第35話 上位

「何だ……? 各員、一度持ち場に戻れ! 何かが変だ。早く下がれ!!」


 少年が数十メートル後方にある隊長が待機している地点まで戻ってきた時、少年と同様、騎士団の隊長も異変に気付いたようだった。


「どうされました? 戦いも終わりというところで戻ったりして。いえ、見たところ疲労困憊のようですし、戻って来るのもおかしな事では無いですが」

 

「タイタンを見ろ、隊長も言ってるが変だ。関係あるかは分からんがこっちに来る直前、俺たち以外から矢を射たれていた」


 少年は戦場から離れたことで落ち着きを取り戻し、視線を上げながら答える。疲れも思ったより無いし、この頃には手の震えも収まっていた。


「矢ですか……、ん? 確かにタイタンの様子が……」


 少年とヲンヌが二人してジャイアントタイタンに視線を向ける。今は騎士達によって刻まれ続けているが、上半身の方、何やら傷口から肉が溢れだしているように見える。

 

「なあヲンヌ。俺はあれ不味いと思うんだが」


「そうですね。何やら大きくなっているように見えます。ミュンジョー? 集中しているところ悪いのですが、話くらいは聞いていましたよね。早めに重めの行けますか?」


「ええ……まあ後十数秒で……」

 

 その言葉の間、肉の広がりは少年の傷付けた足からも行われ始めた。

 これには、上官の言葉でも少しずつしか後退していなかった騎士達も明確に異変だと分かったようで、陣形を組み始めた。


 

「ミュンジョー、もう少し急げるか?」


 その後、数秒の間は沈黙を守っていた少年だったが、再生するかのように出てくる肉には意味がなくとも言葉を漏らさざるを得なかった。


「あと……ちょっとなの!」


 魔法に関して知識が薄い少年は、その気迫ある言葉に圧されるだけだった。

 

  

「あぁ、クソ! とりあえず1、2、3番隊! 仕留めに掛かれ! それ以外は待機!」


 そしてまた数秒後、肉で覆われ続ける以外動きの無いタイタンに痺れを切らした隊長は、再度攻撃の指示を出す。しかしここで“重め”の魔法の準備をしていたミュンジョーが……


「よし……できたわ」


 魔法を放つための詠唱を始めた。

 

「隊長さん! ミュンジョーが大きな魔法を使いますから、少しタイタンから離らせてください!」


「え? ああ、そうか分かった! さっきの命令は無しだ! 1、2、3番隊! 陣形に戻れ!!」


 その直後、ジャイアントタイタンの右手が伸びる。下がりきれていなかった一人の騎士は、その腕に捕まえられ……握り潰される。


「動き出したか!!」


 誰かが叫んだ。何度も燃やされた腕が動き出した事実は全員に衝撃を与える。軽装の冒険者ではなく重装備の騎士が死ぬのはこの戦いで一人目、衝撃の中に悪寒が混じる。


「そこにて……舞い落ちる……」


 何やら姿が異様なジャイアントタイタンが、膝を立てて立ち上がろうとした瞬間、魔法は完成する。


「ハイ・フェルトハエリア!!」


 先ほどまでの魔法にハイがついただけ。それでも威力と範囲は大きく向上している。炎は、膝立ちのジャイアントタイタンを包み込み、その突風は少年までもが感じられた。


「燃やせ……てるか?」


 少年は目を凝らして炎の中心を見つめる。


「グガァ」


 一瞬だった。炎と煙の中から突き抜けるように現れる長い棍棒、その押し出しによって数名の騎士が吹き飛ばされる。しかしそれだけでは終わらない。

 伸ばされた棍棒はそのまま水平に横へと凪払われる。


「は?」


 聞こえるのは何人もの悲鳴。一撃で騎士の半数近くが消えたように見えた。


「ええい! 発射ぁ!!」


 既に準備を終えていたバリスタから煙の中へと放たれる。その風圧によって多少なりとも晴れた隙間から覗けるのは……


「タイタン……?」


 黒焦げの肌と僅かに覗ける生々しい肉。先ほどまでとは逆の手で持たれた棍棒。大まかな形は似ているが、ところどころ大きく膨らんでいたり、前に寝転がるようにしてこちらに向かう姿からは、同じ魔物とは連想できなかった。

 

「うぅぁ!!!」


 そして、それに追いかけられている騎士達はもう陣形などという話ではなかった。

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