第21話 作戦会議
告白から一夜明けた放課後。
美月はあいも変わらず月美の姿をしている。それは作戦をバラしたのはクラスメイトのみで他のクラスにはまだバラしていないからだ。
2-A教室では、クラス全員が机を円形に並べ替えて特別な作戦会議の準備をしていた。
「では、改めて作戦会議を始めましょう」
委員長が立ち上がって宣言する。月美も隣に並んだ。
「みんな、昨日は本当にありがとう」
月美の言葉に、クラス全員が頷く。
教室の後ろには、MHKディレクターもカメラと共に参加していた。もはや撮影が日常の一部になりつつある。
「まず現状を整理します」
委員長がホワイトボードに段階を書き出していく。
・第1段階:月美の個人技術習得:完了
・第2段階:一ヶ月のモデルケース実施:完了
・第3段階:クラスに展開し、学校全体への展開準備:今ココ
・第4段階:全校規模での実装:TODO
・第5段階:文化祭本番での完全実行:TODO
田島が手を上げた。
「で、第3段階って具体的に何をするんだ?」
月美が答える。
「まず、俺が今できることを見てもらおう」
月美は一度メイクを落としてから、改めて持参していたメイク道具を取り出した。手慣れた様子で自分の顔に向かう。
月美の化粧術は最適化を尽くした結果、当初2時間かかっていたが、15分に収まるようになった。
「おおー!」
「やっぱりすげー!」
完璧に女装を完了した月美を見て、クラス全員から驚嘆の声が上がる。
「これを俺たちもできるようになるのか?」
佐藤が不安そうに呟いた。
「俺でもできたんだからお前らもできるよ」
月美は励ました。
その時、ふと田島が深刻そうな顔で手を上げた。
「ところで、大事な話があるんだが」
月美が振り返る。
「なんだ?」
「美月、お願いだから、月美姿のときは女性言葉にしてほしい。すげー違和感」
クラスメイト一同が頷く。
月美の顔が青ざめた。
「ええええ……」
月美は深くため息をついた。演技の上に演技を重ねる日々がさらに複雑になっていく。
◆
「で、実際どのくらい大変なんだ?」
田島が率直に聞いた。
「毎日練習するの?」
佐藤も続く。
「俺たちにもできるかな……」
鈴木の声に不安が滲む。
「失敗したらどうしよう」
山田も心配そうだ。
月美は安心させるように言った。
「最初は私も全然だめだったの。一回2時間くらいかかってたわ」
「二時間……」
「マジか……」
「俺、集中力もたねぇよ」
「手も震えそう」
田島と佐藤が不安そうに顔を見合わせる。
「しかも毎日やらなきゃいけないんだろ?」
鈴木が現実的な問題を口にした。
「朝の準備時間どうすんの?」
山田も心配している。
「でも、みんなで一緒なら大丈夫よ。一人一人違うアプローチがあるから」
月美は励ますが、内心では課題の大きさを痛感していた。
委員長が続ける。
「個人差は必ずあります。身長、体型……でも、それぞれに合った方法があるはずです」
中島が手を上げた。
「俺、背が高すぎない?185cmもあるんだけど」
「女子で185cmって、バレーボール選手レベルじゃん」
田島がツッコんだ。
松本も続く。
「逆に俺、童顔すぎて不自然になりそう。中学生に見られるし」
「確かに松本は幼く見えるな」
佐藤が同意する。
加藤は筋肉を気にしている。
「運動部だから筋肉が目立つ。肩幅とかどうカバーすんの?」
「服のサイズも難しそう」
鈴木が実践的な心配をする。
さらに新たな問題も浮上した。
「声はどうすんだ?」
山田が根本的な疑問を投げかける。
「俺、声変わり完全に終わってるし」
月美が頷く。
「確かに、私一人の経験だけじゃ限界があるかも。みんなそれぞれ違うアプローチが必要ね」
委員長が提案した。
「各分野で詳しい人はいませんか?」
その時、美原が手を上げた。
「メイクなら俺が担当したい」
美原の発言に、クラス全員が期待の目を向ける。
「マジで?助かる!」
田島が安堵の声を上げた。
「美原って、そんなの得意だったのか?」
佐藤が驚いている。
美原は少し照れながら答えた。
「姉貴の影響で、けっこう詳しいんだ」
「どのくらい詳しいの?」
鈴木が興味深そうに聞く。
「プロの技術書とか読まされたり、YouTubeでプロのメイクアップアーティストの動画見させられたりした」
「すげー!」
「すげーけど、美原の姉ちゃんの横暴の結果だよな、これ」
「確かに……」
「まあ、色々言いたい気持ちはあるんだが、なんだかんだで基礎から応用まで、一通りは把握してるつもり」
美原の説明に、クラス全員の表情が明るくなっていく。
「これで俺たちも安心だな」
中島がほっとした表情を見せる。
◆
ひとしきり化粧談義が盛り上がったところで、委員長が続ける。
「美原くんのメイク担当の立候補すごく助かりました。
こんな感じで専門家チームを立ち上げてもいいかもしれないですね」
黒板に
・メイク標準化担当→美原くん
・メディア戦略担当
・デザイン担当
・セキュリティ、危機管理チーム担当
などと書いた。
「このあたりの担当者を決めたいのだけど、立候補してくれる人はいないだろうか?」
教室に静寂が訪れる。みんな自信がないのか、視線を逸らしている。
委員長が待っていると、網野が恐る恐る手を上げた。
「あの……SNSとか情報戦略なら、少し経験があります」
「どんな経験?」
月美が優しく聞く。
「バイト先でInstagramの運用とか、SNS戦略とかやってるんです」
「それって、すごいじゃん!」
田島が驚く。
「フォロワー数の増やし方とか、バズらせる方法とか分かるの?」
佐藤も興味津々だ。
「まあ、基本的なことなら……」
網野は謙遜しているが、クラス全員が注目している。
次に野崎が手を上げた。
「デザイン関係なら、多少は……」
「野崎もか!どんなデザイン?」
鈴木が身を乗り出す。
「ポスターとか、チラシとか、PhotoshopやIllustrator、クリスタは使えます」
「おおお!」
「あと漫画とか……」
ボソっと鈴木が言う。
「同人誌とかやってんの?すげーな」
山田が感動している。
「あー…いやー…」
最後に護堂がゆっくりと立ち上がった。
「セキュリティや危機管理も必要だと思います」
「護堂、そっち方面詳しいの?」
中島が聞く。
「父親が警備会社勤務なので、リスク管理の話はよく聞いてます」
「なるほど、そういう知識があるのか」
松本が納得する。
「万が一バレた時の対策とか、情報漏洩防止とか、そういうのも大事ですよね」
護堂の冷静な分析に、みんなが頷いた。
田島が感心して言った。
「専門チームがあると心強いな」
佐藤も頷く。
「各分野のプロがいるじゃん」
委員長が黒板を振り返り、チーム構成を整理した。
「では、正式に決定させていただきます」
・メイク標準化担当→美原くん
・メディア戦略担当→網野くん
・デザイン担当→野崎くん
・セキュリティ、危機管理担当→護堂くん
「このメンバーでスペシャリストチームを結成しましょう」
月美が嬉しそうに言った。
「本当に心強いわ。私一人じゃできないことばかり」
MHKディレクターが前に出てきた。
「すみません、撮影の観点からも一言よろしいでしょうか」
クラス全員が注目する。
「実は、この企画の成否は技術面だけでなく、説得力にもかかっています」
「説得力?」
委員長が聞き返す。
「はい。視聴者が『本当に女子校だ』と信じられるレベルまで到達しないと、番組として成立しません」
「つまり、中途半端じゃダメってことか」
田島が理解した。
「その通りです。プロの目で見ても違和感のないレベルが必要です」
ディレクターの言葉に、教室の空気が一気に重くなった。
「でも、皆さんのチーム編成は本当に素晴らしい。これなら期待できます」
加藤が現実的な質問をした。
「で、俺たち残りのメンバーは何すればいい?」
委員長が答える。
「皆さんは実際に技術を習得する実践チームです」
「各専門チームからの指導を受けて、実際にマスターしていく」
月美も補足した。
「みんなそれぞれ違う課題があるから、個別対応も必要よ」
◆
しかし、現実的な不安も残っている。
中島が率直に言った。
「正直、できるか不安だな」
松本も頷く。
「プロレベルって相当高いハードルだぞ」
それでも、美原が決意を込めて言った。
「メイクの基礎から応用まで、姉貴に叩き込まれた技術を全部教える」
網野も続く。
「SNS戦略も、バイトで培ったノウハウを全力で提供します」
野崎が小声で呟いた。
「漫画の知識も……役に立つかも」
「え?何て言った?」
田島が聞き返したが、野崎は慌てて首を振る。
「いや、何でもない。デザイン面で全力サポートします」
護堂も真剣な表情で宣言した。
「父から聞いた危機管理の知識、全て活用します」
「バレた時のリスクシナリオも作成しておきます」
月美は心から感謝していた。
「みんな、本当によろしくお願いします」
委員長が最後に確認した。
「では、明日から本格的な特訓開始です」
「失敗は許されない。学校の存続がかかっています」
重圧を感じながらも、クラス全員が声を合わせる。
「おー!」
MHKディレクターがカメラを向けながら呟いた。
「これは、本当に奇跡が起こるかもしれませんね」
こうして、第3段階の幕が上がった。
一人だった月美の孤独な戦いは、クラス全員の挑戦に変わっていく。
しかし、プロレベルの要求という高いハードルが待ち受けている。
専門チームも揃い、本格的な技術習得への道筋が見えてきた。
だが、果たして本当に全員が習得できるのだろうか。
明日からが、本当の勝負だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます