だろう」
まりあは、SNSで調べてみる。他にも、「これどこの商店街!?」って聞いてるアカウントがあったが、まだ同定できてないようだ。
◆ 84日前~80日前
画像:さらにカメラがひいていってカウントが80になったその日、ついに、「ほしみのひみつコラボ開催中」の文字が画面にうつる。
「コラボ!!! これってほしみのひみつが、聖地だ!!!」
まりあは思わず叫んだ。
すぐにミクに電話をかけた。
「ミク!見た!? ほしみのひみつとコラボしてる商店街があるの!!」
「見た見た!すごいよね! 本格的なコラボだよ!」
「絶対行きたい! ミクも一緒に行こうよ!」
「うん、行く行く! でもどこの商店街かまだわからないよね」
「それがまだわかんないの! あー、もうじれったい!」
まりあとミクは興奮しながら、次の投稿を待つことにした。
◆ 78日前
画像:各店舗のコラボ商品。「ほしみの好きなメロンパン」のポップが見える。
「メロンパン……! ほしみが食べてたやつ!」
まりあは興奮したが、場所がわからない。じれったい。
◆ 76日前
画像:カフェのコラボメニュー。「ほしみのブレンドコーヒー」。
「コーヒーまで! どこなの!? 早く教えて!」
◆ 74日前
画像:文房具店のコラボグッズ。ほしみのイラスト入りノートとペンケース。
「グッズも売ってる! 欲しい! 行きたい!」
◆ 71日前
画像:書店のコラボコーナー。『ほしみのひみつ』全巻とグッズが並んでいる。
「すごい……商店街全体がコラボしてる……」
まりあは焦らされながらも、毎日の投稿を楽しみにしていた。でも、場所が同定できないのがもどかしい。
◆ 70日前
画像:ついに商店街の入口の写真。「音光商店街」。
「!!! 音光商店街!どこにあるんだろう?」
まりあはすぐにGoogle検索をした。
音光駅……家から1時間くらい。
「行ける!!」
まりあは急いでミクにLINEを送った。
「ミク!! 音光商店街だって!! 音光駅!! 家から1時間で行ける!!」
すぐに返信が来た。
「見た見た! 聖地じゃん! 絶対行こう!!」
「今週末行かない!?」
「行く行く! メロンパン食べたい!」
「グッズも買う!!」
まりあの心臓は高鳴っていた。
◆
その日の午後。
ミクが遊びに来た。二人はまりあの部屋で、聖地巡礼の計画を立てていた。
「よーし、じゃあのえるにも声かけてみよう!」
まりあは隣の部屋のドアを開けた。
「ねーねーのえる! 今週末、音光商店街に聖地巡礼に行くの! ミクも一緒だから、のえるも付き合ってよ!」
のえるは面倒くさそうに答えた。
「嫌だ」
「もー! いいから付き合ってよ!」
「……なんで俺まで。二人で行ってくればいいじゃねーか」
「のえる、あんた、か弱い女の子二人で遠出させるつもりか?」
「はぁ!? お前のどこが『か弱い』だよ!」
「細かいことうるさいわね。ぶっ飛ばすわよ」
のえるはため息をついた。
「……ほら見ろ、全然か弱くねーじゃねーか」
「のえる! お願い! 付き合って!」
急に上目遣いに甘えるムーブをするまりあ。
「……はぁ、わかったよ」
のえるは諦めたようにため息をついた。
「よし! 決まり! まりあとミクとのえるで聖地巡礼だ!」
まりあは嬉しそうに笑った。
◆
夜。
まりあはベッドでスマホを見ていた。
「週末、聖地巡礼だ……! 楽しみ! ミクとのえると三人で!」
隣の部屋から、のえるの声が聞こえた。
「……はいはい」
まりあは笑った。
のえる、いやいやだけど、きっと楽しんでくれるよね。
気づけば、毎日20時に@oto_fesをチェックするのが習慣になっていた。
明日は何が投稿されるんだろう。
そう思いながら、まりあは眠りについた。
◆
隣の部屋。
のえるは机に向かって、スマホをいじっていた。
@oto_fesのアカウントが画面に表示されている。
「……別に興味ねーけど」
のえるは小さくつぶやいた。でも、スクロールする手は止まらない。
明日の投稿、何だろう。
そんなことを考えて、のえるは慌ててスマホを閉じた。
「……関係ねーし」
100日後、何かが起こる。
その日が、少しずつ近づいていた。
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