第4話 学習塾アカデミックの正体を暴く

「おーい、節奈」

 振り向くと、そこには村木が立っていた。

 節奈の服装は、デニムパンツに紺の無地Tシャツ。

 村木も似たような、目立たない地味な格好である。

 あまり、派手にすると悪目立ちするという不安もあった。

 村木は「ごめん、今日は兄貴は来れないが、兄貴の紹介といった形でアカデミックに行くよ」


 アカデミック学習塾は、雑居ビルの3階にあった。

 一見、ネットカフェと変わらない。

 しかし、マンツーマンで接客するというのが、根本的に違うところである。

「今日は、見学といった形できたのですが」

 さっそく、個室部屋に案内された。

 すると、ブラウンのブレザー姿の女性が入ってきた。

 なんと、土下座をして三つ指をついた。

「ようこそ、アカデミックにいらっしゃいませ。私はつばきと申します」

 アカデミックの女性講師は、全員花の名前をつけているのである。

 ちなみに男性講師は、本名である。

 つばきが「ようこそ、いらっしゃいました。

 どのコースをお選びですか? 私が御指導させていただきます」

 村木は答えた。

「そうだな。初めてきく社会心理学を選択するよ」

 村木もそれに続いて言った。

「人の心理は誰にもわからない。いや、自分自身の心理さえもわからない。

 だから、今から学ぶ必要があると思うんだ。

 そうしたら、詐欺や暴力の犯罪など、世の中の罠に対処できるような気がするんだ。善は急げだよ」

 節奈はうなづいた。

「そうね。詐欺も暴力も年齢、職業、立場など関係なしに、誰にでも起こりうるものね。被害者が加害者に変身することだってあるわ。

 特に今は、未成年者が甘い言葉に誘惑されて、悪い輩から逃れられなくなる事実が増えてきているのは、紛れもない事実よ。 

 あっ、この頃は未成年者ばかりでなく高齢者も増えてきているといいわね」

 村木と節奈は、つばき講師につくことにした。


 つばき講師は、心理学の本を勧めるだけで特にこれといった講習はしない。

 ただ、ブラウスのホックを三つ外し、大きな胸をすり寄せるように接してくる。

 女性でもときどきドキリとさせられるのだから、男性はどう思うだろうか?

 でも値段は一時間二千円と比較的安価である。

 授業が終わったあと、節奈は

「なあんだ。心理学の本を勧められるだけで、宿題もなにもなかったわね。

 まあ、値段が値段だから仕方ないわね。

 上半身を寄せてくるのは、新しいコミュニケーションの形なのかな。

 韓国のハグに似ているね。まあ、ハグの場合は男女問わず、年齢職業問わず、ギュッと抱き締めるのよ」

 村木は半ば呆れたように言った。

「えっ、男性は抱き締められたら、オレに気があるのかなと誤解してしまうんじゃないか?」

 節奈は苦笑しながら答えた。

「そうね。だから会社社長に言われたんだって。

「私はあなたに愛しているよと言われて喜んでたが、君はホームレスにも同じことをしてたんだね」ってさ」

 村木はなかば納得したように答えた。

「それではこのアカデミックは、韓国式学習塾なのかな?

 昔、韓国クラブというのが流行った時代があったけど、それに似せてるのかな?

 あっ、オレ来週も行くことにしたよ」

 村木はやたら乗り気である。

「ん、もう色気に悩殺されてたりしてね」

 こういう場合は、遊びの体験のない男性ほどクラクラとくるという。

 しかし、なんだかやばそうな予感がする。

 女の第六感とでもいうのだろうか?

 節奈は胸騒ぎを感じた。

 こういう場合、男は色気に目くらましされるのがオチである。

 

 そのときである。

 車道沿いを歩いていた節奈は、不意に後ろから腕をつかまれた。

 声をあげる間もなく、節奈は車に引きずり込まれた。


 後部席の隣りには、イタリア製のスーツを着た三十代の男性が座っている。

 一見、インテリ風のイケメンともいえる紳士風である。

 しかし、平凡なサラリーマンとは明らかに違う、威圧感の漂うワルの輩(やから)専門の独特の雰囲気がいやおうなしに漂ってくる。

 節奈はこんな雰囲気をもった人にであったのは、初めてである。


 節奈の前に座り、ハンドルを握っている運転手が振り向いて言った。

「おい、お嬢ちゃん、これからどこへ行くか、知りたいかい?」

 節奈は沈黙を守ることにした。

 うっかり発言すると、びびっているのを見抜かれ、なにを言われるかわからない。

「あんたが、大人しくオレたちの言いなりになってくれたら、釈放するよ」

 言いなりになるってどういう意味?!

「あんた、この前、アカデミックに行っただろう。

 そのときの女講師を誘いだしてほしいんだ」

 というのはつばき講師のことなのかな?

 節奈は思わず、反芻した。

「あんたに理由を言う必要はない。

 あんたは、ただ言われたことだけを、したらいいんだ」

 節奈は上から目線で、命令されるのが大嫌いだった。

 私は反社の構成員じゃあないんだよ。

 隣に座っているイタリア製スーツが、白いガーゼを鼻にあてる真似をした。

「おとなしく言うことを聞くか、聞かないか、答えは二つに一つしかない。

 それが嫌なら、このガーゼをかがし、あんたを意識不明にさせるぜ」

 節奈は、背筋がゾーッと凍る思いであったが、弱みを見せるのは嫌だった。


 こういったやばい系な場合は、話をわざとはぐらかし、いわゆるアホの真似をするしかない。

「んーっと。どうしたら女性講師を誘いだすことができるのかな?

 私、わからない」

 節奈は、まちがってもつばき講師の名前は出さなかった。

「簡単だよ。ただ、道路の前に誘い込めばいいんだよ」

 節奈は思わず反論した。

「でも女性講師は基本的に、部屋から外へ出てはいけないことになっているそうよ」

 節奈は、苦し紛れにとっさの嘘を言った。

 イタリアスーツは、少々あせったようである。

「なんでもいい。親が危篤だと言えばいいんだ」

 節奈は答えた。

「私の言うことなんて、信用するかしら? かえって怪しまれるんじゃない」

 車はどんどん進行する一方である。行き先はどこなのだろうか?

 まさか半社事務所に連れていかれるわけじゃないだろうね。

「ねえ、そちらさん誰なの? 私と初対面だけど、どこかの組織の人?」

 こういうときは、間抜けたフリをしてとぼけるに限る。

「あんたに言う必要はない。あんたはただ、言われたことだけをしたらいいんだ」

 相変わらずその一辺倒であり、このままでは相手のペースに乗せられてしまいそうである。


 車はどんどん、繁華街へと入っていく。

 ひょっとすると、私このまま、風俗に売られちゃうのかな?

 とりあえず、風俗の世界は十代が一番高値だという。

 千尋は、背筋が寒くなるのを感じたが、思考回路だけは保っていた。


「おい、あんたに聞くけどな、未有の居場所はどこだ?

 そう、今寺高校に通っている未有のことだよ」

 そういえば、未有先輩の母親は、有名大物反社の愛人であり、未有先輩はその娘である。

 ということは、敵方の反社かな?

 

 節奈は答えた。

「私に聞かれても知りません。本当です。

 未有先輩はよく居場所を変えるし、私もあえて居場所を聞かないようにしてるんです。連絡は、スマホでしかとらないことにしてるんです」

「でも、行きつけの店とかあるだろう」

 節奈は落ち着いて答えた。

「未有先輩は、行きつけの店はつくらないことにしているんです」

 そういえば昔、本で読んだことがあるストーリーを思いだした。

 同じ組に属する反社同志が内部抗争を起こし、全国を逃亡生活を送っていた元反社若頭が、なんと現在は牧師になり、現在は麻薬などの青少年問題に取り組んでいるという。

 ひょっとして未有先輩親子も、逃亡生活を送っているのだろうか?

 節奈には、想像もつかない世界である。

 しかし未有先輩とはそういった立ち入った内部事情は、お互い最初から聞かない約束で、付き合っているんだから。


 節奈を乗せた車は、駅を離れたところの小さなマンションのガレージに停車した。

 節奈の前の席に座っている、イタリア製スーツが言った。

「お嬢ちゃん、悪かったな。お詫びのしるしに、お茶ご馳走しますよ」

 そういうや否や、節奈は無理やり腕を掴まれ、ワンルームマンションの一階の部屋に連れ込まれた。


 ひょっとしてレイプされるのかな! それも複数で輪姦されるのだろうか!!

 節奈は恐怖に震えた。

 しかし、なぜか缶のお茶を持たされ、後ろから軽くつつかれた。

「ご苦労様でした。帰っていいよ」

 そう言われただけで、釈放された。

 ドア越しに、イタリア製スーツと運転手が来て

「今日は有難うございました。お疲れさまでした」

と深々と頭を下げたと同時に、急ににらみつけるような目つきで

「こうやって人が下手にでてるんだ。このことは絶対口外するんじゃないよ」

 そう言われただけで、イタリア製スーツと運転手は背を向けて去っていった。



 

 

 

 


 

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