第29話 破滅ヒロインは復讐に燃えない
その週の金曜放課後。
目論見通り、ここ最近では勉強会が日課となっている。
場所は雪海のテリトリーという事もあって、美術室。
俺達が雪海の作業場に邪魔する形で、押しかけていた。
しかし、当の俺はと言うと上の空である。
元々勉強の必要はないし、流れでこの場に居るだけだ。
だから、もっぱら考え事に耽る時間の方が長い。
あれから雪海との話に進展はない。
彼女としても、正直決めあぐねているような気配を俺は感じ取っている。
相手の集団は許せないが、かと言って本気で復讐するのにも抵抗がある様子。
特に俺が否定した手前、思い悩んでいる風だ。
『さくちる』の共通ルートイベントとして、今回の雪海の復讐計画はあくまで頓挫する事に意味がある。
彼女の手を汚させないことが目的のシナリオなわけだ。
このまま彼女が手を引いてくれるならありがたいが……しかし、それはまず第一段階がクリアできただけ。
問題は、このシナリオがエロゲのものであって、そもそもヒロインである雪海が主人公君に惚れるためのきっかけに過ぎないという点だ。
要するに、いくら雪海が立ち直ったところで、暁斗に惚れてもらわなければ意味がない。
そしてその肝心の主人公君と言えば、俺の無理やりなイベント創造によって雪海との接触を達成していたのだが。
「だから、何度言ったらわかるのですか。その式に代入しても答えは出ません」
「あ、あれ。でもさっきは代入しろって」
「それはこの式を変形した後の話でしょう? ……はぁ、本当に人の話を聞かない人」
「ご、ごめんなさい」
恋仲に進展する気配は一ミリも窺えないというのが現状である。
雪海は静かにイラついていた。
目の上の辺りを痙攣させつつ、こめかみをトントン叩きながら暁斗の横顔を睨みつける。
その表情にはデレなど微塵も感じられない。
出会いイベントを無理やり用意したのは良かったが、やはり原作から逸れている以上、雪海がこれをきっかけに暁斗に興味を持つという事はなさそうだった。
考える事が多過ぎて俺はとっくに頭がパンクしそうだ。
もうそろそろ、もっとカッコいい所を見せてくれよ暁斗……。
今のところ、ただの良い奴でしかなくなっている。
エロゲ主人公って、ヒロインから好意を得られない世界線だと、ただの都合の良い優しいだけの男になるんだなぁと謎の学びを得る俺であった。
「その問題、そんなに難しいの?」
「へ?」
と、突如妄想の世界が崩れ去られ、俺は声の主を向く。
そこにはきょとんとした顔の梓乃李がいた。
言われて今度は自分の机に目を落とし、納得する。
なるほど。
俺はずっと同じ問題を広げたまま、別の考え事に耽っていたらしい。
「最近考え事ばっかりしてるよね」
「バレてたか」
「うん。今日も黒目消滅してたし」
例に漏れず白目を剥いていたらしく、俺は自分が怖くなる。
一体どんな人体構造をしているのか、甚だ疑問だ。
黒目消失バグなんて聞いたことがない。
冗談はさて置き、俺は梓乃李にジト目を向ける。
「っていうか、俺の顔見てる暇があるなんて随分余裕だな」
「正直、平均点さえ取れれば私は満足だからね。あと、勉強もせずに変顔して遊んでる人に言われたくないでーす」
「誰が変顔だ。カッコいいだろ」
「……あー、うん。そうだね」
雑にあしらわれ、少し傷ついた。
そして同時に、今日も好感度調整はばっちりである。
雪海から逃げるように休憩に向かう暁斗・右治谷・季沙を眺めつつ、俺は隣で勉強を再開する梓乃李を眺めた。
最近も暁斗との仲は良い感じなようで、よく二人で話しているのを見る。
梓乃李から暁斗への好感度という観点では、原作準拠で良い線行ってるのではないかと思える成果だ。
口を酸っぱくして『暁斗と付き合え』と言い続けた甲斐があった。
だが、どうも不穏な雰囲気も残している。
「私、ずっと豊野君の事見てるからさ。変なこと考えたら、わかるんだからね?」
「なんでずっと見てるんです……?」
「え? あ、いや。それはそのっ。……ま、まぁ幼馴染だからね。長年君の顔を見てるから、ちょっとした変化には気付くんだよ。うん」
「……あぁそう」
こうして、ちょくちょくおかしな事を口走る我が幼馴染。
とても四月に、俺からの声掛けに対して全力で壁を作っていた奴とは思えない言葉だ。
俺の顔を見慣れてるだ?
嘘も程々にしやがれ。
苦笑しながら『大して話した事もない関係じゃん(意訳)』って言ってたのはどこのどいつだよ。
あと、なんとなくわかるとは思うが、俺はやはり多分今梓乃李に監視されている。
それが何の目的故かはわからない。
少し前なら好感度が上がり過ぎていたため、雪海と仲が良くなった俺に梓乃李が節操の無さ感じて嫌悪しているのかな~なんて考える事も出来たが、今は違う。
今の梓乃李にとっては、俺なんかよりも暁斗の方が大事だろう。
俺如きの女関係に一々不貞腐れる道理がない。
あえて自意識過剰に考えるなら、やはり俺からの好意を窺っているとか、そのあたりだろうか。
わざと思わせぶりな事を言って、こちらの気を惹こうとしているのかもしれない。
まぁどちらにせよ、考え過ぎだろう。
うん。
そうに違いない。
と、時間は無駄にできん。
今この場には俺と梓乃李と雪海しかいない。
実はこの状況を、少し待っていたのだ。
俺は一人で絵のラフ作業をやっている雪海にも聞こえるよう、大きめの声で梓乃李に聞く。
「羽崎ってさ、復讐についてどう思う?」
「え、なにそれ」
ぴくっと、視界の端で雪海が反応するのが見えた。
よし、聞いてるな。
それでいい。
梓乃李は俺の問いに一瞬目をぱちくりさせるも、すぐに苦笑した。
「自分一人の時は考えた事あるけど、アレは結局その……君が、ね?」
「あぁ、うん」
雪海に聞かれているため、ぼかして言ってくる梓乃李。
彼女はとっくに俺の暗躍を把握しているため、要らぬ配慮なのだがこの際は良しとしよう。
「私の場合、私以上にオーバーキルしちゃった人がいてさ。なんか怒り通り越して可哀想に思えちゃってるから、復讐とかどうでも良いかも」
「……その節はどうもすみませんでした」
「ううん。あ、でもね。たまに考えるんだよ」
梓乃李はそのままため息を吐く。
「結局多分、自分で仕返ししても後悔してたんだろうなって」
「そうなのか?」
「うん。多分私が今前を向けてるのって、あの人達が落ちぶれたことに満足したからってわけじゃなくてさ。単純にもっと楽しい事が目の前にいっぱいあるからだと思うんだよね」
コンビニにでも行っているのか、暁斗達は都合良く帰ってこない。
「まぁあとシンプルに、私性格悪いからさ。やり返すんなら徹底的にしたいから、むしろ直接は何もしないな。ほら、人間が一番されて嫌な事って存在の無視じゃない? だからあえて大人な対応見せて相手にしない方が、相手にとっては嫌なんじゃないかなって。復讐せずに徹底的に無視して全部なかったように扱ってやるの。あなた達の嫌がらせなんて、私にとっては興味を引くのにも足りない些細な事ですよーって」
「なるほど。眼中にないぜ!って感じで良いな」
「あ、それそれ。……ていうか、これが結局復讐なのかな?」
「そうは思わないけどな」
梓乃李になりにあのいじめに、色々向き合っていたのだろう。
だがしかし、その上で前を向くことを選んだ。
勿論それは、俺が亜実達を徹底的に潰したおかげで溜飲を下げられたという面もあるだろう。
でも仮にそうだとしても、結論として梓乃李が真っすぐに、毎日を楽しもうと向き合えているのは間違いなくて。
雪海はずっと、鉛筆を止めて聞いてくれていた。
視線は相変わらず紙面に落ちているが、それでもわかる。
これはなかなかいい話を聞かせることができたのではないだろうか。
「っていうかなんでたまに蒸し返すの。思い出したくないんですけど」
「悪いな。でもありがとう」
「? どういたしまして」
意味不明そうに首を傾げる梓乃李に、俺は苦笑を漏らす。
それと同時に、やはり不思議に思った。
――なんでこんなに前向きな子が、飛び降りなんていう結末に至るんだろう。
梓乃李と話せば話すほど、度々疑問に思う事だ。
確かに重い一面もあるが、基本的には明るくてその場を楽しむことに夢中な奴だと思う。
そんな子が、何故あんなバッドエンドを迎えることになるのか。
「もー、こっち見すぎだよ」
はにかむ梓乃李に無意識で見惚れつつ、俺は思うのであった。
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