新・転生したらゴブリンだった件

茶電子素

第1話 ほんま過酷やで

気がついたら、俺は緑色の手を見つめていた。

短い指、黒ずんだ爪、ざらついた皮膚。どう見ても人間ではない。


「……ゴブリン?」


そう、俺は転生していた。

よりによって、ファンタジー世界で最弱と名高い雑魚モンスター、ゴブリンに。


前世のことはおぼろげだ。

人間だったことは覚えている。

だが名前も職業も、家族がいたのかどうかも霞がかかったように思い出せない。

ただ一つ、胸の奥に残っているのは

「人間として生きていた」という感覚だけだ。


その記憶があるせいか、俺は他のゴブリンより少しだけ頭が回るらしい。

だが、それが何の役に立つ?

ここは弱肉強食の世界。知恵よりも腕力、理屈よりも暴力が支配する。


俺の周りには、同じような緑色の小鬼たちがうろうろしていた。

彼らは俺を見ても特に驚かない。

どうやら俺は「新しく生まれたゴブリン」

として自然に受け入れられているらしい。

ゴブリンの誕生なんて、石ころが転がるくらい当たり前の出来事なのだろう。


だが、すぐに思い知らされた。ゴブリンの生活は過酷だ。


まず食料がない。

森の中を歩き回り、木の実や小動物を捕まえて食べる。

だが、俺たちより強い魔物が現れれば、逆に食われる。

昨日まで隣で寝ていたゴブリンが、今日は狼の胃袋に収まっている。

そんなことは日常茶飯事だ。


さらに人間だ。

冒険者と呼ばれる連中が、暇つぶしにゴブリン狩りをする。

理由なんてない。「そこにゴブリンがいるから」だ。

悪いゴブリンが殺されるのはまだ理解できる。

だが、畑を荒らしたわけでも、村を襲ったわけでもない善良なゴブリンですら、

見つかれば容赦なく斬り捨てられる。


「おい、あの人間たち、こっちに来るぞ!」


仲間のゴブリンが叫ぶ。

俺たちは慌てて森の奥へ逃げ込む。

だが足の遅い一匹が追いつかれ、剣で一刀両断された。

血が飛び散り、悲鳴が森に響く。


……これが現実だ。


俺は震えながらも、心の奥で冷静に考えていた。


「なぜ俺たちは、ただ生きているだけで殺されるのか?」


人間だった頃の記憶があるからこそ、理不尽さが骨身に染みる。

人間は自分たちを「正義」と信じ、魔物を「悪」と決めつける。

だが、俺の目の前で殺された仲間は、ただ木の実を食べていただけだ。

どこが悪だというのか。


そんなある日、俺は耳にした。

当代の魔王は「人と魔物の共存できる国」を目指しているらしい。

しかも、人間の王までもが

「もしかしたらそんな世の中も来るかもしれぬ」と興味を示しているという。


共存――。

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが揺らいだ。


「そんな未来も……あるのかもしれない」


ほんの一瞬、希望を見た気がした。 だが、すぐに吐き気が込み上げた。


「――糞ったれ共が!」


俺は吐き捨てた。


共存だと?笑わせるな。

俺たちゴブリンは、理由もなく殺される。

善良であろうと関係ない。

寿命まで生きられる者などほとんどいない。

そんな現実を前にして、どの口が「共存」などとほざくのか。


俺は決めた。 俺は強くなる。絶対に強くなってやる!


仲間のゴブリンたちはきょとんとしていた。

彼らには“強くなる”という発想すらない。

生まれては殺され、食われ、寿命を迎える前に消えていく。

それがゴブリンの運命だからだ。


だが俺は違う。

前世の記憶がある。

人間社会の理不尽さを知っている。

だからこそ、俺は抗う。


「俺は王になる!人間と魔物が共存できる?そんな幻想は俺がぶち壊す。俺が作るのは、血と憎悪に満ちた修羅の国だ!」


声に出してみると、胸の奥が熱くなった。

仲間のゴブリンたちはぽかんと口を開けていたが、やがて一匹が笑った。


「お前、変なやつだな。でも……なんか面白い!」


その瞬間、俺は気づいた。

――俺の言葉は、ただの妄言ではない。

弱者にとって「強くなりたい」という叫びは、確かに心を揺さぶるのだ。


こうして、名も無いゴブリンにすぎなかった俺の物語が始まった。

転生したからには、傍観者で終わるつもりはない。 俺は必ず、修羅の王となる。

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