第1章 第1節「砂に埋もれた太陽」


 ――銃声は、風よりも先に届く。

 砂の地平が震え、赤い光が裂けた。

 照り返す太陽の中、ひとりの少年が立っていた。

 彼の名は、リク・クロウ。


 淡い銀髪が風に舞い、黒い外套の裾が砂塵を弾く。

 腰には古びたクロノ・ブレイカー

 構造こそシンプルだが、銃身に刻まれた紋章は、どんな武器よりも異質な輝きを放っていた。

 それは古代文明の遺産――「スキルノード」が埋め込まれた銃。


 リクは煙を吐き出しながら、ひと息ついた。

 「……あいかわらず、砂ばっかり食ってやがるな」

 足元には、倒れた巨大サンドリザード。

 体内から抜き取った青い魔石が淡く光る。

 リクは指でそれを弾き、腰のホルスターへと収めた。


 「おい、リク。今日も朝から派手にやるな」

 声の主は、白銀の毛並みを持つ狼――アルヴェル。

 体長は人間の腰ほど、赤い瞳が鋭く輝く。

 彼はリクの相棒であり、従魔であり、そして唯一の誓約者でもあった。


 「朝飯前だ。こいつの魔石は悪くない。雷属性……久々に銃弾に混ぜてみるか」

 「やれやれ。朝飯より弾丸が先か」

 「俺の腹は、こいつで満たされる」

 「お前、マジで変人だな」


 アルヴェルが呆れたように鼻を鳴らす。

 砂漠の風が吹き抜け、リクの外套を翻した。

 遠くに見えるのは、ギルド都市アルダスト。

 無数の塔が砂上に突き刺さり、青白い結晶灯が朝日を反射していた。


 リクは銃を肩に担ぎ、歩き出す。

 砂を踏みしめる音だけが響く。

 この世界に来てから、もう五年が経った。

 異世界転生――そんな大仰な言葉を使うつもりはなかったが、確かにあの夜、彼は“死んで”そして“ここで目覚めた”。


 「なあ、アルヴェル」

 「なんだ」

 「この世界、まだ見ぬスキルがいくつあると思う?」

 「さあな。けど、お前なら全部使えるようにすんだろ?」

 リクは小さく笑った。

 「誓約したからな」


 腕に刻まれた紋章が淡く光る。

 それはリクのユニークスキル《制約と誓約(Covenant Code)》の証。

 このスキルは――「使えないスキルを、誓いと代償によって一時的に再構築する」。

 本来発動不可能な魔術、条件付きの能力、封印スキル。

 それらすべてを“制約”で縛り、“誓約”で起動する。


 「今日の依頼、ギルドの受け付け締め切りまであと二時間だ」

 アルヴェルが口を開く。

 「遅刻したら?」

 「誓約違反だ」

 「それ、何回目だよ」

 「さあな。数えたら負けだ」


 二人は笑い、砂を蹴った。

 太陽はもう高く、風は熱を帯びている。

 砂の向こう、街のシルエットが滲み、蜃気楼のように揺れた。

 その向こうには、無数のスキルと、まだ見ぬ誓約が眠っている。


 ――この世界を、すべて再構築するために。

 リク・クロウの旅は、今日も静かに始まった。


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