5.結と悟と、黒崎と〜①〜
――コン……ッ。
静まり返った図書室に、その軽い音だけが響いた。
寛が反射的に跳ね上がる。
「ひっ……!? や、やばい、絶対なんか来たって!! こういう時にノックとかマジでやめろってんだよ!!」
「落ち着け寛。泣くな」
「泣いてねぇし!!」
道都は扉を鋭く見据え、あかりの前に立つ。
悟は光の余韻を消しながら、すっと目を細めた。
「……黒崎じゃない。
あの人、ノックなんて“礼儀”ある行動しないよ」
「じゃあ誰……?」
あかりが小さく呟いたその時。
――コン……コン。
今度は、少し強め。
そして――そのあと。
「……あの、ごめんください。
まだ起きてますか?」
柔らかい声が、扉の向こうから聞こえた。
寛が目を丸くする。
「えっ……人間の声……?」
道都も驚いたように目を細めた。
悟は肩の力を抜き、苦笑する。
「……あぁ。あの声、知ってる」
あかりは首を傾げる。
「……あれ、、この声どこかで……」
悟は少しだけ窓の外を見て、呟いた。
「図書室の“元”守護者だよ」
あかりの心臓が跳ねた。
「え……?」
悟は続ける。
「今は教師として学校に残ってる。
――黒崎の、元相棒」
寛「相棒!?」
道都「……あいつか」
悟は小さく頷く。
「敵じゃない。
一度だけ話しておいた方がいいかもしれない」
扉の外の人物は、再び優しくノックした。
「……開けても大丈夫ですよ。
君たちに危害を加えるつもりはありません」
あかりは、ごくりと息を飲んだ。
悟が扉に歩み寄り、ゆっくりと手をかける。
「心配しないで。
ここは僕がいる。
黒崎の関係者でも……“優しい人”だ」
扉が開く。
静かに、音もなく。
そこに立っていたのは――背の高い女性だった。
長い黒髪を後ろで束ね、落ち着いた物腰。
まるで冬の月みたいに、静かで冷たくて、どこか優しい目。
その目が、あかりたちを見回し――ふっと柔らかく細まる。
「こーら。こんな時間まで学園で密会?
なんてね。遅い時間にごめんなさい?」
寛がぼそっと呟く。
「……めちゃくちゃ綺麗な人だ……」
道都が即座に肘で小突く。
「言うな。声に出すな。調子に乗って絡まれるぞ」
「いや、調子に乗るって……!?」
女性は微笑んだ。
「私は水城(みずき)。
昔、この図書室を“守る側”にいた人間です。瀬野君の担任よ」
あかりは息を呑んだ。
悟が頷く。
「水城先生。
……来てくれたんですね」
水城は悟をじっと見て、少しだけ悲しげに微笑んだ。
「……悟君。
光が弱くなっているわね」
寛と道都が同時に悟を見る。
あかりは胸がぎゅっと痛む。
悟は笑って答えた。
「ええ。もうすぐ……限界かもしれません」
あかり「っ……!」
水城はゆっくりとあかりへ視線を向けた。
「あなたが、“鍵持ち”の少女ね」
「……は、はい」
「怖いでしょう。でも安心して。
あなたの選択が、この図書室の未来を決める。
そして――黒崎を止める唯一の手段でもある」
あかりは震えながらも頷く。
「選ばなきゃ……いけないんですよね」
水城は穏やかに微笑む。
「あの夢で見た三つの影。
あれは、この図書室が“あなたに委ねた未来”。
彼らの誰と手を取るかで、物語の姿も変わる」
あかりは胸に手を当てる。
(道都くん、悟さん、寛くん……
私……誰の手を掴んだんだろう……)
水城は静かに続けた。
「そして――黒崎は、その“選択”を奪おうとしているわ」
寛が叫ぶ。
「なんだよそいつ!! 人の人生奪おうとするなよ!!」
道都も真剣な顔で問う。
「黒崎は……何のためにあかりを?」
水城は答える。
視線はまっすぐ、鋭く。
「“記録庫”を開くため。
あの男は、止まった物語を壊してでも進めようとしている」
悟の表情が曇った。
「……だから彼を止めたい。
でも僕はもう……あまり長くは保たない」
あかりの喉が熱くなる。
「悟さん……そんな……」
水城が穏やかに言う。
「あなたが“誰を選ぶのか”。
それが黒崎の望む未来か、それとも――
あなた自身が望む未来か」
図書室に、静かな風が流れた。
その風が――あの日あかりが見た夢と、
同じ香りを連れてくる。
月光。
紙の匂い。
星空の下の図書館。
あかりの胸に、あの声が蘇る。
――さあ、選べ。
――君は誰と共に、この物語を紡ぐ?
あかりはぎゅっと胸に手を当てた。
(……そっか。もうすぐ、来るんだ
あの時の“答え”を出す時が)
そのとき、水城がふっと振り返った。
「……来るわよ。
黒崎の“本隊”が」
悟の光が、静かに揺れた。
道都の拳が固く握られる。
寛が息を呑む。
そしてあかりは――
図書室の扉の向こうへ来る“未来”を、
まっすぐ見つめた。
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