スクラップハート

@test555

第1話 スクラップハート

――「おい、蓮人。起きて仕事しろ!」


低い声に、意識がゆっくりと浮上していく。


――あれ? 会社は? 納期は? 俺、昨日確かに九十日連続勤務の記録を更新して、家に帰って、カップ麺食って……死んだように寝たはず。


なのに、今、俺の頬をくすぐるのはエアコンの風じゃなくて、埃とカビと腐った魚の臭いが混ざった風だった。


目を開けると、そこは灰色の路地裏。崩れた石壁、倒れた木の樽、汚泥の川。


そして、目の前にはボロボロの服を着た少女が、じっと俺を見下ろしていた。

 

「レン、どうしたの?」

 

年の頃は十歳前後。短く切られた髪に煤がこびりつき、頬はやせこけている。


なのに、目だけは妙に澄んでいた。


言葉は知らないはずなのに、なぜか意味が分かる。いや、分かって話せる。


言語の壁が、存在しない。これはつまり……。

 

「異世界……ってやつか?」


「なにそれ。寝ぼけてる?」

 

少女――あとで名前が「ミラ」だと分かる――は、無表情のまま首を傾げた。


そして俺の服を指差した。


「……忘れた?ここはスラムだよ。」


「スラム……?」


「うん。街のはじっこ。みんな捨てられたとこ。」

 

捨てられた。

妙に心に刺さる単語だ。


俺も、会社では「使い捨て要員」扱いだった。だから余計に、共感してしまう。

 

それからミラの案内で、スラムの暮らしを知っていった。人々は飢え、病気に苦しみ、盗みや暴力が日常茶飯事。水は濁り、パンは固く、衛兵はこの区域に入ってこない。生まれた時点で“生きる価値なし”と烙印を押される場所。


……つまり、現代日本のブラック企業の比じゃない地獄だ。

 

「そういえば、レン。昨日、教会の人が言ってた。“スキルの無い者は生きる意味が無い”って。」


「スキル……?」


「うん。神様がくれる力。魔法とか、剣の技とか、回復とか。みんなスキルがある。でも、スラムの人はだいたい、無いか、役立たず」

 

ミラは淡々と言ったが、その声の奥には小さな諦めが混じっていた。


――ステータス制度か。


ファンタジーでは定番だが、実際に直面すると笑えない。俺も、当然スキルなんて……。

 

――《ステータスオープン》。

 

つい、呟いてしまった。


すると、目の前に淡い光のパネルが浮かび上がる。

 

名前:レン

年齢:13

職業:スラム民

レベル:1

HP:37/37 MP:12/12

筋力:8 体力:9 敏捷:10 知力:11 幸運:3

スキル:《鑑定》《廃品回収》

 

「……おお、マジで出た。」


「え? 何が?」


「ステータス見れた。」


「え? そんなの……教会の儀式道具がないと見れないはず……。」

 

ミラの瞳がまん丸になる。


俺はというと、画面の二つのスキルに目を奪われていた。

 

《鑑定》――対象の能力を視るスキル。希少。

《廃品回収》――不要になったスキル・アイテムを拾う。

 

「……え、なにこの地味なやつ。」


せめて《剣技》《火球》《回復》とかじゃないのか。よりによって、《廃品回収》って……。

名前の時点で、敗北感がすごい。

 

だが、ブラック企業で培った俺の雑草脳が、すぐに別の思考を始めた。


――待て。


廃品、つまり“誰かが不要としたスキル”を拾えるってことだよな?


不要という言葉の定義によって意味合いが変わってくる。

 

「ミラ。俺、ちょっと試してくる。」


「どこ行くの?」


「ゴミ捨て場。」


「……変なの。」

 

スラムの外れ、腐臭のする丘。そこが“ゴミ山”と呼ばれていた。


食べ残し、壊れた道具――そして、“死体”。


人も物も、要らなくなったらここに捨てられる。

 

俺は深呼吸し、《廃品回収》を発動した。

 

「《廃品回収》――起動!」

 

瞬間、視界が淡く歪み、世界が“ざわめいた”。

耳の奥で、誰かの声が響く。

 

《いらない……もう、いらない……》

《死んじまったら、スキルなんて不要だ…》

《使えねぇスキルなんか……くれてやるよ……》

 

廃棄された意思が、地面から浮かび上がり、俺の胸に吸い込まれていく。眩しい光が弾け、システムメッセージが現れた。

 

【新スキル《悪臭耐性》を獲得しました】

 

「いらねえええええ!!」

 

初ドロップがこれかよ。

思わずゴミ山に突っ込みを入れる俺。

だが、すぐに気づく。


――でも、ゴミ漁りには便利じゃね?


ブラック企業で“臭う客先”にも耐えた俺にはぴったりだ。


それからというもの、俺は毎日ゴミ山を漁った。


《紐結び》《声真似》《微弱光》……。


ゴミみたいなスキルばかり拾う日々。


だが、それでも、少しずつ便利にはなっていく。


夜道を《微弱光》で照らし、侵入者を《紐結び》でつくったトラップで撃退し、《悪臭耐性(弱)》で臭気の中でも平然と飯を食う。


ミラは最初こそ呆れていたが、やがて言った。

 

「レン、最近……ちょっとすごい。」


「だろ? 俺は“廃品王”になる男だからな。」


「へんなの。でも、面白い。」

 

ミラが少しだけ笑った。

初めて見る笑顔だった。


その一瞬で、俺の心に“この子を守りたい”という感情が芽生えた。


◇◇


――だが、平穏は長く続かない。

 

ある夜、スラムに「清掃隊」と呼ばれる連中が現れた。衛兵と貴族の手下が連れ立ち、松明を掲げていた。

 

「汚物を掃除せよ! 疫病の温床は不要だ!」

 

彼らはスラムを、燃やし始めた。スラムの小屋が次々と炎に包まれ、逃げ惑う人々の悲鳴が夜空を裂く。

 

「ミラ! 逃げるぞ!」

 

手を掴んで走る。


だが途中で、燃えた梁が崩れ、行く手を塞ぐ。


周りで多くのスラム民がゴミのように焼かれていく。俺は迷わず、《廃品回収》を発動した。


――“捨てられた力”を、今この瞬間に。

 

《私は……もう戦えない。誰か、代わりに》

 

声と共に、胸が焼けるように熱くなる。

そして、光が俺の腕に宿った。

 

【新スキル《魔剣召喚》を獲得しました】

 

「ッ!? これは……!」

 

次の瞬間、右手に黒いオーラが噴き出した。


闇の刃が炎を切り裂く。

 

「うおおおおおっ!」

 

炎を斬り裂く魔剣を振り回しながら安全な場所を探す。


周囲の炎の勢いが増していく。

 

「予想以上に火が強いぞ!」

「逃げろッ!」

 

清掃隊が退き、炎の中に静寂が戻る。

俺は息を切らしながらミラを見る。

 

「……大丈夫か?」


「うん。レン、すごかった。」

 

涙で濡れた頬に、かすかな笑みが浮かんだ。

 

その夜、焼け跡に二人で座りながら、俺は呟いた。

 

「……この世界、ほんとクソだな。」


「うん。でも、レンがいれば、大丈夫。」

 

ミラの言葉に、胸が温かくなる。


捨てられた者、不要とされた者。


だけど――その“ゴミ”の中にこそ、真の価値が眠ってる。俺のスキルは《廃品回収》。なら、拾ってやるさ。世界が見捨てたモノを。


そして、スクラップハートってヤツを見せてやる。

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